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デート【夜】
夕陽に染まる街並みを2人で歩く
それは普通なことのようで、初めてなこと
「あ、見て!可愛い犬がいるよ」
「ほら、あの店雑誌に載ってた。美味しいのかな」
「空すごい綺麗だな」
小さいことにいちいち反応する湊人
向けられる笑顔はすごく幼いのに、夕陽に照らされた横顔はやけに大人びていて不思議だ
見てて飽きないってこういうことを言うのかな
「あ、あの店見たい!」
グイッと手を引っ張られ入ったのはカジュアルブランドのショップ。え、買い物もするの?
できればもう早く俺の家に行きたいんだけど、湊人は俺の手を掴んだまま楽しげに店内を見回しているから……ま、いいかなんて思ってしまう
嘆息する俺の横で、湊人は鼻歌混じりにショッピングを開始した。
2時間後ーーー
何件店をまわったのか……やっと湊人が満足した頃には、もう外は真っ暗になっていた。
「腹減ったー」
「そうだね。じゃあさっきの店入ってみる?」
ごく自然にそんなことを言いながら歩き出す湊人
……俺が騙されるとでも思ってるの?
「早く家帰ろう。湊人の得意料理でいいよ」
「……悠」
「帰り道にスーパーあるから寄って行こう。俺んち冷蔵庫ほぼ空だし」
有無を言わせない強さで手を引くと、湊人はほんの少しだけ身体を硬くしたけれどーーー結局俺の隣を並んで歩き出した。
「お店に入った方が早いし美味しいよ」
「湊人の得意料理はなに?」
「……ハンバーグとかビーフシチュー、あとオムライスとかかな」
「へぇーすごいね。どれでもいいよ、どれも好きだし」
そう言って笑う俺に、少し眉を下げた湊人がなんとも言えない顔で微笑む
なにか言いたげなその唇がーーー開くのが、怖くて
俺は湊人から目を逸らしただまっすぐに帰り道を急いだ。
そのままたどり着いたのは、近所ではあるけれど普段はなかなか来ないスーパーマーケット
だいたい夜は外食かコンビニで済ますし面倒で食べない時もあるくらいだから。
慣れない俺に相反して湊人はスムーズに材料をカゴにいれていく
来たことあるの?と聞いたらスーパーなんてどこもだいたい一緒だよと笑った。
手慣れてるんだなぁなんて軽い気持ちで見てたけど、俺が選んだパックのミンチ肉を「2人分ならこの量がちょうど良いんだよ」と違うやつに変えられた時に、なんかムカついた。
ーーー2人分、よく作るんだ?
別に嫉妬してるわけじゃないけど、なんかムカつく
他はどんなもん作ってやったの?
「悠?」
「……俺、好き嫌いあんまりないよ」
「……?そうなんだ」
「ビーフシチューも好き」
「そっか」
「オムライスも」
「はいはい」
「次はなに作ってもらおうかな」
自然に出た言葉
あまりに自然すぎて、自分自身が気付かなかったんだ。その言葉の不自然さに。
セフレは、セックスするだけーーーだろ
「なんつって……」
小さく呟きながら商品に目を移す俺に、湊人は何も言わなかった。
歩き出した背中は毅然としていて、なんとなく距離を感じる
今どんな顔してんの?
笑ってる?
……困ってる?
「悠!どれにする?」
アルコール売り場の前で振り向いた湊人は、いつも通り微笑んでいた。
「どうしようかな」
俺も、何もなかったように返事をする
そうしていれば、気付かなくてすむと思った
何もなかったことにできると、思った
それでもーーー胸のざわつきが収まらなくて。
* * * * *
それから買い物を済ませた俺たちは、並んで暗い夜道を歩き出した。
それにしても両手にスーパーの袋って、かなりダサい……隣では湊人がずっと笑ってるし。
「悠ほんっと似合わないなぁー」
「うるさいよ!」
「だから俺も1個持つって」
「いいってば。金全部出してくれたんだし」
「いいから」
「いいって……あっ」
勢いよく俺の手から袋を奪った湊人
それだけでも驚くのに、そのあいた俺の手に自分の手を絡めるとかーーーほんと、勘弁してほしい
繋ぎたいならそう言ってよ
「綺麗な月だな」
湊人の言葉に空を仰げば、見事な満月がぽかんと浮かんでいる
ってか月なんて久しぶりに見た……普段空なんて見ないしな
「すごい」
思わず呟いた一言に、湊人が静かに頷く
思ったことをそのまま言葉にして、その言葉を誰かが受け止める
そんな当たり前なことが、やけに新鮮に感じた。
ーーー俺って普段意外と無口なのかも
思ったこと口にすることって、少ないかも
「そうだな」
「えっ!?」
驚いて見やると、湊人も驚いたように目をパチパチさせて首を傾げた。
「すごいな?満月」
「あ、あぁ、月ね……」
焦った……まじで心読まれたかと思った!
