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【9】
「――仕事ねぇ」
唸るように低く呟いた華城は、案内された部屋を見回して小さく吐息する。
広いとは言い難い部屋は薄暗くテーブルとソファが置かれたシンプルなものであるが、天井に備え付けられたミラーボールといくつものスピーカーが異質な雰囲気を作り出し、正面には眩い光を放つ大画面の液晶モニターが置かれている。
その下のキャビネットには『最新』を謳った有名メーカーのカラオケ機器がある。
そう――。ここは、会社からそう離れてはいない場所にあるカラオケボックス。
華城が写真データ整理を終えるのを見計らって、庶務の石田にノーリターンを告げ二人でフロアを抜け出した。
一応、就業時間内ということもあり、もしものことを考慮してすぐに動ける範囲での場所設定となった。
この時間、意外にもスーツ姿が多い。下校途中の高校生ばかりかと思いきや、外回りに出た営業マンの時間調整の場として使われているようだ。
テーブルの上に置かれたメニュー表を広げ、見るともなしに見ていた華城から一番遠い場所に腰掛けると、俺は単刀直入に話を切り出した。
「――お前さぁ、何か隠してるだろ?」
華城はチラッとわずかに視線を上げて俺を見、またメニュー表へと戻す。ページを捲る長い指先から動揺めいたものは感じられない。彼は顔を上げることなく低い声で応えた。
「――何のことですか?」
「とぼけるなよ。お前、談合疑惑のことで何か知ってるんだろうって聞いてんの!」
防音仕様のこの部屋なら、多少の大声も気にならない。最悪、言い争いになったとしても外部には迷惑はかからないだろう。
しばらくの沈黙のあとで、やっとメニュー表から顔をあげた華城はさも楽しそうに口元を緩めた。
「強気な女王様 の復活ですか? 俺としては、昨日の弱気なあなたも好みだったんですが……」
「う……うるさい! お前が女王 のままでいろって言ったんだろ! 自分で言ったこと忘れたのかよっ」
「――いいえ。覚えてますよ」
彼はソファの背凭れにゆったりと背中を預けて優雅に脚を組むと、膝の上で長い指を組んだ。
その姿はどこかの青年実業家と言っても過言ではないほどの畏怖と威厳が感じられ、さすがの俺も言葉に詰まった。
受け付けの際に禁煙ルームにしなかったことが唯一の救いだった。風景が変わる営業車内とは違い、部屋が狭いうえに華城と二人だけという状況に息が詰まりそうになってくる。手持無沙汰にポケットから取り出した煙草を咥えると、急いで火をつける。
感覚を鈍らせるかのように煙を肺に送り込み、細く煙を吐き出しながら傲岸な態度の華城を睨みつけた。
そんな俺を見て、薄い唇をニヒルに綻ばせた華城がボソッと呟く。
「その目、そそられる……」
揶揄するような彼の言葉にまた顔が熱くなるのを感じて、テーブルの上の灰皿を乱暴に引き寄せると、勢いよく灰を落とした。
「お前なぁ……。俺を揶揄うのもいい加減にしろよ。この件に関して、俺は先輩としてお前の事を心配してるんだ。後輩が、何らかの理由があって身に覚えのない容疑をかけられたってなれば、黙って見過ごすわけにいかないだろ。部長にも言えないこと……あるだろ?」
息苦しさにネクタイを緩めて、俺もソファに背中を預ける。
隣りから微かに漏れ聞こえる歌声を耳にしながら、次はどんな事を仕掛けてくるかと身構えた。
彼の告白を聞いてからというもの、どうも調子が狂わされている。
今まで『可愛い後輩』であったはずの彼が、突然『年上の男』に変わってしまった気がしてならない。
そうなると俺も太刀打ち出来ず、ついつい彼のペースに巻き込まれ、自分が女々しい存在になっていく。
それが二人でいる時に限って顕著に現れるため、用心が必要になる。特に人目を気にすることなく防音設備の整ったこういう場所であれば尚更だ。
気を引き締めて、彼に隙を見せないような毅然とした態度が今は要求される。
「――俺が思うに。あの談合疑惑は誰かのでっちあげだったんじゃないのか? もしそうだったとしたら、なんでお前は否定もせずに自宅待機を易々と受け入れたんだ?『やってない』『知らない』と言えば済むことだったんじゃないのか?」
「――何か飲みますか? 杉尾さん」
「話をそらすなっ」
ムキになった俺をクスッと肩を揺らして彼が笑った。いろんな意味で動揺を隠せない俺に比べて、どれだけ余裕あり気に見えたことか。
