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第1話
『いい格好だな。悪くない。今日も責められたくて入ってきたんだろう? どんなことされたいって考えてたのか言ってみろよ』
――始まった。
時刻は夜十時。いつも九時頃から夜中の一時か二時くらいまで不定期に聞こえてくるそれは、隣人の声だ。
ベッドに寝転がりながら、スマホをいじっていた朝霞智宏 の寝室の壁から、僅かに隣人の声が聞こえる。
朝霞の住むマンションは、日中はそれほど隣や上の階の音が聞こえるわけではない。それなりに静かだ。ただ、夜になると周りの音がなくなるせいか、僅かに物音が聞こえてくることがある。
人が歩く音こそ聞こえないが、トイレを流す音や大きめのドアの開け閉めの音がたまに聞こえてくる位だ。
一ヶ月ほど前まではそんな感じで、このマンションは勤め先にも電車一本で行くことが出来るし、駅までも歩いて七分程度と利便が良く、駅前にも大型のスーパーがいくつかあって朝霞はここを気に入っていた。
2LDKのファミリータイプのマンションで、振り分け式なのもここを選んだ理由だった。
風呂好きでもあったし、ゆったりとした空間が好きな朝霞は狭い部屋が苦手だった。オフィス街から少し離れたこの場所なら家賃もある程度押さえることが出来るというのもここを選んだ理由の一つだ。
一ヶ月ほど前、数ヵ月空き部屋となっていた隣の部屋に誰かが越してきたようで、二週間ほど前から朝霞の寝室の壁の向こうから微かに声が聞こえてくることに気がついた。
シンとした寝室に途切れ途切れに話す声が聞こえてくる。
『恥ずかしいか? ……くせに。……だろうな。もっと、……』
隣人の声のトーンによって聞こえてくる声が途切れたり、わりとしっかり聞き取れてしまったり。その日によってさまざまなのだが、朝霞はこの声が気になって仕方がなかった。
隣人はどうやら声を変えることが出来るようで、聞こえてくる声は様々だ。はじめのうちは誰か人が来ているのだろうと思っていたが、聞こえてくる声は一人のものだけで隣人の質問に返事をする声は聞こえてこない。
電話か何かで話しているような、そんな雰囲気なのだ。時には激しく相手を馬鹿にしていたり、時には妖艶に話す隣人の顔を朝霞は見たことがない。声が変わるものだから、年齢もよくわからなかったが、かわいい声の時を考えると実際には朝霞よりも若いのだろう。と勝手に推測していた。
隣人の話している内容はあまりに卑猥すぎることもある。内容が聞こえすぎる時は、朝霞は上手く寝付けないでいた。
今年三十二歳になる朝霞だったが、恋愛対象が男性であるため結婚はしていない。しかも、去年交際していた相手と別れてからはしばらく一人で過ごしている。つまり、そういう行為はしばらくの間していないということだ。
にもかかわらず、隣人の話す内容は性的な内容が多い。そんなことが聞こえてくると、眠りたくても気になってしまい、寝入りが悪くなってしまうのだ。
――ったく。隣の奴はいったい何してんだよ……。
明日も仕事に行かなくてはならないというのに、夜中の十二時になっても隣人はまだ話しているようだ。
『ああ、いい子だ。……いいぞ、見ててやるからイって見せろ。見られたいんだろ? この変態が』
目を閉じてベッドに入ると余計に研ぎ澄まされて聞こえてきた隣人の声は、男らしく強気な雰囲気だ。大きな声で聞こえてくるわけではない。壁を通してわずかに聞こえてくる程度だ。けれど、気になりすぎて眠ることが出来そうにもない。
――眠れそうにないな。
ベッドから体を起こすと、缶ビールを手にリビングに向かった。とりあえず、少し酒でも入れたら眠りやすくなるだろう。缶ビールを片手に、煙草に火をつけてふうっと息をついた。
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