ホッとしたからか緩む口元を見られない様に湊人の反対側を向く
街灯が少ない一本道はやけに静かで、聞こえるのは2人の足音だけ
その音に突然綺麗な歌声が混じった。
チラッと見やると、月を見上げたまま湊人が歌っている
少し高めでよく響くその声が心地良くて耳を傾けていたら……その語尾が微かに震えている気がして
「寒い?」
思わずそう聞いたら、湊人が目を丸くして見つめてきた。
「……なに」
「悠ってそんなこと聞くんだ」
「悪いの?」
「ううん」
フワッと寄りかかってきた湊人が、俺の肩に頭をくっつけて小さく囁く
「優しいな、悠」
やばい
慣れないことするんじゃなかった
どう反応したらいいかわからなくてーーーとりあえず握っている手に力を込めた。
満月を見ながら歩く帰り道
街灯の下を通れば寄り添う影がぴたりと重なっている
肌を通して伝わる温もりと
鼓膜を打つ柔らかな歌声
あ、これーーー今日観た映画のエンディング曲だ
映画のシーンと共に湊人の泣き顔を思い出してしまって、不意に顔を覗き込んだ。
俺に寄り掛かって目を閉じたその顔は、穏やかな笑みを浮かべていて
良かった……
思わず息をつくと、湊人が目を開け不思議そうにまばたく
「ん?」
なんでもないよ
その一言が出てこなくてーーー唇を、重ねた。
頬を撫でる冷たい夜風
触れ合っているのは唇と手のひらだけなのに
なんでこんな、暖かいんだろう
歩き慣れたいつもの道が、まったく違う世界に見えた。
* * * * *
家に着くと湊人はすぐにキッチンへ向かった。
ほとんど空っぽの冷蔵庫や戸棚を調べて使えるものを集めていく
最低限の調理道具は一人暮らしを始める際母親が揃えてくれたので助かった
今まで家に来た相手に使わせたことは一度もないけど。
忙しなく動く湊人をボーっと眺めていたら、タオルを投げられて
「シャワーでも浴びてきたら?」
「……うん」
作ってるとこ見たかったんだけど……
後ろからじっと見てたら気持ち悪いだろうし、後のことを考え言われた通りシャワーを浴びる事にした。
服を脱いでいたら、扉の向こうからまたあの歌が聴こえてくる
よっぽど気に入ったんだな
でもその歌も今日初めて聴いただけだから同じところばかり繰り返しているし、その度にオリジナルで毎回ちょっとづつ変わっている
「可愛いな……」
自分の口からぽろりと出た言葉に驚いて、俺は慌ててシャワーを出した。
熱いくらいのシャワーを浴びると、身体中が温まっていく
出たら湊人が待っていると思えば、心まで温かくなっていく
なんてくだらないこと考える自分に苦笑しかでてこない
あ~~~もう!!
なんかあったかいとバカな事ばっか考える……早く出よっっ!!!
大急ぎで洗って腰にタオルを巻いたまま出たら、湊人が驚いて振り返った。
「早っ……って服は!?」
「着るよ」
「着てから出てこいよ!」
「持って入るの忘れたんだもん」
「バカ……早く着な」
「どうせ後で脱ぐのに?」
「バカっ!風邪引く!」
怒りながら背を向けて料理を再開する湊人
その耳は真っ赤になっていて、首筋までうっすら色付いている
ほんと、そそるよね……
服を着ながらぼんやり眺めていると、湊人が振り返って手伝えと怒り出した。
炊飯器は無いのでごはんをチンしたりお箸や皿を用意したりと出来る限りのことをしている間に、完成したらしい料理
テーブルに並べられたハンバーグも湯気立つ味噌汁もまるで店で出てくるような出来で、スーパーで買った出来合いの惣菜やサラダも皿に盛ればやたらと豪華な夕食になった。
「わっ、超うまそ~~!」
「おまたせーさぁ、食べよう」
「いただきます!」
一口食べてビックリ!すごい!!
ほんっとにうまい!!!