こちらが真剣な話を振っているというのに、そんな彼の態度にムカついてくる。
その時の俺は気づいていなかった。もうすでに彼のペースに完全に巻き込まれていたことに……。
短くなった煙草を灰皿に押し付けて立ち上がると、テーブルを回り込むように彼の前に歩み寄った。あえて距離を取って座っていたのは自分のペースを守るため。しかし、それを自ら壊した俺は華城の襟元を掴みあげ、座ったままの彼を上から見下ろした。
「言っとくけど、まだ勤務中だからなっ! お前は俺の『後輩』だ。俺の質問に答えろ!」
声を荒らげた俺に、彼は片方の眉をわずかにあげて小さく息をついた。そして、まるで意に介さないとでもいうように俺の手をそっと掴み、ゆっくりとした動作でひき離した。
襟元が乱れ、曲がったネクタイをウザそうに緩めた華城は、それを一気に引き抜いてソファに投げた。
「これって……パワハラですよね?」
「なにっ」
「――そんなにムキにならなくても、あなたの出方次第で俺は何でも話しますよ。隠していること、全部……」
「出方次第って……。脅迫するのか?」
「人聞きの悪い言い方はやめてくれませんか。あなたが先輩だと言うから、俺はまだ後輩を演じてあげているんです。その枷を取っ払ったら、話してもいいですよ?」
「はぁ? なんだ……それ。――う、あぁっ!」
呆然と立ち尽くす俺の手を力任せに掴んでいきなり引き寄せられ、バランスを崩した俺は彼の膝の上に倒れこむような格好になった。
「華城っ!」
肩越しに顔をあげて思い切り睨みつけるが、今度は逆に冷酷とも取れる目で上から見おろされていた。
がっしりと掴まれた手首は振り払ってもびくともせず、力の違いをまざまざと見せつけられた。
「離せっ」
「もう少し我慢して、自分へのご褒美……と思っていたんですが、ムキになるあなたの顔を見てたら、もう抑えきれない」
いとも簡単にくるりと体を回転させられ、俺はソファに呆気なく組み敷かれてしまった。
一瞬のうちに形勢逆転されてしまった俺は状況が掴めないまま足をバタつかせて抵抗するが、そんなことはお構いなしといった余裕な表情で顔を近づけてくる。
「やめ……ろっ!」
「それは女王 の命令ですか?」
「はぁ?――そうだ! 俺の命令は絶対だっ」
俺のあだ名を揶揄しての意地悪だと分かっている。それでも全力を出し切れず回避出来ないでいるのは、俺の大好きな表情 をしていたせいだ。
野性的な黒い瞳に湛えた妖しい光。まるで獣のように綺麗で精悍な彼の顔に、俺の目は釘づけになっていた。
「――分かりました。ではご希望に応えて」
「え? なに……っ」
案外あっさりと引き下がるかと思いきや、体を重ねるように長身を屈めて端正な顔を近づけると、躊躇なく唇を重ねてきた。そして、すぐに彼の厚い舌が滑り込み、口内を蹂躙する。
「ん―っ! ぅぐーっ!」
彼の口内で俺の呻き声がくぐもる。絡めてくる舌から逃れようとするが逆に奥に追い込まれ、行き場を失って容赦なく蛇のように絡め取られた。
キスに気を取られているその間にも、彼の長い指が俺のシャツのボタンを外そうと胸元を行き来する。
「ん―っ! やめ……っ、はな……せっ」
クチュクチュと卑猥な水音を立てて絡まる舌を何とか押しのけて、俺は力任せに顔を逸らした。
「――お前っ! 言ってる事と、やってる事が違うだろっ」
唾液で濡れた口元を手の甲で乱暴に拭いながらも、なぜか涙目になってしまっている自分が情けない。
今までに多数の人間と何度したか分からないキスなのに、華城のキスだけは抗うことが出来ない。
「やめろって……言ったよな?」
「へ?」
「お前の『やめろ』は、先輩後輩ごっこをやめろって意味じゃないのか? 俺はその命令に従ったまでだ」
「はぁ? お前の頭はどこまで都合よく出来てるんだっ? 俺が言ったのは――うぐぅっ!」
黙れと言わんばかりに手を掴まれ、再び強く唇を塞がれる。
途中まで出かけた声は彼の中に吸収され、二度と外に出ることは叶わなかった。
はだけたワイシャツの隙間から忍んだ彼の冷たい指先が、不意に胸の突起に触れる。
「んぁ……っ」
そこを弄るように何度も摘まんでは捏ねるように撫でる。わずかな痛みさえ感じる強引な愛撫。だが、ジワリジワリとそこに与えられる刺激は確実に快感へとすり変わっていく。
