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 薔薇の壁紙がぐるりと囲む部屋の中へと歩みを進めると、ぶら下げられた色褪せたポプリが揺れて微かな薔薇の香りが漂った。  リボンと、ぬいぐるみと、薔薇のその部屋には、保さんと娘が写った写真のみが至る所に飾られ、微かな埃を被って微笑んでいる。 「…保さん……貴方は…」  整えられた勉強机に近寄ると、『diary』と書かれた鍵つきの日記帳が乗せられていた。  鍵…  探す気も起きなかった。  レースと薔薇の鉛筆立てからピンクの鋏を取り出し、日記帳を封印していた帯を躊躇いもなく切る。  ばっ…つん……  太い帯は力を込めて鋏を入れると、鈍い悲鳴を上げて真っ二つになり、その役目を終えて散った。 「……」  震える手で、人の秘密を覗き見る為にページを捲る。  女の子らしい丸っこい丁寧な字で 書き綴られた独白を目で追う。  ───パパが好き 「…っ」  背筋の震えが指に達し、読んでいた日記帳がばさりと転がり落ちていく。  目で追った文字が、ぐわぁんぐわぁんと頭蓋骨の中を這いずり回る。  布団に潜り込み、口に含んだ俺に掛けられた『ショウコ』の言葉。  口づける度に零れた『ショウコ』の名前。  それは、二人がどんな関係だったかを物語る……  薔子さんの部屋を『妻の部屋』と呼び、『子供の部屋』と言って俺に章子さんの部屋を使わせた。 「保さんっっ!!」  嗚咽の漏れる喉で、天に向かって名前を叫ぶ。  ───三人で、暮らしたい 「貴方の中には………薔子さんしか…居なかっ…っ…」  薔薇に埋もれたこの家で、薔子さんを偲んで暮らしていた保さん…  俺を引き取り、育てる事で薔子さんの希望を叶えた保さん…  がくん…と膝をつき、日記帳に手を伸ばす。  見えたのは人の秘密が綴られた文字の羅列。  知りたくなかった、保さんと薔子さんの吐露。  いや、違う。  保さんと、薔子さんと……俺の秘密。  背筋が凍りついたのに、じっとりと汗が流れていく。  ぶるりと悪寒が身体中を駆け巡る。  指でなぞった日記の文字を、ふわふわと現実感を感じられない脳みそが読み上げて行く。  ───子供には、大きな木の名前を…

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