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デート【写真】
「お待たせっ!」
トイレから出て来た湊人は、まったくいつも通りだった。
少しだけ目尻が赤いけれど、いつも通りの笑顔で涙のあとなんて少しもなくて……だから、泣いていた理由をーーー聞けなかった。
「次はどこ行こうか」
向けられた笑顔が、なんとなく痛い
無理してるんでしょ?
俺にだって、そのくらいわかるよ
本当はさっきの泣き顔も、俺に見せる気なんてなかったんだよね?
湊人は……誰の前で泣くのーーー?
気付いたら、湊人の手を握っていた。
強く強く、包み込むように……離れないように
湊人は驚いたみたいだけれど、何も言わず握り返してきた。
そのまま2人、街を歩き出す
聞きたいことはたくさんあるのに、言うべき言葉が見つからなくて
青空の下、手を繋ぎ黙って歩き続ける俺たちはーーーどう見えるのかな
男同士でも“恋人”に見えたりするのかな
見えていたらいいなんて思う俺は、きっとどうかしてる
「あっ!」
不意に湊人が立ち止まった。
「なに?」
「これ、撮ろう!」
湊人が笑顔で指差した先には何台か並ぶ機械
近付いてよく見れば、プリクラ機のようだけれどどうやら自動でポラロイド写真が撮れるらしい
「絶対やだ」
「ダメ!」
「え?」
「撮ろう!!」
マジで……?
「ちょっ、ほんとやだって!」
入ろうとした湊人を思い切り引っ張ると、勢い余ってお互いの頭がぶつかった。
「いったぁ」
「ごめん」
「もー、なんでそんなに嫌がるんだよ」
言いたくないけど……今日の湊人は頑固だからな
言うまで離さない!というように俺の腕を掴んでいる湊人に小さく嘆息して答える
「撮ったことないんだよ……プリクラでさえ」
「うそっ!!」
予想通りのリアクション
湊人は目を見開いて首を傾げた。
「なんで?彼女とは??」
「ないよ。気持ち悪いじゃん。誰かに俺の写真ずっと持っていられるなんてさぁ」
中学時代からよく隠し撮りをされていたせいで、トラウマのように写真が嫌いになってしまった。
なので今まで付き合った彼女や遊んだ女たちともプリクラやセルカなんて1度も撮っていない
だいたいほとんどデートなんてしないしーーーと心の中で付け足していると
「あぁ……そっか」
湊人が小さく呟いてそっと身体を離した。
……なんか、ヘコんでる?
「じゃあ、やめよ?」
そう言って歩き出す湊人を見て、気付く
さっきの言い方ーーー湊人でも気持ち悪いみたい、だよな?
「湊人、待って」
グッと手首を掴むけれど、振り返らない湊人
「なんか勘違いしてるでしょ」
「なにが?」
「いいから、こっち向いて」
ようやく振り向いた湊人の瞳は、少し傷付いているように見えた。
「湊人、そういう意味じゃないよ」
「大丈夫」
「ちゃんとわかってない」
「わかってるよ。ただのセフレに写真持っていられるのなんて、気持ち悪いよな?」
「わかってないっ!!」
自分でも驚くくらいでかい声
こんなふうに誰かに怒鳴ったのなんて、初めてかも。
「全然わかってないよ……」
口の中で呟いて、固まっている湊人を抱き寄せた。
湊人が“なに”をわかっていないのか、説明しろと言われたら多分無理
だって俺にもわかんないんだもん
でも湊人と写真を撮るのが気持ち悪いなんて思っていないし、持っていてくれてもいいーーー湊人なら。
「ただ恥ずかしかっただけ。それだけ」
俺の言葉を聞いて、湊人が身体を離し目を合わせた。
ふっくらと柔らかな唇が綺麗に弧を描く
「……そう」
小さく呟く湊人の手を引いて、俺は写真機へと向かった。
でも、まだ胸がざわついている
湊人の口から出た言葉が耳を離れない
ーーーただのセフレーーー
そんななんでもないフレーズが
よく使うフレーズが
どうしてこんなにも、俺を揺るがすんだろう
* * * * *
「お、プリクラとやり方はあまり変わらないんだね」
興味深げに中を見回した湊人が小銭を入れようとしたので慌てて止める
「俺が出すよ」
「いいよ。俺が言ったんだから」
そう言って湊人はさっさと入れてしまった。
「あ、そういやさっきの映画のチケット代!」
2枚分の代金を渡そうとした俺の手を湊人が掴む
「それもいいよ。年上に奢られなさい」
は?