男の愛撫を知っているこの体は、そんな些細な刺激でも簡単に加熱してしまう。すでに下肢に集まった熱をどうにかしてもらいたくて腿を擦り合わせるが、組み伏せられているだけに身動きが出来ない。
身を捩って逃げようとしても、ぴったりと唇を塞がれ、舌を絡められていては無理だ。
「ん―っ!……んぅ……っふ……ぅっ」
快感の糸口を掴み自然と上向いてしまう顎に、我慢しても堪えきれずに洩れてしまう吐息。
このままでは、さんざん弄られた揚句に着衣のまま射精――という情けない姿を晒すことになる。
それだけは俺のプライドにかけても避けたい。
意を決して奥まで差し込まれた彼の舌にそっと歯を立てた。
不意の攻防に驚いたのか、するっと口内から彼の舌が退いた隙を見計らって、フリーになっている左手で華城の額を力任せに押し上げた。
「――い、いい加減に……しろっ!」
キスを中断され、あからさまに不機嫌な様相で目を細めた彼は、息も絶え絶えになっている俺を黙って見おろした。
「こんな……こと、して……許される……と思って、ん……のかっ」
俺の言葉にフンッと鼻を鳴らして笑った彼は、さも当たり前であるかのように掠れた声で言った。
「許すも許さないも、お前が望んでいることだろう?」
するりと体の間に滑り込んだ華城の手が、すっかり勃ちあがっている場所に触れた。
指で確かめるようにその形をなぞりながら、硬くなった先端をぐりぐりと弄る。
キスだけで勃起したなんて、絶対に認めない!
悔しさに唇を噛みしめるが、華城の指が動くたびにあられもない声が漏れてしまう。
「や……やめっ……んっ……あぁんっ」
「感じてるじゃないか。そろそろ、喉が渇いただろ?――呑むか?」
先輩である俺に対してこれほど酷いことをした後だ。気を利かせてドリンクでも頼んでくれるのかと思い、俺は訳も分からずに頷いてしまった。
すると、彼はうっすらと唇を綻ばせてから、重なっていた体を浮かせて自身のベルトを外し始めた。
「あ?――ちょ、ちょっと……待てっ!」
制止する俺の声などまるで聞こえていないかのように、その手は止まることなくスラックスの前を寛げると、すでに成長しきっている長大なイチモツを取り出した。
(う……嘘だろ!)
ガッシリした筋肉質の体躯に見合ったサイズ――まさに、華城の分身そのものだった。さすがの俺でも、これほど立派なモノはここ最近、お目にかかってはいない。
いや、始めてかも……しれない。
華城の長い指に支えられた雄茎は太く、幾筋もの血管を浮き立たせてビクンと跳ねた。先端の割れ目から溢れた蜜が彼の指をしとどに濡らし、クチュクチュと卑猥な音を立てている。
「お前……それを、どうしろと?」
この期に及んで野暮な質問だということは分かっている。――けど、聞かずにはいられなかった。
「決まっているだろ。お前のリクエストに応えるまでだ……。安心しろ。そう時間はかからない……」
「――ちょ、ちょっと! 話がちが……うっ。そんなの……ム、ムリだっ……うぐぅっ!」
体をずらし俺を跨ぐ様にしてソレを目の前で揺らした彼は、恐怖で引き攣ったままの口に容赦なく突っ込んだ。
強烈な雄の匂いが口内に充満する。俺は信じられない思いで目を見開いたまま体を硬直させた。
華城は俺の口内の感触を確かめるかのように何度か抽挿した後で、ふぅっと長い息を吐いてからゆるゆると腰を動かし始めた。
顎が外れるのではないかと思うくらい口を目一杯開かされ、質量のあるペニスの重みで舌も動かないほど圧迫された口内を灼熱の棒が出入りする様はこの上なく卑猥で恥ずかしい。
時折、喉の奥を突かれて嘔吐き、鼻の奥にツンとした痛みを感じて涙が滲む。
閉じたくても閉じられない唇の端から溢れる唾液の滑りのせいで、ジュボジュボという水音が勝手に出てしまう。
仰向けで無抵抗。しかも俺の体に跨ったまま、恐怖を覚えるほど長大なペニスで口内を犯している彼がしていることはレイプと変わらない。
それを悪びれる様子もなく平然と行っている彼の精神を疑いたくなる。
今まで口淫をしたことがないと言ったら嘘になるが、むしろされることの方が多かった。だが、こんなにも強引で苦しくて……なぜか体の芯がむず痒くなるものは初めてだ。
鬼畜の所業と言っても決して言い過ぎじゃない。でも――俺の体はそれを求めるように疼き始めている。
華城騎士――真面目で人畜無害な大型犬。だが、その正体は皮を被った人懐こい犬の皮を被った獰猛なドS狼だ!
