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薔薇摘む人
その人に会ったのは、ボロくて草臥れた児童施設の園長室。
使い込まれて所々剥げかけた深緑の合成革の安っぽいソファーに浅く腰掛け、指先を組むようにして座っていた。
やや白髪が混じったかのような髪を後ろに撫で付け、柔和な笑みを湛えている彼は、俺が知ってるどんな大人よりも大人に見えた。
「楷くん?」
深い低い声はその人に良く似合っていて、俺は名前を優しく呼ばれた事が信じられなかった。
「こんにちは、遠藤保(えんどうたもつ)です。はじめまして」
ブラウンの薄手のセーターは着心地が良さそうで、触ってみたいと思っていたら、彼はいきなり俺をぎゅっと抱き締めた。
「会いたかったよ」
何を言っているのか分からなかった。
アイタカッタ?
思った通り、ふんわりとした気持ちのよいセーターに顔を埋めながら、とりあえずこくりと頷いて見せる。
そうすれば、もう少しの間だけこのセーターに触れていられそうだったから…
「私は、君の遠縁に当たるんだが……君さえよかったらうちに来ないかね?」
ふわふわとした気持ちのいいセーターから引き剥がされて少し涙目になっていたらしい、
「泣かなくてもいいんだよ」
そう言って不器用そうな指先が俺に近づく。
「……!!」
払い除け、背後に立っていた先生を押し退けて飛び出そうとしたのを捕まえられる。
「すみません、この子、最初の引き取り先でちょっと……それ以来顔に手を伸ばされるのが怖くて…」
大きな手は嫌いだ。
「…そうか。すまなかったね」
押さえられた俺の前に、彼が膝をついた。
園長室とは言え、ボロい児童施設の床は汚くて、俺は彼のスラックスが汚れるのが嫌で思わず彼にすがり付く。
「楷くん、一緒に、行こう」
俺の顔を覗き混み、俺に向かって笑いかける。
この日、俺に微笑みかけてくれる人ができた…
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