8 / 8

第8話 嗜虐

 下僕のように使われてきた。  彼は父が働く屋敷の次期当主。    青年はこの屋敷の使用人ではないとしても、一つ屋根の下で暮らす以上、逆らうことは許されない。   美しい顔に嗜虐を滲ませる彼は、子供の頃から青年をいたぶることが好きだった。   精神的にも肉体的にも。    下僕であることを思い知らせるように、無理難題を押し付けられ、その赤い唇をゆがめ人前で嘲笑された。  気に入らなければその白い手が頬を張り、酷い時はそのしなやかな脚に蹴飛ばされた。    逆らうことができない者への嗜虐に酔いしれる彼は、それでも美しかった。  心の中で彼を陵辱することで耐え忍び、青年は大人になった。  大人になれば離れられると思っていたのに、彼は玩具を手放そうとせず、自分の手元に青年を置いた。  秘書という名目で。    嗜虐は続く。  ありとあらゆる嫌がらせ。  室内で裸になり蹴られることにさえ耐えなければならなかった。   彼は裸にした彼の性器を踏みにじり、痛みに苦しむ彼をあざ笑った。     背中を蹴り、尻を蹴飛ばした。       その白い足で。    靴も靴下もない白い素足で。    嘗めろと、素足を口につっこまれた。  指の間の一つ一つまで綺麗に舐めなければ許されなかでた。  全裸で這い蹲り、犬のように舐めさせられた。  青年は屈辱に耐えた。    心の中で彼をいたぶることを考えて。    今されていることを、彼にすることを想像して。  青年は前を硬くしたまま、耐えた。  硬く、そそり立たせ、こぼしながら。  それを見て彼はまた嘲笑した。  うれしいか、と。    自分でするところを見せろといわれ、そうさせられた。  彼を後ろから犬のように犯すことを思い、扱く。    彼を睨みつけながら。  彼は冷ややかな目でそれを見る。  笑われながら達した。  出したばかりのそこを、つま先で踏みにじられる。  卑しいやつだ。  気持ち良かったか、犬が、と罵られた。  蹴られた。  心の中で同じことを彼にする。  するとまた勃ちあがる性器を彼が笑う  嗜虐は続く。    ふたりだけの部屋で。    そして、彼が結婚することになった。    政略結婚だ。  彼はあっさりそれを受け入れ、青年に告げた。    「もうお前に構う暇はない。妻を可愛がらないとな。お前は去れ」と。   青年の中で何かがはじかけた。  青年は彼に掴みかかった。    「今更なんだ?」と。     自分と彼の間に性的なものがなかったなんて青年も彼も思ってはいなかったのだ。  殴られ蹴られる度に、青年は彼を心の中で犯し、性器を突き立てていた。    それは嗜虐している彼もそうだった。  彼が興奮していることは、服の上からもわかった。    嗜虐の果てに二人とも思わず達してしまうことさえ・・・あったのだから。    密室の暴力はセックスだった。  彼は生まれて初めて逆らった青年に驚きはしたが、唇を歪めて笑った。    「お前なんかもういらない」    毎日毎日、時には夜通し、青年を嗜虐していた彼のセリフに青年は逆上した。  青年の中で押し込めていた何かがはじけた。    彼の白い頬を張った。      彼の服を無理やり脱がし、蹴飛ばした。      それは青年が彼にされてきたことだった。    でも、のしかかり、その喉を吸い噛みついたのは、  青年の頭の中でしか起こっていなかった出来事の、現実での再現だった。    罵倒し、噛みちぎるかのようにその白い胸を噛んだ。  意外なことに彼は微笑んだ。    「離れるものか!!」  青年は叫んだ。    彼は喉を締められているのに嬉しそうにさえ見えた。  殺しはしなかった。  今まで心の中でしてきたことを彼に実際にしてみせただけだ。    罵り、噛みつき、殴り、押さえつけた。    彼が男も女も知らないことは知っていた。    ずっとそばにいたのだから。    だから、誰にも触れられたことのない身体を思うまま貪った。    無理やり硬い後ろを引き裂くように、突き入れた。    血まみれのそこで好きなように動いた。    腰を叩きつけ、貫き、引き裂いた。    叫びながら犯した。  なかったことになどさせられなかった。  長年の苦痛の屈辱を、無かったことになどできるわけがなかった。  殴られ蹴れられ、嘲笑されながら、ずっと心は彼を犯し続けてきたのに。    こんな風に。  何度も何度も貫いた。  悲鳴を。  苦痛を。  窒息を。  酷く扱われたのに彼は青年の腕の中でほほえんでさえいた    朝がきて。    青年は彼に服を着せる。   いつもしてきたように。  下僕のように恭しく。  彼は蔑んたような口調で青年に命令する。  でもその綺麗に整えられた服の下には噛まれ、打たれ、引き裂かれた痕が残っている。  立っているのもやっとだろう。  彼は青年に身支度させながら、意味もなく青年をたたき、罵る。   青年は逆らわない。    でも今は、その目には怒りはない 。  服の上からは見えない青年がつけた痕を指でなぞりもしているのだ。    彼の靴の先に青年は口づけた。  自分から。  彼は無表情にそれを受け入れていた。  彼は結婚する。  妻と夜過ごした後、彼は妻の寝室をあとにし、自分の寝室ではなく青年の寝室にむかう。  罰してもらうために。  女を抱いたことを責めてもらうために。  妻も夫の身体にあるたくさんの痕から何かは察しているだろう。  いいのだ。 もともと政略結婚だ。  子供さえ生まれたなら彼も妻ももう共には過ごさないだろう。    それに妻には妻の過ごし方があるだろう。    いや、罰してもらうためには妻の元に通い続けた方がいいかもしれない。  彼は思う。    妻を抱けば抱くほど、青年は彼を罵り、酷く罰するだろう。  泣いて許しを乞うても許さず、犯し続けるだろう。    彼から離れることはなく。    彼は微笑む。  青年はいつだって彼から逃げることは出来た。    彼は酷くはしても、逃がさないなどとは言ったことはない。    いつだって逃げれたのだ青年は。    酷くされても逃げない。  お互いに。逃げない。    逃げられない。    それを確かめるために互いに酷くする。     逃げないことの、逃げられないことの甘やかさ。  嗜虐は彼と青年にとってとても甘い。     END  

ともだちにシェアしよう!