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第2話 もう一度

 青年は彼が死ぬのを待っている。    彼は手の届かない人。   いちどだけ遊びで抱いてくれた人。  気まぐれな優しさに酔いしれた夜。  名前を呼んでくれた。  気まぐれな唇が首筋を、胸を甘く吸う。  嬉しくてその頭を抱きしめたなら、低く笑って甘く肌に歯を立てられた。  それさえ優しい痛みになる。  名前を呼ばれるだけで達してしまった青年に、彼は愛しげにまた名前を呼んでくれた。  思っていたより優しくて。  恋人みたいに抱かれた。    身体を開かれた時でさえ、初めての反応を楽しみながらも、決して酷くはしなかった。  「ゆっくり入るね」  指や舌でとろけたそこに、熱く沈み込まれて、声をあげた。  馴染むまで、待ってくれて、優しく動くところからはじめてくれた。    恋人みたいに抱かれた。  キスしながら、イったり、出した後もつながったまま、身体を撫でてくれたり。       優しい優しいキスを何度も何度もしてくれた。  だから余計に忘れられなくなった。  諦めるからと抱いてもらったのに。  「可愛いね」  そう言われた声。  愛してるとは絶対に言ってくれなかったけれど。  「可愛かったよ、でもこれで終わり、二度はない。気がすんだだろ」  優しい人はきっぱり拒絶の言葉を囁いた。  あんなに優しくキスしてくれた舌はそう言ったのだ。  忘れられなくて。   ずっと忘れられなくて。  毎夜彼を思って自分で慰めた。    キスして欲しかった。  優しいキスを。  でも その彼はもうすぐ死ぬのだ。   突然の病気で。    青年の勤める病院で。  青年はその夜、夜勤を希望した。  彼は息絶えた。   医師の宣告も終わった。   男はやつれはしてもまだ美しい。  綺麗にしますので、と家族と恋人を追い出した部屋で青年は彼に触れた。   唇で、指で、まだ暖かい身体に触れた。  あの夜も触れた唇にキスを。    あの夜のように性器を咥え、そこを愛した。  愛しい身体。  まだ暖かい。  無心に舐めた。  育つことのないそこを。  乳首を吸った。   自分にしてくれたみたいにそこを愛した。    指を持って自分の穴に導き、その指をつかって、それで達した。  優しく全身を撫で、存分にキスをした。     もう一度だけ彼は青年のものになった。  彼は家族の元へもどっていった。   美しい婚約者が彼のそばに寄り添う。    もう彼は彼女のもの。   青年はそれでも手にしたものを抱きしめる。   それはハンカチに包まれた彼の舌。    青年に拒絶の言葉を囁き、優しいキスをしたその舌だけは青年は自分のものにしたのだ。  もう冷たい拒絶をその舌は囁かない。   愛しいと青年は思った END

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