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「楷君、大丈夫?」  室井さんの言葉に微笑み、「大丈夫」と返してみたけれど、返した本人が一番「大丈夫」が分かってなかった。  大丈夫が何かわからなくて…  ただ事務的にそう返す。  そうやって、泣きもせずに事後処理を淡々とこなしていった。  薔薇に水をやりに庭に出て、そのまま目眩で倒れ込んだ。 「………あぁ…飯食ったのいつだっけ?」  飢えが嫌で、再び飢えたくなくて、病気の時もどんな時も口に物を入れるようにしていたのに… 「シチュー…食いたいなぁ…」  ホースから流れ出る水に体を濡らしながら、柔らかな土の上に手足を投げ出して転がる。  冷たい水が手足を浸し、冷やしながら体を責め苛む。  その刺激が、どこか心地よくて目を閉じた。  薔薇の匂いと、  土の臭いと、  保さんが逝ってしまった孤独。 『君を引き取った理由はね、………願いだったら…』   願い?  保さんの願い?  俺と家族になる事が?  俺を家族として迎え入れる事が?  保さんの願いだったのか…?  死者の為に、薔薇を植え続けた保さん。  貴方の孤独は俺で癒せてたのか… 「………」  晴れていない空を見て、保さんは俺が世話をしている薔薇を見てくれているのだろうか…と、ぼんやりと考えて笑う。  章子さんに見せたいからと、薔薇を育てている保さんをロマンチストだと思っていたのに…  そんな事をしても死者は喜んだりしないと分かっていたのに…  毎日の手入れは欠かさなかった。  保さんが喜んでくれるような気がして… 「ち…くしょ……ぅ」  冷たい水に浸りながら、俺は一人誰に対するものでもない、声にならない悪態を溢しながらやっと泣いた。  室井さんが、暇の挨拶にやって来た。  俺の稼ぎで家政婦なんて雇う余裕はなかったから… 「お食事はきちんとして下さいね?洗濯物は必ず籠に…」 「大丈夫だよ」 「…時折、覗きに来てもよろしいですか?」 「え?」  戸惑う俺に、室井さんの言葉が染みる。 「楷君はなんだか私の息子みたいに思えて…気になってしまって…」  社交辞令だろうか?  照れる様に笑う室井さんの本心は分からなかったけれど、俺は素直に嬉しいと感じた。 「是非…俺も、室井さんに会いたい」 「ふふ…ありがとうございます」  にっこりと長年見てきた笑顔で庭を振り返る。 「相変わらず…綺麗な庭ですね」  誰に言うと言う訳ではない呟き。  俺は室井さんの視線を追って庭全体を眺めた。

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