6 / 83
.
「おいし…」
呟いた言葉を聞いて、保さんが目尻に皺を寄せて嬉しそうに笑う。
「だろう?シチューは大好物なんだ。楷くんが美味しいと言ってくれて嬉しいよ」
嬉しい…と言われた言葉がよく理解出来なくて、口の中のシチューの様に何度も何度も噛み砕く。
俺の存在が負担になった事はあっても、俺が何かして嬉しいと喜んで貰った事なんかなかった。
嬉しい?
もう一度胸の中で呟く。
本当に?
「…いただき…ます」
この時、俺はまだ素直にその言葉を受け止める事が出来なくて、穏やかに微笑む保さんを真っ直ぐに見る事が出来なかった。
半分程食べて箸を置いた俺に、保さんはもう食べないのかと尋ねてくる。
シチューは美味しくて、瑞々しいサラダももっと食べたかったけれど、俺はぐっとがまんして首を縦に振る。
「明日の分、なくなるから」
きょとん…とした後の保さんの表情が、ずっと忘れられない。
切ないような、困ったような…今にして思えば、あれは憐れみの表情だったのかも知れなかった。
「明日の朝はホットケーキを焼こう。だから食べれそうなら食べてしまいなさい」
ぽかんとしていると、保さんはやっぱり優しく微笑み掛けていてくれて…
俺はご飯を平らげると言う罪悪感と戦いながら、柔らかな視線に見守られて食事を食べきった。
「ごちそうさま」
きちんと手を合わせて言う保さんに倣って自分も言う。
「ごちそうさまです…」
「お粗末様でした、と言っても自分では作ってないんだよね」
小さく肩をすくめておどけて見せる保さんは、実年齢より大分若く見えた。
一杯になった腹を抱えて、忍び寄る睡魔と気付かれないように戦っていると、あっさりとバレてしまった。
「眠い?」
「…いいえ」
「眠そうだよ」
手際よく皿を片付ける保さんを手伝うと、
「ありがとう」
そう返してくれた。
皿を運んだ…ただそれだけなのに…
ありがとう…
この人は、どうして俺が今まで貰えなかった言葉をくれるんだろうか?
不思議で、どこか居心地が悪くて俯いた。
「風呂と部屋に案内するよ」
そう言って歩き出した保さんの後をついて、2階へと上がっていった。
ともだちにシェアしよう!