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第14話 三千世界の彼方まで

 咲かせましょうか 咲かされましょうか  弥代の桜は万年桜 湖面の花びら揺れに揺れ  どこへ行き付く万年桜 愛しの殿方連れて来る  さァさ 吹いた吹いた、さくら さくらの花弥代  十二月三十一日、午後六時――。 「天凱さん!」 「おお、彰星。迎えに来たぞ」  廓中が慌ただしくなる年末、大晦日。寿輪楼も正月を迎える準備で男衆の皆やおばさん達はてんてこまいだ。 「正月も休めねえってのは辛いな。しかも元旦は年始めの紋日だからお前達も客も大忙しだろ」  紋日とは遊廓の記念日のようなもので、この日、娼楼で働く者はキモノも特別な物を着て華やかに艶やかに装う。お客さんの方もいつもよりずっと祝儀を弾まなければならず、双方で何かとお金がかかるのだ。  一見すると賑やかで楽しそうな「紋日」だけど、もちろんお女郎や男遊の「特別なキモノ」を用意する役目はそれぞれの旦那さんにかかっている。太客がいない者は自腹の追借金でキモノを用意しなければならない上、紋日に客がつかないと罰金まで取られるという恐ろしい仕組みになっている。  そして、太客がいるからといって安心もできない。売れっ子であればあるほど豪華で高級なキモノを用意しなければならないからだ。  元旦以外にも紋日は多くあるけれど、この時ばかりは雷童さんも風雅さんも溜息をついている。 「正直言って、複雑です……。元旦はもちろん天凱さんと一緒に過ごしたいけど、そうすると天凱さんはたくさんお金を遣わないとなりませんもん。……正月用のキモノも作って下さったのに」 「要らねえ心配をするな、彰星。そのために年末は身を粉にして働いてきたんだからよ。それに正月に儲かるのは娼楼だけじゃねえ、紋日の揚げ代くらい半日で取り返せるさ」  陽の落ちた弥代遊郭はどこもかしこも煌びやかな装飾が施され、いつもより人も多い。空を見上げれば星よりも提灯が目に付き、俺は吐く息を白くさせながら天凱さんに肩を抱かれて歩いていた。 「お正月って、おめでたい日なんですよね。最果にいた頃も元旦だけはちょっとだけおかずが豪華でした」 「うちでもお袋がせっせと料理の仕込みをしてるよ。手作りのおせちを彰星に食わせたいんだって」 「……俺。天凱さんの所に行ったら、精一杯働きます。親孝行して、毎晩お母さんの肩叩きもしますから」 「はは。お前はいつもにこにこしているから、店番してくれるだけでも人が集まってくるだろうよ」  遠い遠い先のこと。だけど、一日一日近付いてくる俺の夢。 「寒いだろ、ほれ」  脇に抱えていたふわふわな襟巻きを、天凱さんが俺の肩にかけてくれた。指先が赤くなった手を繋いで、寄り添って、弥代の喧騒の中を人の流れに沿って歩いて行く。 「あじさい祭りが昨日のことのようです」 「弥代に来てから半年以上が過ぎて、彰星も少しは大人になったな。最近は謹慎だの罰だのは受けてねえんだろ」 「う、受けてませんよ! もちろん、ちゃんとやってますっ」 「要領良く、罰を受けない程度に手を抜いてやればいいんだ」 「今は手を抜きたくありません……」  今年最後の天凱さんとのお出かけだ。怠けるなんてとんでもない。 「豚汁の屋台が出てるぞ。温かいモンでも飲むか?」 「わ、飲みます!」 「それ持って、ちょっと静かな場所に移動するか」  まだまだ六時半。見世に戻るには早すぎる。 「………」  俺の手を温めるように、しっかりと手を握ってくれる天凱さん。そんな彼の得意げな顔を見上げ、俺は小さく微笑んだ。

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