「う……うぅ……っ!――ゲホッ、ゲホッ。……うぐぅっ」
「上出来だな……。今まで何本咥えたか知らないが、それなりにコツは掴んでいるようだ。しかし――俺以外の奴のモノを咥えたことは許されない」
キッと整えられた眉を吊り上げた彼はさらに腰を大きくグラインドさせ、口内を抉るかのように突き込んでくる。
頬の内側の粘膜を激しく擦られ、また目尻から涙が零れる。
開いたままの口は疲労を覚え、舌先にも感覚がない。
目の前に迫る黒々とした下生えを唾液で濡らしながら、何度も何度も抽挿を繰り返され、俺は必死に目で訴えた。
「もう……許して」――と。
その目に感化されたのか、口内で暴れていた彼のペニスが一際質量を増し、熱を発すると共に激しく脈打った。
「――っく!」
華城の低い呻き声と同時に喉奥に放たれた灼熱の奔流を受け止め、俺は涙に濡れた目を大きく見開いたまま、しばらくの間呼吸することを忘れていた。
ふっと緊張感が途切れた瞬間、雄特有の青い匂いが鼻から抜ける。
あまりの量にむせ返りそうになりながらも、呑み込むことだけは絶対にするまいと必死に耐えた。
口内の許容量を超えた白濁が唇の端から零れ出すと、次々と顎に伝い始める。
「――全部、呑めよ」
冷酷な、それでいてひどく艶のある低い声が頭上から降り注ぎ、俺は小刻みに首を左右に振った。
華城のペニスは吐き出してもなお、その大きさも硬度も変わらない。
(これじゃ……まるで、俺が妄想していた通りのことじゃないか!)
本来であれば彼を――華城を跪かせ、嘔吐くほど喉奥を突いて泣かせてやるはずだった。だが、現実はそんな甘いものではなかった。涙と唾液でグショグショになった顔を歪め、口内に大量に吐き出された精液を呑めと強要されている。
(こんなはずじゃ……なかった、のに)
華城の圧倒的な力でねじ伏せられ、抵抗する事も出来なかった俺は、敗北感を覚えずにはいられなかった。
喉に絡みつく粘度のある精液の不快感と、強烈な青い匂いに鼻を啜りあげた時、ゴクリ……と呑みこんでしまった。しかも、喉を鳴らして……。
次の瞬間、俺は豪快に咳き込んだ。
「ゴホッ! ゴホッ!――おぇぇ……っ。ゴホッ!」
まだ口内に残っていた白濁と一緒に彼のモノも吐き出した俺は、滲んだ視界の中で薄ら笑いを浮かべる華城を見つめた。
力を失うことなく未だ天井を向く凶暴なペニスの先端から糸を引く残滓を華城の長い指でが掬う。それを指ごと俺の口内に無理やり突っ込んだ。
このまま噛み切ってやろうか……とも考えたが、あり得ない太さのペニスを咥えていた顎はすっかり疲弊し、そんな力も残ってはいなかった。
指先で舌を撫で廻されるがままに、俺は焦点の合わない目で彼を睨みつけた。
「満足したか?」
傲岸な態度で言い放ち、なおも俺の上から退こうとしない彼の指を振り払って思い切り顔を背けた。
「ふ……、ふざける……なっ!」
「そんなエロい顔で強がっても説得力はないぞ」
吉家も、華城にこんな口淫を強要されたのだろうか……。
冷酷な言葉を浴びせられ、強引ともいえるセックスをしたのだろうか……。
吉家がM気質であれば、鬼畜ともいえる所業も嬉々として受け入れることが出来るだろうが、俺は断じて違う。
だが、華城が吉家に優しく接するのも癪に障る。万が一、この酷い仕打ちが俺だけに向けられているものだとしたら、それはそれでかなりムカつく。
「その先輩面をやめて、俺の話を聞く気になったか?――可愛く強請れたら話してやる」