なにそれ……どれだけガキ扱いしてんだか
「“デート”で奢られる趣味ないんだけど」
無理矢理湊人の手に金を押しつけると、困ったように微笑んで受け取った。
「……夜ごはんは俺が出すね」
「別にいいのに」
「なんでも食べたいもの言って。高いものでもいいよ」
「……じゃあ、手料理」
ピクリと動きを止めた湊人
返ってこない同意にまた胸がざわつく
ーーーもしかして、家に来ないつもりだった?
「俺んちで手料理。決定ね」
「悠……あのさ」
「あ、撮影始まる」
嫌な予感がして、言葉を遮りカメラに近付く
湊人は少し戸惑っていたけれど、俺の右隣に並んでカメラを見ながら首を傾げた。
「プリクラみたいに画面が出ないんだね。ちゃんと写ってるのかな……」
「全部見切れてたらそれはそれで面白いじゃん」
そう答えたら想像したのか湊人が笑い出した。
いつもの独特な笑い方にこっちまでつられてしまう
2人して笑っている間にシャッター音が鳴って、それにもまた笑ってしまうなんてーーーバカみたいだ
でも、さっきの不穏な空気が消えてよかった。
「ふふっ、ちょ、悠、ちゃんとカメラ見て……っ」
「湊人、笑いすぎてブサイクになってるよ」
「どこが!」
俺の言葉に笑いを止めて両頬に手を添える湊人
顔を戻そうとしているのか、パチパチとまばたくそのさまはまるで子どもみたいだ
年上のくせに、ほんと可愛い仕草をするんだよね……なんて思っていたらまたシャッターがきられた。
「あっ、悠今カメラ見てなかったろ!」
「うん」
「ほら、次はちゃんとカメラ目線!」
はいはいとカメラへ向けようとした視界の端に、なにか違和感を感じてーーー
あれ?
今……なかった?
もう一度改めて湊人を見る
カメラを見つめる無邪気な瞳と、ゆるやかに微笑む唇ーーーそして、左耳
ピアスが……ない?
いつもブルーの石が光るその場所には、小さな穴があいているだけ
「悠?」
不思議そうに俺を見る湊人に構わず、手を伸ばしてその耳朶に触れた。
ない
マジで、ない
ただそれだけのことなのに、なんで俺ーーーこんなにも嬉しいんだろう
「湊人……」
名前を呼んで目を合わせれば、また俺の心読んだのかな
俺の手に指を添えた湊人が、少し眉を下げて優しく微笑む
あぁ、もういいや
ガキだろうが単純だろうが、誤魔化す余裕もない
理由なんかどうでもよくて……ただ嬉しくて仕方ないんだよ
湊人を引き寄せて耳朶を優しく噛んでから、そのすぐ下の少し後ろに唇を寄せた。
セフレにマークは厳禁
それは当たり前でお互い暗黙の了解
でも、俺いつもつけてたんだーーー
湊人は知らなかったでしょ?
