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「おいし…」  呟いた言葉を聞いて、保さんが目尻に皺を寄せて嬉しそうに笑う。 「だろう?シチューは大好物なんだ。楷くんが美味しいと言ってくれて嬉しいよ」  嬉しい…と言われた言葉がよく理解出来なくて、口の中のシチューの様に何度も何度も噛み砕く。  俺の存在が負担になった事はあっても、俺が何かして嬉しいと喜んで貰った事なんかなかった。  嬉しい?  もう一度胸の中で呟く。  本当に? 「…いただき…ます」  この時、俺はまだ素直にその言葉を受け止める事が出来なくて、穏やかに微笑む保さんを真っ直ぐに見る事が出来なかった。  半分程食べて箸を置いた俺に、保さんはもう食べないのかと尋ねてくる。  シチューは美味しくて、瑞々しいサラダももっと食べたかったけれど、俺はぐっとがまんして首を縦に振る。 「明日の分、なくなるから」  きょとん…とした後の保さんの表情が、ずっと忘れられない。  切ないような、困ったような…今にして思えば、あれは憐れみの表情だったのかも知れなかった。 「明日の朝はホットケーキを焼こう。だから食べれそうなら食べてしまいなさい」  ぽかんとしていると、保さんはやっぱり優しく微笑み掛けていてくれて…  俺はご飯を平らげると言う罪悪感と戦いながら、柔らかな視線に見守られて食事を食べきった。 「ごちそうさま」  きちんと手を合わせて言う保さんに倣って自分も言う。 「ごちそうさまです…」 「お粗末様でした、と言っても自分では作ってないんだよね」  小さく肩をすくめておどけて見せる保さんは、実年齢より大分若く見えた。  一杯になった腹を抱えて、忍び寄る睡魔と気付かれないように戦っていると、あっさりとバレてしまった。 「眠い?」 「…いいえ」 「眠そうだよ」  手際よく皿を片付ける保さんを手伝うと、 「ありがとう」  そう返してくれた。  皿を運んだ…ただそれだけなのに…  ありがとう…  この人は、どうして俺が今まで貰えなかった言葉をくれるんだろうか?  不思議で、どこか居心地が悪くて俯いた。 「風呂と部屋に案内するよ」  そう言って歩き出した保さんの後をついて、2階へと上がっていった。

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