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夕飯を二人で摂る。
宅配サービスで届けられたそれは、俺が見た事のない量と豪華さだった。
「明日はきちんと作るからね」
手際よくそれを並べ、保さんは申し訳なさそうに言う。
食べ物を用意したのに、なぜ謝るのか分からない。
「妻がいれば、家庭の味って奴を食べさせて上げれたんだけど」
「…どこ行ったの?」
そう問いかけると、「お?」と優しく微笑み返された。
「ごめんなさい以外は初めてかな?」
「ごめんなさい…」
「いや、怒ってる訳じゃないよ。私の奥さんはね、…空にいるんだ」
指された上を条件反射で見上げると、シミのない綺麗なクリーム色の天上とファンの付いた照明が見える。
「そら?」
「そう」
寂しげに、ふ…と笑ってから、吹っ切るように食事に手を伸ばす。
「さぁ食べよう。いただきます」
そう言って保さんが食事に手をつけようとするのを見る。
湯気の立つ白い液体はいい匂いがしてたけれど、手をつける気にはなれなかった。
いつまでも食べ始めない俺を訝しく思ったのか、保さんは手を止めて首を傾げた。
「シチューは嫌いだったかな?」
「…シチュー?」
「食べてごらん」
そう言われてもまだ手を出せずにいる俺に、保さんはスプーンを握らせる。
「食べていいの?」
いろんな野菜を牛乳でとろとろになるまで煮込んだそれに、そろそろと口をつける。
「あっ…っ……」
ぴりっと舌を刺す痛みに思わずスプーンを取り落とすと、
「熱いかい?」
きょとんとして俺のシチューを掬って飲んで見せた。
「楷くんは猫舌なんだね」
そう言われて俯く。
こんなに温かい物を食べた事がない…と言う事が、情けない事に思えて恥ずかしくて仕方がなかった。
家にいた頃は勿論、施設ですら、皆が席に着き、さぁ食べようと言う頃には冷めていた。
温かい食べ物の食べ方なんて、知らない。
「さぁ、あーんしてごらん」
俯く俺の口元に、保さんはふうふうと息を吹き掛けて冷やしたシチューを宛がう。
「熱くないよ。あーん」
アーン?
それが口を開くのだと言う事に気付いた時には、シチューは冷たくなってしまっていたと思う。
ゆっくりと辛抱強く待っていてくれた保さんのスプーンに口をつける。
煮込まれた野菜と肉と牛乳の味。
もう冷めてしまっている筈のそれは、なんだか仄かに温かい気がした。
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