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 ――ちょっと違うんだよなぁ。  俺、杉尾(すぎお)玖音(くいん)は、自ら大きく広げた股の間に見える頭頂部をぼんやりと見つめていた。 「くふぃん……くん、きほち、ひぃ?」 いつまでたっても勃つ気配のないペニスを咥えながら、上目づかいで問いかける男に傲岸な態度で応える。 「――ちょっと疲れてるのかもねぇ」 伏せ目がちにため息をついた俺に、彼の目が一段と欲望を滾らせてギラつく。 笹島(ささじま)――と言ったか。名前はよく覚えていない。 会社帰りにふらっと寄ったバーで声を掛けられ、自慢のフェラチオテクニックを披露するというから、とりあえずホテルに入ってみた。 確かに、物凄いディープスロートを繰り返す。 この攻撃を受ければ大概の男性ならば、そう時間がかからないうちに昇天するだろう。ただ、俺としては正直、ただ痛いだけの口淫にほとほと疲れ果てていた。内心では何度も舌打ちを繰り返し、早くこの煩わしい時間を終わらせて欲しいと切に願っていた。 「笹島さん、俺……もう……っ」  弱々しい俺の声に笹島がばっと勢いよく顔をあげた。そんな彼の、まるでさんざん弄んだ小動物に最後のトドメをさすぞと言わんばかりの鋭い視線を遮るために、両手で彼の頭を押さえつけた。 (これじゃあ、本当に感じているみたいじゃないかっ)  そんな俺のリアクションに、多少の問題と誤解が生じていたようだ。  待っていました! とばかりに舌を使って追い上げる彼に気付かれないように天井を仰ぎ、薄汚れたビニールクロスを見つめる。 (ここって、改修の予定とかないのかなぁ……) 「外装をリニューアルしたばかりのホテルだ」と、笹島が入った時に熱く語っていたことを思い出し、建設会社の営業としてのクセでつい建物の要所要所に目がいってしまう。  毒々しい色が入り混じった壁紙、安物の家具。床のリノリウムも所々剥がれていて、お世辞でも清潔感があるとは言い難い。 ホテルを利用するにあたって金銭的に厳しいという者なら、ただセックスするだけと割り切れば、安い料金設定で休憩時間も長く良心的だと思う。しかし、俺は立派な社会人で、それなりの仕事をして給料を貰ってる。 成り行きで入ったホテルとはいえ、あまりのセンスのなさに勃つモノも勃たない。 まぁ、それが要因なわけではないのだが……。 俺がそんなことを考えているとは思わない笹島は一心不乱に口での奉仕を続けている。 (勃つわけないよ……)  心の中でため息交じりにぼやきながらも、そのため息を吐息にすり替えた。 「あぁ……も……、ダメ……っ」  掠れるような声と同時にぶるりと身体を震わせた俺は、一瞬の硬直のあとぐったりと背中の羽枕に身を任せた。胸を喘がせて呼吸を整える――フリをする。 口内に何の感触も感じられなかった笹島は訝しげに顔をあげると、枕に顔を埋めたまま肩で息を繰り返す俺を見下ろした。 「――玖音くん?」 「ごめん……。俺、ドライでイッちゃったみたい……。恥ずかしい……」  自称『屈託のない』栗色の瞳を潤ませながら、狐につままれたような表情の笹島を上目づかいで見上げる。  その顔は許しを乞う時の子供…………いや、まさしく迷子の小動物と比喩しても過言ではないだろう。 自分で言うのもなんだが、たとえ百戦錬磨と自称する男がいても、この顔に絆されない奴はいない。 「玖音くんって……ホントに可愛いねぇ!」 そんなことを知る由もない行きずりの相手である笹島は、俺の汗ばんだ髪を指先で弄びながら、何とも言えない微笑みを見せる。 自分のテクニックで堕ちた男の数をカウントしながら優越感に浸る……という自己満足の典型だ。  両手で頬を挟まれて額に何度もキスをされるが、俺はくすぐったいような表情で照れ笑いを繰り返す。  これも演技だ……。 「笹島さん。俺、シャワー浴びてくる」  彼の手をそっと解きながら、ベッドをおりてシャワールームへと向かった。  この長い時間の中でやっと手に入れたプライベートな時間を邪魔されまいと、念には念を入れて施錠を確認し、ひんやりとしたバスルームに足を踏み入れた。  水圧が弱く、設定温度の微調節もきかないシャワー水栓に苛立ち、更にぬるいお湯に打たれながら俺は何度も舌打ちを繰り返す。 「今夜はハズレ……だな」  湯気で曇った鏡に映る自分を見つめる。  身長は平均身長よりもほんの少し低め、女性に負けないと自負する白い肌はきめ細かい。無駄なものがない分ほどよくついた筋肉と、細いウェスト。華奢に見られがちだが、スーツを着ればそれなりに見える体つき。  生まれつき色素が薄いせいで髪も瞳も明るい栗色だが、それが母親譲りの女顔をより可愛く見せている。 そんな容姿からか男女を問わず人気があり、声を掛けられれば断る理由もないので、今日もこうして見知らぬ男と体の付き合いをしているのだ。  そうかといって遊び人だという自覚はまったくない。 二十五歳という年齢を感じさせない童顔、天然っぽい言動、小動物のような仕草。そのすべてが仮の姿だと言ったら……? 「――あぁ、また尻軽男の烙印を押されるのかぁ。イメージ、最悪だろ……」  シャワーを止め、鏡の前で悶絶する姿は誰も知らない俺の本当の姿だ。濡れた髪をぐしゃぐしゃとかきむしり、悔しさに奥歯を噛む。 そして……無意識に唇から零れる名がシャワールームに響いた。 「騎士(きし)……」  何度も繰り返しながら、次第に大きくなり始めたモノを上下に扱き始める。笹島の口淫でも勃つことがなかったそれは、その名を繰り返すだけで硬さを増し、腹につきそうなほど力を持ち反り返っている。  ピクピクと先端を震わせながら透明な蜜を垂れ流す様は卑猥としかいえない。  俺のペニスを口一杯に頬張りながら、先端で喉の奥を突かれて嘔吐く彼の苦しげな顔を思い出して、思わず身体を震わせた。 「はぁ……、騎士……好きっ」  まるでオナニーを覚えたての中学生のように、閉じた目の裏で大好きな『彼』を犯しながら手淫に耽る。  腰の奥にジワリと広がる甘い疼きに無意識に腰を揺らしながら、手の動きも次第に早くなっていく。 「女には渡さない……からっ。あぁぁ……あぁっ」  淡いピンク色のタイルに大量の白濁を放ちながら、妄想の中の彼もまた共に達していた。残滓を指先で絞り出しながら大きく息を吐く。  再びシャワーのレバーを捻ると、まだ余韻の残る身体に湯がゆるゆると当たる。その感触に何かを求めてやまない後孔が疼くのを感じ、ゆっくりと流されていく白濁を見つめながら俺は口元を綻ばせた。 「もったいないなぁ…………」 普段の俺からは想像できないほど醜悪な低い声が響く。 ウサギの着ぐるみの中から顔を覗かせたのは、恐ろしいまでの猛獣だった。

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