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 記憶にあるのは、飢えだったか…  朧気に、布団の端を噛んでいたような覚えがある。  手足はひんやりと冷たくて、動かすのも億劫で重かったのに、胸の辺りだけ妙に温かくてふわっとした気分だった。  脂じみて長く伸びてしまった髪に虫が止まって、追い払いたかったけど指が動かない。  薄暗い天井に電球の切れた傘がぶら下がっていて、その周りにも同じ虫が何匹も飛び交っていた。  また…夜が来る。  また、殴る人がやって来るよ?  目だけを動かして、オカアサンを見る。  オカアサン…昨日、俺を庇って特に酷く殴られてから、声を聞いてないな…  大丈夫?って、声を掛けて上げたいけど、ごめんね、唇が痛くて喋れないんだ。  オカアサンも、一緒なんだよね?  ああほら、また、日が暮れる…  ああ、オトウサンの足音が、近付いて来るよ…  ぶるっと身を震わすと、大きな手が肩を抱き込んだ。  あの事があってから、俺の体はちっとも肉がついてくれなくて、肩なんかは骨と皮ばっかりだった。 「じゃあ、家族になろう」  カゾク?  ぎゅっとセーターに抱き締められる。  温かで、  柔らかくて、  いい匂いがして、  そんな保さんに抱き締められて、俺はふとオカアサンの事を思い出した。  幾ら空腹でも、  幾ら寒くても、  幾ら痛くても、  抱き合っていれば大丈夫だった。 「家族だ。お父さんじゃなくていい、家族になろう」  どう違うのかと尋ねたかったけれど、もう少しオカアサンの事を思い出していたくてじっと黙っていた。  園長室のソファーなんか石に思えるようなソファーに座らせてもらい、目の前では綺麗な薔薇の描かれた器に紅い液体が注がれる。 「?」 「ミルクは入れる?」  よく分からなかったから首を振る。 「少し冷めてしまったね」  小さく苦笑するのを見て、俺が悪かった事に気が付いた。 「……ごめん…な…さい」  もっと早くに謝らなきゃいけなかったのに… 「楷くんはごめんなさいしか言わないね」 「ぁっ…」  謝り方が違うかったのかな?  身を縮込めていると、保さんが器を下ろす気配がした。 「楷くんは悪くないよ。私が淹れ直せばいいんだけど…どうにも無精でね」  そう言って保さんは笑う。  …俺は悪くない。  悪くない?  初めて聞く言葉だ…

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