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第3話
―――翌週。
出社した俺は、その日もいつも通り訪問用の資料の準備した後、喫煙室に出向き一服していた。
今日のお相手は、ライバル会社のやり手のMRも落とせないと有名な大病院のお医者様だ。
(さて、どうやって攻め落とそうか)
デスクに戻ると丁度俺宛てに電話があった。
事務の子から電話を繋いで貰う。
『瀬田さん、俺です俺!』
その聞き覚えのある大きな声に、俺は思わず受話器を耳から遠ざけた。
「俺俺詐欺ですか?」
『違いますよ詐欺じゃないです!俺ですってば!颯太です!』
「あーうん、そうだろうね。どうしたの?」
『約束のお金用意しましたよ!って訳で俺と結婚して下さい!』
「は?」
会社の窓に映る俺の目が点になる。
「颯太君、今どこにいるの?」
『武本製薬のビルの下です!見えるかな!?おーい、瀬田さん!』
(嘘だろ…?)
言われて窓の下を覗けば、大きく手を振っている颯太君らしき人影があった。
「颯太君!?」
慌てて外に出ると、薔薇の花束を抱え白いタキシードに身を纏い、何とも場違いな格好をしている颯太君が目に飛び込んで来た。
彼の後にある黒いアタッシュケースは、まさかとは思うが――、
「瀬田さん!」
颯太君は武本のビルから飛び出して来た俺を見て破顔すると、タキシードのポケットから紅い小箱を取り出した。
彼が箱を開いた瞬間、シルバーのペアリングがキラリと光る。
「これは?」
「結婚指輪です!」
(マジか…)
瀬田君は不器用な手付きで俺の指に指輪をはめると、またしても嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、ぴったりだ!やっぱり俺と結婚するしかないですよ!」
意味が分からない。なんで指輪のサイズがぴったりだからと言って、俺が颯太君と結婚しなければならないのか。
(って、まずい)
白昼堂々、往来で男が男に指輪をはめると言う異色の見世物に、道行く人々が振り返っている。
俺は慌てて彼の腕を引くと、人気のない方へ向かう。
「そのアタッシュケースの中身は?」
「約束の5億です!数えますか?」
「い、いや、ここでは。……どうやって5億用意したんだ?」
「店の金庫からパクってきました!」
(マジかよ、こいつ…)
くらり、
「大丈夫ですか!?」
眩暈を覚えて卒倒しかけた俺を颯太君が抱き抱える。
「お前、馬鹿だろ…」
「はい!俺、馬鹿だから瀬田さんの事しか考えてないんです、瀬田さんの事以外どうでもいい」
―――その熱っぽい視線は嫌に真剣で、何だか俺まで妙な気分になって来る。
「今までだってずっと、どうすれば瀬田さんがあの人達から――…あの仕事から解放されるのか、毎日毎日考えていたんです。でも俺、やっぱり馬鹿だからどうすれば良いのか分からなくて。そんな時にあの話ですよ!どうやって5億稼ごうか悩んでいた矢先、組同士の抗争が始まって、」
「ほ、ほう…?」
「結果から言うとうちのケツ持ち、負けちゃったんですよ。店長も流れ玉喰らって死んじゃって。でもうちのお金をこのまま向こうに上納金として渡すのは悔しいじゃないですか」
なんか凄い話になってきたぞ…。
「だから仲間と山分けして逃げてきました!」
そこまで言うと、彼は白い犬歯を見せるいつもの笑顔で二カッと笑った。
「約束の5億です!瀬田さん俺と結婚して下さい!」
腕時計を見るとまだ10時前だ。
「……成田、急ぐぞ」
「はい?」
「パスポート持ってるか?」
その言葉に颯太君は俺の言葉の意味する物を理解したのか、今にも飛び跳ねかねない満面の笑顔になった。
「やったあああああ!!」
「やったじゃねぇよ喜ぶのはまだ早い!さっさと高跳びするぞ!」
「はい!!」
梅雨の湿った空気を吹き飛ばす六月の強い陽射しの中、街路樹の下を二人で走る。
路上でタクシーを捕まえると俺は笑った。
(ま、5億あれば男二人一生遊んで暮らせるだろ)
半分は株に当てて俺が資産運用してもいい。
―――その前に、逃げ切れたらの話にはなるが。
早期リタイアして、余生を南の島で暮らすのも悪くない。
颯太君と一緒ならきっと退屈しないだろう。
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