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 薔薇に煙る庭をぽかんとながめていると、玄関に着いた保さんが俺を呼んだ。 「楷くん?おいで」  もう少し、色とりどりに咲く薔薇を眺めていたかったけれど、呼ばれたら行かない訳にはいかない。  逆らうのは、良くない。  施設からこちらへ向かう途中に買ってもらった新しい靴は、今までの物と違ってサイズがピッタリで動きやすかった。  飴色の木の玄関扉を潜ると、深い黒檀色の階段と、薔薇をモチーフにしたステンドグラスがまず目に飛び込んでくる。  光を透過させたステンドグラスを見上げ、先程から閉まらない口を更にぽかんと開ける。 「凄いだろ?妻のお気に入りでね」  そう笑う保さんはどこか自慢気に見え、俺は黙ったまま頷いた。  そのまま右手に進み、大きなテーブルとソファーのあるリビングに通されたが、どこに居ていいのか分からずに立ち尽くす。 「お茶でも飲もう。座ってなさい」  …座る?  どこに?  座っても良いのだろうかと言う思いと、座ってなさいと言う言葉に葛藤しながら、毛足の長いラグを避けてフローリングに膝をつく。  カチャン…と微かに食器のぶつかる音、こぽこぽと液体が注がれる音を聞きながら、正座をして保さんが戻ってくるのを待つ。 「お待た……」  機嫌の良さそうな声が途切れた。  マズイ、ここじゃ駄目だったんだ! 「ごめっ…ごめんなさいっ」  来る衝撃に備え、頭を庇って上半身を倒す。  ぐっと体に力を込めるが、拳はいつまで経っても俺を殴らなかった。  ……?  不思議に思っても、ここで顔を上げては駄目だ。  それで殴られた事もあるから…ただじっとしているしかない。 「………楷くん」  名を呼ばれ、自分の事だと気付くのに時間が掛かった。 「楷くん、もう…大丈夫だから」 「………」 「顔を上げて」  そう言われてしまえば、上げない訳にはいかない。  頭を庇う腕の隙間から、目の前に座る保さんを盗み見るようにゆっくり顔を見せる。 「……」 「楷くん、私は今日から君のお父さんだ」  オトウサン?  その言葉に、身体中に怖気が走る。  バタバタ…っと後ずさった。 「ぅ…っ……!!」  驚いた表情の保さんが手を伸ばそうとして諦め、首を傾げて見せる。 「私がお父さんでは、嫌かい?」  頷いたら何をされるだろうか?  いや…頷かなかったら、何をしてくるのか…… 「ぅ……」  オトウサンはいらない。  オトウサンなんかいらない。  だってオトウサンは俺に、暴力しか振るわないから!!

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