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第1話
「あー……あづー……」
4畳半の畳部屋。俺はその中心ですることもなく寝そべっていた。夏らしく部屋はじんわりと蒸し暑く、タンクトップでむき出しになった自分の腕が汗ばんでいるのが見えた。
「ひまだー。ひますぎるー……」
ここには本当になにもない。畳の上で大の字になった俺以外。あと押入れの布団。パズルでもゲームでもなんでもいいから持ってきた方が良かったなあと思い、いや、無理かと冷静に考えた。そもそもそんなものはこの場所に来る前に……置いてきてしまったのだ。
ことん。
唐突に音がした。それは、数日前、いや数日も経っているのかすらわからないが自分がこの部屋で待機し始めた頃から初めて聞いた、自分以外の誰かの居る音だった。
慌ててもんどりうちそうになりながら起き上がり、部屋の外、キッチン、バストイレの廊下の向こうの玄関へと駆け寄る。
「おい! やっと着いたのか!?」
玄関の扉は開けない。それは無意味なものだ。重要なのは、誰かがこの向こうにいるということ。
「準備がすべて整いました」
感情のこもらない、無機質で平坦な声。でもそこに悪気はないのは知っている。
「随分慌ててきましたね」
「だって、いきなりこんなところに連れてこられて、なんにもすることなかったんだぞ? ずっと俺が担当する奴に会いたかったんだ」
「それはお待たせしました」
「で、俺が担当するのはどんな子なんだ?」
「私が説明するより実際に見た方が早いでしょう」
「会ってからのお楽しみかー」
「もとの部屋に戻ってください。まだ寝ているでしょうけど」
そう言い残してドアの向こうの気配が消えてゆく。
ちなみにあの六畳間には窓があるが今現在「開かない」ようになっている。アイツのいう事が正しいならその子はあの部屋に突如として出現していることになり、常識的にはありえないのだがこの場所はそういうものだとこの時の俺はすでに慣れ切っていた。
どんな子だろう。話しやすい奴だといいな。
俺は未だかつてないほどわくわくして、走り駆け寄りたいのを万全を期して競歩に妥協して六畳間に戻り……中を覗き見た。
そこにいたのは。
16,7くらいだろうか、俺と同じ位の年の少年。癖毛の、柔らかそうなふわふわの黒髪が印象的だった。
そいつは六畳間の中心でいまだ横たわり眠っていたが、そっと近寄って盗み見た顔は目鼻立ちが整っててどこか中性的で……おいこいつひょっとしなくても美少年だな!? 俺なんて十把一絡げにされる感じの美少年だな!?
すでに外見スペックで一方的にダメージを受ける俺。に対し相手は身じろいだ。
ゆっくりと目が開く。深緑色の瞳に緊張する俺の表情が映っていた。
そいつはぐっと身を起こし……いや、起こそうとしてまたこてんと畳の上に倒れた。じたばたと手足を見当違いに動かすのを見て、俺は気づいた。
「ああ……そっか。お前、まだ人間になったばかりだもんな」
そっと右手をとる。
「人間は手を支えに使うんだ。ほら、床に手ついて、体重かけてみてくれ」
背中に手をやって起こすのを手伝い、壁にもたれかけさせる。
「具合は、大丈夫か?」
きょとん、と呆けた顔を見せる相手。
「ああ、そうか声はな、口開けて喉を震わせてあああーって……」
説明難しいなー……。
「ああ、あ……?」
「お、いけそうか?」
「うぁ、くああー?」
声が単に音を発しているだけから何か訴えようとしているような声色に変わる。ひょっとして何か言いたいのか。
「えっと、何か喋りたいのか? とりあえず力抜いて、言いたい事だけ頭の中で考えてみてくれ」
「…………」
一瞬目を閉じ、一息ついてまた見開く。綺麗な瞳だ。
「だれ」
すこし発音がおかしい気もしたが、ちゃんとしゃべってる。しゃべれてる。良かった。
「俺は、入間(いるま)アサヒ。お前の担当者だ」
「たん……?」
首を傾げられる。まだ生まれたてみたいなもんだから混乱してるのかもしれない。
「担当者っていうのは……お前が来世で人間として生きていけるように教えて導く、人間教育係だよ」
右手を差し出す。
「上から説明は受けたんだろ? 死んだあと人間に生まれ変わりたい動物は、この場所で一旦お試し人間生活を送ってみるんだ。ほら、人間て増えすぎだろ? おまけに変なやつ多いし、最近は人間として適性があるかどうか見てみるんだと」
黒髪の少年は俺が差し出した手をじっと見つめていた。
「ああ、こうされたらお前も俺の手を握り返せばいいんだよ。ほら」
そいつの右手をとって、きゅっと握る。
「こうやって、俺がお前に人間生活の仕方とか教えるから。なんか不安があったら相談とかも乗るし、大抵のことは俺が面倒みるから」
安心してもらえるように、できる限り笑顔を作って。
「人間ごっこの教育担当者とパートナーとして、しばらくよろしくな!」
…………。
無反応。
え? なぜにどうして? 俺なにか失敗したか?
口角を上げた頬の筋肉が引きつるのを感じつつぐるぐると思考し……。
きゅるるる、とつつましやかな音が部屋に響き渡った。
ずこー、と滑りたくなるのをこらえ、幾分和やかになった空気の中俺は。
「とりあえず、飯つくってくるよ。ちょっと待っててくれ」
台所に向かうため立ち上がることにした。
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