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第2話
うまく体を動かせない状態で、何が食べやすいだろうと頭をこねくり回して考えた結果。
「できたぞー」
両手で小鍋を持ち込もうとした俺は、部屋の中の状態を思い出して慌てて台所に戻った。
さっき言った通り、部屋の中には何もない。
ということは、鍋、茶碗、コップ等諸々を置く場所がないという事だ。
「なんかあったかなー」
戸棚を開け、がさごそと探ってみるとランチョンマットが出てきた。まあこれ敷いておけば畳に直置きよりましだろ。
「よっ……と……」
鍋と茶碗、腕にマットをかけて部屋に入る。
中にいたアイツはというと、壁にもたれかけたまましげしげと自分の手を見つめていた。
「やっぱ、人間の手って不思議か?」
びくり、と一瞬小さく飛び上がるように身をすくめ、さっとこちらをうかがう。その様子を見てまだ警戒されているなと思った。
できるだけおびえさせないように、ゆっくりと歩いてマットや小鍋を置いていく。
「……ごはん?」
声をかけられてそちらを見ると、体育座りのまま視線が鍋の中身に向かっていた。
「とりあえず、スプーンで食べられそうな物作ろうと思って。卵がゆ」
なんだか風邪ひいたときの食事みたいだが、他に思いつかなかったのだ。
「スプーン、使えるか?」
粥を茶碗によそいつつ、スプーンをとって手渡してみる。相手はバトンパスのごとく握ったはいいが、逆手に持ってしまい茶碗に突っ込むのが変な体勢になってしまった。
「あーそれは、こう持ってだな、」
スプーンを握り直させて、粥を掬わせる。その手を包み込んだまま、相手の顔の近くまで粥を持っていく。
そいつは一瞬目を見開いて、少し逡巡する様子をみせたもののいきなりぱくん!と食いついた。
「うん、そんな感じそんな感じ」
まんま動物の餌づけって動きだったけどいいか。
「いただきます」
「いただきま……す?」
「そう。これから一緒に言っていこうな」
ぱちっと黒目を瞬かせて、小さくうん、と言うのが聞こえた。
それから俺は、ときどきソイツがうまく食べきれずにこぼすのを拭いつつ、一緒に鍋の中身が空になるまで粥を食べきった。味は……普通だと思う。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
ぱん、と一緒に手を合わせる。
よし。食べてる間に話したこと、ちゃんと理解してもらえたみたいだ。
鍋と茶碗を片付けつつ、自分でなんとか座れるようになったそいつの様子を見る。
「なあ、お前の名前どうしようか」
簡単に手遊びをしていたのを止めて、こちらに目を向けられる。
「名無しじゃなんか違うからなあ。なんか自分にしっくりくる言葉とか、あるか?」
「……うん……」
そう言いながら思案する様子を見せる。ややあって。
「や。やー。やく、やくも。ヤクモ、だよ」
宙を向いてヤクモ、と何度か呟いて、うんと頷いた。
「八つの雲、の八雲か。そうか。ヤクモだな」
畳の上、ヤクモに向かい合うように座りこむ。
「ヤクモは死ぬ前、どんな動物だったんだ? 猫とか? いや、手が珍しいんなら鳥とか?」
「人間がボクらのこと、なんて呼んでたか、知らないよ」
「そっか。……いや、そうだよな」
「ボクはよく空を飛んでた。ご飯を探してた。あと、人間を、見てたよ」
……じゃあ、とりあえず鳥だろう。ペット系ではない、野鳥。
「ヤクモはなんで人間になりたいと思ったんだ?」
返事をする前に、ヤクモの目が細められて一瞬閉じたのが見えた。あ、ひょっとして疲れてたか。注意してみれば体もゆうらりと揺れていた。
「ひょっとして眠い、か?」
「うん」
「わり! いますぐ布団出すわ!」
すっと押入れを開ける。上の段に布団をおいている、のだが。
「……あれ?」
空だったはずの下の段に、小さなちゃぶ台と何か段ボールがいくつか。
中身は、生活するのに必要なものがこまごまと。
「物資追加してくれたなら先に言ってくれよ……ていうかなんで押し入れなんだよ! 宅配便風に届けたりした方がわかりやすいだろ!?」
いわゆる四次元押し入れに向かってむなしく叫ぶ。
「どうしたの?」
後ろからヤクモが尋ねてくる。
「あはは……まあ、明日から食事はこれ使おう」
そういって俺は笑ってちゃぶ台を指し示した。
「ふうん?」
「じゃ、そーれっと」
上からずるずると布団を取り出し、ぼすんと床に下ろす。
「ほら、これ広げるの手伝ってくれ。暑いから上はタオルケットでいいな」
二人で布団を広げて寝場所を確保する。二枚隣同士に並んだ布団。ヤクモは終始なにこれと言いたげな顔だったが、俺が布団に両手を広げて倒れ込むのを見て真似して隣にとび込んでいた。
「あーやっぱ布団はいいなー」
「んん……」
ヤクモが布団に怪訝そうな顔で頬ずりをしていた。感触が気になるらしい。視線に気づいたのか、ヤクモがこっちを向いた。
「いっしょに寝るの?」
「……あー、人間なりたてはどんなことでトラブるか分からないから、見守りも兼ねてるんだよ。しばらくは、我慢してくれ」
「ふうん」
「ほら、タオルケット使え」
ばさっとヤクモの上にタオルを放り投げ、自分も被る。
「電気消すぞー」
照明の紐をひっぱるパチンという音と共に視界が黒一色になった。
「寝るときはおやすみって言って寝るから」
「おやすみ?」
「うん、おやすみ。お疲れ様。明日からまた色々教えるからな」
目蓋を閉じる。元々暗闇だから視覚的にはあまり変化が感じられないなあと思う。
「ねえ、アサヒ?」
ヤクモが俺の名を呼ぶ。
「どうした?」
「ボクは上の人って、もっと……なんていうか、他人事みたいに距離を置く人ばっかりだと思ってた」
上の人。いわゆるこの死後と誕生の境目の世界の管理人。天国の天使みたいなものだ。
「あー、こういう係についてるから、一応な。多分お前が今まであった奴らって多分お役所みたいな業務ばっかりだったろうし、役柄が違う分対応も違ったんだと思うぞ」
「そうなんだ……」
「俺は、お前みたいな奴が良い人間になるように、育てるのが使命だから」
それが、俺がいる意味になるから。
「人間に……早くなれるかなあ」
「がんばればな。もともと人間になるのが許可されてる時点で、ある程度素質は認められてるはずだ。ま大丈夫だろ」
「……アサヒ」
「んー?」
「よろしくね」
今度は自然に口角が上がる。
「おう!」
これからこいつと、うまくやっていける気がした。
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