分かりにくい場所だし、気付かれないようにつけるのはいつも湊人がイッた瞬間
初めてつけたのは
あのピアスが、彼氏からのプレゼントだって聞いた日だったんだ。
「……っ」
白い首筋に強く吸い付くと、湊人は小さく息を呑んだけれど抵抗しなかった。
ゆっくり唇を離せばそこは真っ赤な薔薇みたいに色付いていて
ーーータンザナイトなんかよりよっぽど似合ってるよ
無意識に声に出してしまったらしい
吹き出した湊人が少し顔を赤くして笑う
その笑顔も薔薇みたいに綺麗で、目が離せなかった。
* * * * *
気付いたら撮影はすべて終わったようで、4枚のポラロイド写真が下から吐き出されていた。
素早くそれを手に取った湊人が外へ出て近くにある小さなスペースへ向かう
どうやらペンが置いてあるようで、ポラロイド写真にメッセージを書き込めるらしい
「あっ!」
「なに?」
「悠はあっちで待ってて!」
「え?なんで??」
「いいから!」
有無を言わせない湊人の様子に、ついていくことは諦めて近くの休憩スペースへ向かう
まぁメッセージなんて書く気はなかったから別にいいけど……ほんと今日の湊人は少しいつもと違う
ピアスーーーどうしたんだろ
ってか、ただ外してそのまま忘れて来ただけかもしれない
落としちゃって見つからないとか。
1週間前にあんな……仲良さそうな感じだったんだし、あのピアスがないからってあの男と別れたとか全然決まってないじゃん
俺、なに期待してんだろ……
つーか期待ってなに。
湊人が彼氏と別れてたらどうだっていうの
もし、別れてたら……
「できたよ!」
突然の声に思考を中断し見やれば、笑顔の湊人が写真を2枚差し出してきた。
想像よりはるかに綺麗で見やすいポラロイド写真の中、残念ながらまったく見切れず見事に枠に収まった2人
1枚目は予想通り、2人ともカメラも見ずに大爆笑している
「すごいバカみたい」
笑いながらもう1枚を見てーーー思わず口に手をやり固まってしまった。
両手で頬を包みカメラ目線の湊人を、少し笑いながら見つめている俺……
え、いつもこんな顔してんの?
なんかよくわかんないけど、すごくーーー恥ずかしい顔
「悠?どうした?」
きょとんと見つめてくる湊人から視線を逸らすけれど、恥ずかしさは消えない
ねぇ、俺いつもこんな顔してんの?
今も?
「悠?」
「別に……なんでもない。ってかあと2枚は?」
「あー、ふふ。これは見せない」
「は?」
また変なこと言い出した。
しかも、その2枚をさっさと自分の鞄にしまって歩き出そうとする
「湊人、見せて」
「嫌だ」
「嫌だって……」
「この2枚はさ、特別な場所に隠しておく」
「特別な場所?」
「いつか見つけてみて」
ありえない
わざわざ探せってこと?
今見せてくれたらいいだけなのに……
「めんどくさい」
「じゃあ探さなくていいよ」
「今見せてよ」
「だめ」
今日の湊人はやっぱりおかしい
楽しげに笑ってはいるけれど、その瞳は頑なで絶対に折れそうにない
諦めるしかなさそうだ
「わかった。見つけるよ」
嘆息混じりにそう返すと、湊人はにっこり笑って俺の手から最初の2枚を取り嬉しそうに眺めた。
「これも写りいいじゃん」
「あとの2枚もいいの?」
「うん!最高のショットだったよ」
じゃあなおさら見せてよ……と思いながらも手を差し出すと、湊人は自然とその手を握った。
いや、違うって。
「手じゃなくて写真。1枚ちょうだい」
「なんで?」
なんでって……なんつーか、記念?
やっぱまともに撮ったの初めてだし。
湊人との初デート初写真なわけだし。
ってこの言い方じゃまた次があるみたいだな
「別に。1枚くらいいいじゃん。どっちでもいいから」
どちらかというと2枚目の方を貰って抹消したいけど……なんて考えていたら、湊人が少し悩んだ末に首を横に振った。
「ダメ。悠に渡すと危ない。絶対テキトーなとこに置いて彼女にバレちゃったりするんだ」
だから、ガキ扱いしないでよ。そんなヘマしないし。
というか……見られても別に良いんだけど
彼女って言っても今日1日、一度も思い出していないくらいなんだし。
あとさ、多分男同士の写真見られても普通は友達だと思うんじゃない?
と思ったけれど、それを言うのはやめた。
『違うんだよ。悠が思っている以上に』
頭をよぎったイツキの言葉を振り払うように、俺は湊人の手をしっかりと握りなおした。
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