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第2話

 ビールを飲んだことが良かったのか、昨日は十二時半過ぎには眠りにつくことが出来た。その頃には隣人の声も聞こえなくなっていたからだ。  いつも通り定時に出社し、パソコンを開いてネット上のタイムカードを打刻する。  デスクの上に積み上がった書類を一つずつチェックしては、上司に回すためのボックスへとまとめていく。朝霞は総務の仕事をしていて、課長職だから承認印を押した後は上司に回すことが決まりになっているからだ。 「おはよう、朝霞。大量に見てるとこ悪いけど、これも頼むわ。あ、あと、営業部の電球が切れかけてるから、新人君にでも頼んどいて」  デスクの上の書類を順番に処理していた朝霞に声をかけてきたのは、朝霞の同期で営業部の課長をやっている羽島浩輔(はしま こうすけ)だ。朝霞と年齢も身長も同じ羽島は、入社当時から朝霞とは仲が良い。会社以外でもたまに飲みに行ったりする関係で、朝霞にとっては同僚でもあり友人でもあるといった存在だ。  羽島は平均より少し高い身長と黒い短髪のせいか、営業部では新人に少し怖がられたりしているようだが、基本的に性格は温厚で相手の懐にすぐに入り込むことができるタイプである。その為しばらくするとほとんどの人間が羽島を慕うようになるのだから、営業向きの人間と言えるだろう。  対して朝霞はどちらかというと人付き合いは苦手なほうなので、入社後に総務に配属されたときには、外回りに出なくてもいいという点でとても安心したのだ。 「ああ、了解。電球は後で遠山に替えさせるよ。最近、営業部のほうは調子いいのか?」 「当たり前だろ。俺がいるからな。仲良くなるの得意なもんで。朝霞、また今度飲みにでも行こうか。うちの嫁、今度帰省するらしいから、その時にでも。いないほうがゆっくり飲めるからな」  羽島から書類を預かって、最近の羽島の様子を聞いてみる。部屋が違うから、多少の情報は入ってくるものの営業部のほうには用事がない限り行くことがないからだ。朝霞に聞かれた羽島は、任しとけ。と言いながら朝霞に挨拶すると、自分の部署へと歩いていく。  羽島から預かった書類を、未処理の箱にまとめて入れると、二か月前に入社したばかりの遠山渚(とおやま なぎさ)に声をかけた。営業部の電球の交換に行かせるためだ。  声をかけられた遠山は朝霞のデスクのほうに駆け寄ってくると、『何をすればいいですか?』と朝霞からの指示を待つ。遠山は平均的な男子の身長であろう百七十センチちょっとで朝霞から見ると五センチほど低い。ダークブラウンのさらさらした髪と中性的な容姿の持ち主で入社直後から女子社員に癒されると言われている、いわゆる子犬的な雰囲気の癒し系の青年だ。 「営業部の電球が切れかけているらしいから、交換してきてくれないか。場所がわからなかったら、羽島に聞くといい」 「営業部ですね。わかりました、行ってきます」  朝霞の指示に笑顔で答え、遠山は脚立を取りに倉庫へと向かう。総務の仕事は雑用が多い。新入社員の多くは花形である営業部を希望する者が多いのだが、遠山は営業部を希望せず、結果、朝霞のいる総務部へ配属されてきた。  総務部には朝霞と遠山のほかに女性社員が二名と、もう一名、谷山秀一(たにやま しゅういち)という背の高い男がいる。谷山は現在、書類保管庫にて過去の書類の仕分けに追われていた。過去のいろんな書類がまとめて倉庫に保管してあるのだが、先日棚が破損してしまい箱の中身が混ざってしまったのだ。そのため、朝霞は谷山に書類の整理を依頼していた。  再びデスク上の未処理の箱に手を伸ばすと、黙々と書類に目を通し、不備があれば差戻しの箱に、問題なければ承認印を押して上司にと仕訳を行う。総務の仕事は、電球や備品の交換から、福利厚生の管理や、帳簿のチェック、社内行事の開催やホームページの更新など、多岐にわたるが会社の雑用係的な部署だと思われていることも多い。実際、なんだかんだと仕事があるのだから、やるべきことはさっさとやってしまわないと後で面倒なことになる。

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