「誰が……強請る……かっ!」
「予想以上に強情だな。強がっている分、きっかけがあれば籠絡するのも容易いと思っていたんだが……」
「お前なんかに……誰が……っ。さっさと、退け!」
吐き捨てるように怒鳴ってはみたが、自身の下肢に集まってしまった熱は萎えることがなく、先程よりもさらに疼きを増している。
このままでは本当に射精してしまいそうだ。そうなれば、彼に一生弱みを握られたまま生きていかなければならない。
「お前は俺のことが好きだったんじゃないのか? こんなにも愛してやってるのにつれないな……」
「笑わせるな……。どこが、愛……だっ!」
薄い唇を優雅に綻ばせた彼はじりじりと体を後退させると、俺の膝の上でその動きを止めた。そして、スラックスの生地越しでもハッキリ分かるほど隆起したその場所に再び手を伸ばした。
俺は危険を感じ咄嗟に体を捩ってみたが、その大きな手に掴まれた瞬間、背筋に電気が流れたかのような衝撃が走った。
「ん……あぁぁ――っ!」
ソファから浮くほど背を弓なりに反らし、俺は自分でも信じられないほど甘い声をあげてしまった。
それでも、出してなるものか……と、瞬時に奥歯をグッと食いしばり踏ん張ったおかげで、最悪の展開は回避出来た。
胸を喘がせて弾むような息を繰り返しながら、体を徐々に弛緩させる。
「――強情な奴め」
軽く舌打ちした華城の手が、俺のベルトにかかる。カチャカチャという硬質な金属の音と同時に、わずかな解放感を覚えた。
ベルトが外されファスナーを下ろす音がやけに大きく聞こえる。スラックスの前を寛げられると、すでに溢れた蜜でぐっしょりと濡れた下着が外気に触れ、そのひんやりした感触にぶるりと身を震わせた。
「女みたいだぞ……お前」
なぜか嬉しそうに声をあげた華城に焦った俺は、上半身をわずかに起こした。その瞬間、下着のウェストゴムに手をかけた華城は、それを何の躊躇なく一気に引き下ろした。
俺の目に映ったのは透明な蜜を撒き散らしながら、ぶるんっと弾かれるように飛び出た自身のペニスだった。いつ限界を迎えてもおかしくないそれは、赤く充血し、締まりなくダラダラと蜜を垂れ流し下生えを濡らしていた。
自身のモノでありながら、どれだけ節操がないと呆れる。
たかだかキスごときで――いや、それ以外のこともされたが……簡単に勃ってしまうなんて。
これからはもっと厳しい鍛錬が必要だと自身に言い聞かせながらも、呆気なく快楽に呑まれ、その姿を彼の前に晒してしまったことに羞恥を覚える。
男にしては薄い下生えをしとどに濡らしながら震える雄茎を、まるで野に咲く花でも手折るかのように大きな手で包み込んだ華城は、ゆっくりと上下に動かし始めた。
着衣での射精は免れたものの、それでも彼の前でイクことには抵抗があった。
彼の手淫でイッてしまったら、完全に手の内に堕ちたと認めざるを得なくなってしまう。
ぐっと奥歯を食いしばり、まったく関係のないことを思い浮かべてみるが、直接的に与えられる刺激には抗えない。クチュクチュと卑猥な音を立てて扱かれるたびに力を入れている臀部がブルブルと震え、ビニール製のソファを掻き抱いても逃げ場はない。
「うぅ……んぁっ……っひぃぃぃ……っくぅ」
もはや声にならない声をあげ、絶え間なく与えられる快感に体を震わせる。
「さっさと出せ。楽になりたいだろう?」
「やだ……絶対に……いや、だっ!」
首を振って頑なに拒んでみせるが、そんなことは何の意味も成さないことは分かっている。
出したい――!