「なにこれっ!超うまい!!」
「ありがとー」
ガツガツ食べる俺を箸を止めて見つめる湊人
なに?って表情で示すと、微笑んで言う
「本当うまそうに食べるなぁって」
「だってうまいんだもん」
「嬉しい」
不意に湊人が俺の方へ手を伸ばした。
瞳を細め頭を撫でられるけれどそれはーーーなんというか、犬になった気分
少し眉を寄せてじっと見つめてみても、返される微笑みはまるで絵のように綺麗で
でも、その綺麗な顔が乱れるところが見たいんだ。
グイッと腕を引っ張り湊人を抱き寄せて、耳元で囁くは甘い言葉
「デザートも美味しく食べていい?」
またバカっ!かな、と思ったら湊人の手が動いた。
殴られると軽く身構えた俺の背中に回る腕
首筋に触れる柔らかい唇
耳元で囁き返された言葉は
「いいよ」
やられた
なんか今日はダメだ……完敗って感じ
もう我慢できないーーーとその場で押し倒そうとしたら、湊人はするりと腕から抜け出ていった。
「え」
押し倒そうとした姿勢のまま見上げると、味噌汁を啜りながら
「まだメインを食べ終わってないだろー」
なんて、笑う。
どっちかっていうと湊人がメインなんだけど?
欲を止められず近づけた唇にハンバーグを入れられ、反射的にもぐもぐと食べる俺を笑ってから湊人は立ち上がった。
「シャワー浴びてくる。この服借りていい?」
適当に選んだ俺の服とさっきスーパーで買った下着を持って、さっさと浴室に向かう湊人
残された俺は、とりあえずテーブルの上の料理を端から順に食べ尽くすしかなかった。
それから数十分
風呂から出てきた湊人は、綺麗に何も残っていない皿を見て嬉しそうに手を叩いた。
「全部食べれたんだ!良かった」
「ごちそーさまでした」
「お粗末様でした」
簡単に後片付けをしてから戻ってきた湊人の手には、さっき買ったスパークリングワインの小瓶が2つ
アルコールは得意ではないけれど、度数も高くないしこれなら大丈夫だろうと選んだものだ
「かんぱーい!」
ハイテンションな湊人と軽く瓶をぶつけてから、一気に半分ほど呷る
思った通り炭酸のおかげかジュースのように飲みやすくて美味しい
「うまーー!」
このくらいなら酔ったりはしないけれど、やっぱり少しでもアルコールが入るといつもより素直になるというか本能に忠実になるというか
「今日はありがとう。すごく楽しかった」
そう言って微笑む湊人に、触れたくてしょうがない
「ほんと今日は珍しいことばっかしたなぁ」
「珍しいって……普通のデートコースじゃん」
俺の言葉に湊人が吹き出した。
ふぅん。湊人にとっては普通なんだ。
俺には……ちょっと特別だったんだけど。
「…………」
思わず黙り込んだ俺の隣に座り、じっと見つめてくる湊人
目を合わさないよう反対側に顔を向けると、吐息だけの笑いが聴こえた。
なんで笑うの……
ムッとして振り返った瞬間ーーー唇に広がる甘い感触
あまりに突然すぎて反応ができない
「……っ」
動けない俺を押し倒し覆い被さった湊人が、そのまま舌を絡め深い深いキスをしてくる
まるでーーー優しく食べられているみたいだ
けど、されるがままなんて……俺らしくないよな?
「……湊人」
呼び掛けながら腕を伸ばして湊人の髪に手を差し入れると、じわりと潤む瞳が心地良さげに細められて
「悠」
名前を呼び返された瞬間、理性が飛んだ。
素早く体勢を入れ替えて、貪るように
キスーー
キスーーー
キスーーーー
飽きるほど繰り返しても足りない
離れた瞬間にもう求めてる
首筋も、背中も、指先も
そのすべてが愛しくてたまらない
白い肌に咲かせる赤い薔薇
刻み込む俺のしるし
ねぇ、こんなの初めてだよ
身体が、心が、どうしようもなく求めるんだ。
なんでこんなに熱くさせるの?
触れる度に甘い声を上げる湊人は、まるで楽器みたい
もっと鳴いて
もっと感じて
もっと求めて
もっともっと
俺に、溺れてーーー
それから俺たちは、何度も何度も貪るようにお互いを求め合った。
重なり合って、繋がり合って、とめどない快楽の中で感じる初めての気持ち
疲れ果て意識を失う瞬間、湊人を抱き締めながらなんだか泣きたくなるほどに思った。
これが、『幸せ』ってやつかもしれないーーー……
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