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光を放つ黒檀色の手摺は艶々としていて、俺が触って汚してしまっては悪いと思って手は触れなかった。
踊り場に差し掛かったところで、俺は思わず立ち止まる。
階段の中程の踊り場から見上げた薔薇のステンドグラスは、昼間見た光を透けさせた神秘的な姿を失ってはいたけれど、その華やかさは電灯の下でも圧巻だった。
「妻はね、薔薇が好きだったんだ」
寂しく微笑み、さぁこっちだよ…と俺を促す。
家族を亡くした保さんは、哀しいのだろうか?
俺は、オトウサンが居なくなってほっとした。
保さんはきっと、ほっとはしてない。
「どうしたの?」
オカアサンが居なくなった時は、どうだったか…
「…さみしい?」
驚いた顔は、すぐに柔和な笑みにとって変わる。
「少しね。楷くんが来てくれたから、もう大丈夫」
また階段を上がり始めた背中に、心の中で問い掛ける。
俺がいて、妻と娘を失った喪失感が癒せるのか…と。
階段と同じ黒檀色の扉には、良く似合う曲線で作られた金色の取っ手が付いていた。
「子供の部屋だったんだ。家具は新しいものにしておいたから、ここを使ってもらえるかな?」
部屋…
「使って、いいの?」
「うん、使って欲しい」
中側に向かって開けた扉の向こうには、真新しいベッドにタンス、机が並んだ部屋があった。
南に向かう壁には多角形の出窓があり、大きなそれは昼間明るく室内を満たしてくれそうで、白百合の上品そうな絵が飾られている。
踏み出した足に感じる絨毯の柔らかさに、思わず振り返った。
踏んでもいいのか…と視線で問い掛けると、保さんの目が優しく細められる。
「楷くんの部屋なんだから、好きにしたらいいよ。足りない家具はまた買いに行こうね」
足を踏み出して、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
新しい家具…
新しい布団はここから見てもふかふかなのが分かる。
机には落書きはなく、誰かが悪戯をして彫刻刀で掘った跡もない。
俺の…部屋?
「廊下を進んだ左手がバスルームなんだ、いつでも好きに使っていいからね。右手は妻の部屋だから…開けないで欲しいんだ」
こくりと頷く。
駄目と言われたらしない。
機嫌を損ねたくないから…
「今日は疲れたろ?もう休もうか」
『休モウカ』
ああ、この時間が来たのか…
引き取られた以上は仕方ないにしても、気が重いのは仕方なかった。
「私はもう休むよ。部屋の鍵は開いてるから、何かあったらいつでも入っておいで」
『部屋ノ鍵ハ開ケテオクヨ』
ざわ…と駆け上がる怖気を押し隠して頭を下げた。
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