体の中に蓄積したうねるような熱を思い切り出したい! そうすれば、どれだけ気持ちがいいだろう……。
演技などしなくていい。気持ちが良ければ本能のままに出せばいい。なんて簡単なことだろう。
その先の快感を求めて揺れる腰を止められない。わずかに開いた唇から洩れるのは熱い吐息と嬌声。俺は一体何に拘り、抗っているのだろう……と、霞んでいく意識の中で考える。
こんなに苦しむくらいならいっそ、そのつまらないプライドなどかなぐり捨ててしまおうか――そう思った時、不意にぬめりとした温かなものに包まれた。
「ひっ……ぃぃっ」
涙で潤んだ目を向けると、俺のペニスを美味そうに口に含んだまま微笑む華城と目が合ってしまった。
(もう、ダメだ……)
彼の厚い舌先が先端の小さな穴を抉るようになぞったかと思えば、カリを唇に引っ掛けたまま物凄い勢いで吸引する。
まるで魂を丸ごと持って行かれそうな衝撃に、俺は何度も意識を失いかけた。
「イ……イク……ッ」
ふわりと体が浮いたような感覚を覚え、腰の奥で疼いていたものが弾けそうになった。
やっと楽になれる――そう思った俺がバカだった。
華城がどれだけ鬼畜でドSであるか、俺は目先の快楽に夢中になり忘れかけていた。
ジワリと隘路を駆け上がる熱が茎の根元をギュッと指で絞められたせいで、その動きが抑制され出口を見失ったことで、あらぬところに熱が渦巻いた。
「う……うわぁ――ぁっ!」
体中、どこもかしこも熱くて堪らない。弄られてもいない後孔がヒクヒクと収縮を繰り返し、ガクガクと腿の内側が震える。
俺はソファに爪を立てながら声をあげた。腰を突き出すようにするのを待っていたかのように、華城の唇が血流の滞ったペニスを食み、そのまま激しく吸い上げられた。
「っふ……あぁ……っ!」
茎に伝う雫を掬うかのように舌を這わせ、再び含まれて口内で転がされる。先を尖らせた舌先で裏筋をチロチロと舐められれば、たとえ賢者であってもたまったものではない。
腰の奥で行き場を失った快感の渦は触れてもいない後孔までをヒクつかせ、そこを満たして欲しいとせがむ。
この状態で後ろを攻められたら、俺は間違いなく……。
「――イクんじゃなかったのか?」
先端を舐めながら華城が意地悪げに煽ると、体中の血管がドクドクと脈打ち、こめかみにツキンとした痛みが走る。
どうすれば、解放される?――どうすれば。
今はもう、イクことしか考えられない。
「い……イキ……たいっ」
「もう我慢も限界だろ? それとも、ドライでイクか?」
「やだ……っ。だ、出し……た……いっ」
「――お前も大人だ。どうすればいいか、分かるな?」
大人だと言っておきながら、まるで子供を諭すかのように誘導する華城に、俺は何度も頷いた。
とうの昔に理性など捨てている。それに、自分が先輩であるというプライドも……。
俺は激しく頭を振りながら叫んでいた。
「イ……イカ、せて……く……くださ……い。お、おねが……し……ま……すっ!」
「――はい。良く出来ました」
信じられないくらい明瞭で、かつ爽やかに応えた華城は、根元を押さえていた指が外され、再び口に含まれると激しい音を立てて一気に攻められた。
「う……、あぁぁぁっ! 変に、変に……なっ……ちゃ、う! あた、ま……おか、し……なぁ……るぅぅ! あっ、あっ……ひゃぁ――っふぁぁっ!」
堰止められていたダムが一気に決壊するように、俺は腰をビクビクと痙攣させたまま華城の口内に勢いよく精液を放った。
もしかしたら精液ではないものが出てしまったのではないか……という不安はあったが、今は解放感に浸り、脳内に溢れるほど分泌されたエンドルフィンのおかげで、とてもとても幸せな気分だった。
この時の俺は、どれほど蕩けた顔を華城に晒していたのだろう。
かなりの量が出たはずだったが、華城は顔色一つ変えずにすべてを呑み干した。
男らしい首で喉仏が上下する様は酷く扇情的で、すべてを出し終えて敏感になっている場所をさらに舌で攻められるのも相まって、俺は射精を伴わない絶頂を味わい腰を震わせた。
腿の内側がブルブルと震えたまま、治まってくれない。
ぼんやりと開いたままの目は虚ろで、薄暗い部屋の天井を見てはいるが、焦点など全く合っていない。
チュッと派手な音を立てて口を離した彼は、自身の唇についた残滓を舐めとるように舌でなぞった。
そして、体を起こしながら俺を真上から見下ろすと、今までに見たことのない優しげな目で微笑んだ。
「――いい子だ。玖音」
強烈な快感で痺れた脳ミソを震わすような低く甘く声色で囁かれ、唇を啄むようにキスを繰り返した。
つい先程までの凶暴な獣の気配は微塵も感じられない。
あんなに酷い事をされたというのに、端正な相貌から溢れる優しい雰囲気に、すべてをチャラにしてしまいそうな俺がいる。
華城は、ぐったりと弛緩した俺の体を労わるように、テーブルに置かれていたおしぼりで汚れた場所を拭い、汗で額に張り付いた髪を優しく払ってくれた。
「約束通り、全部話すから……」
「ん……。その前に……ちょ……っと……寝かせ……て」
喘ぎ過ぎて掠れた喉から声を絞り出すと、華城は「可愛い」と小さく微笑み、満足げに吐息してもう一度口づけた。
そのキスが何よりも心地よくて、俺はそのまま意識を手放した。
*****
どのくらい眠ったのだろう。
ハッと息を呑んで目を開けると見覚えのない風景に一瞬戸惑ったが、意識がハッキリしてくると、ここがカラオケボックスであったことを思い出した。
気怠い体を何とか起こすと、乱れた髪を掻き上げながら自身の格好を確かめる。
ワイシャツのボタンもネクタイも、特別乱れたところは見当たらない。ここに来た時と変わらないレベルにきちんと身支度が整えられている。
しいて言えば、汗をかいたせいで湿ったくせ毛がより一段ときつくウェーブしているくらいだろうか。
夢を見ていたのか……。しかし、あんな鬼畜な所業を夢オチで終わらせてなるものかっ!
その犯人を探すべく視線を動かすと、テーブルの反対側のソファにゆったりと足を組んで座る華城の姿を見つけ、俺は唸るように噛みついた。
「華城……。お前って男は……っ!」
俺が目覚めたことにも特に驚くこともなく、華城は片方の眉をわずかにあげただけで、テーブルに置かれていたコーヒーカップを持ちあげると、ゆっくりと口元へ運んだ。
「――もう、女王様 に戻ったのか?」
「なにが女王様 だ! いきなりあんなことをして、許されると思ってるのかっ?」
「取引はすでに成立している。お前も寝る前に承諾しただろ?」
何か言っていたような気もするが、そのあたりの記憶は曖昧で『聞いてない』とは断言は出来ない。
言葉に詰まり、やり場のない怒りに身を震わせていると、すっとコーヒーカップを差し出された。
まだ湯気が立っているところをみると、俺が目覚める少し前に部屋に届けられたものだろう。
すぐに手を出すことをせず、訝しげにそれをじっと見つめていると、華城はため息混じりにに呟いた。
「俺はどれだけ信用がないんだ?」
「当たり前だ。また薬でも盛られたりしたら、たまったもんじゃないからな」
「――よく考えてみろ。もし俺がそういうヤツだったとしたら、そのチャンスは腐るほどあったということだぞ? そんなアンフェアなやり方など、誰がするか」
毎朝、朝礼が終わった後に必ず飲むコーヒーは、華城が淹れてくれるものだ。
それに、外回りの途中で立ち寄るコンビニでも、気を利かせて買って来てくれるのも彼だ。
確かに……チャンスはいくらでもあった。
でも、それをしなかったのは彼が真面目な男だからなのではないか……。
今一つ納得がいかないという顔のまま、コーヒーカップに口をつける。
いろいろな意味で酷使した喉を通る、まともな液体にホッと安堵した。
「――落ち着いたか?」
静かに響いた低い声に、なぜか素直に頷いてみせる。
「――本当なら、この話はお前にすべきことじゃない。このまま自然消滅してくれることを願っていたんだが、やはりお前にはその手は通用しなかったようだな」
目の前にいる彼は、いつもの彼じゃない。真面目で寡黙なつまらない男――ではなく、狂おしいほどの色香を撒き散らす野獣。
二つの顔を持つ彼だが、どちらも間違いなく俺が惚れた男――華城騎士だ。
「当たり前だ。俺を見くびるな……」
俺はフンッと鼻を鳴らして脚を組むと、ゆったりとソファに背中を預けた。そして、彼に挑むかのように目を細めるといつになく艶のある声で言った。
「さあ、全部話せ……。命令だ」
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