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【10-3 華城side】

 数日後――。俺は吉家を抱いた。  スーツ姿しか目にしていなかったこともあるが、その体は予想以上に細く、お世辞でも抱き心地がいいとは言えなかった。こういう体を好む者は多いと聞くが、俺は何の魅力も感じることは出来なかった。  確かに、口さえ開かなければ相手の加虐心を煽るような要素はある。しかし、何もかもが中途半端すぎて、自キャラのコンセプトがブレブレになっているような気がしてならない。  そんな華奢な体で、俺の長大なペニスを受け入れることが出来るのかと不安にはなったが、本人は至ってお気楽に構えていた。玖音をビッチ呼ばわりしていたクセに、もしかしたら玖音の何倍もの男性経験があるのでは……と疑いたくなるほどの余裕だ。 何かあっても俺の責任にはしないという条件で、渋々承諾し挿入した。  しかし、俺の不安をよそに吉家の後孔はほどよく拡張されており、女性でも痛がる太さのモノを難なく咥えこんだのだ。  こんなにガバガバでユルユルな蕾は、お目にかかったことがない。  もしも、玖音の後孔がこんな感じだったら、俺はどういうリアクションをすればいいのだろう……と、腰を動かしながら全く関係のないことを考えていた。  セックスに集中出来ないなんてことは今までなかった。そんな俺のやる気のなさが吉家にも伝わったのか、鋭い目で肩越しに睨んでくる。 「もっと、奥……突いてっ!」  鼻にかかった声でそう催促され、俺は彼の腰を掴み寄せて腰を振る速度を幾分速めた。 (はぁ……まったく萌えない……)  体を繋げずとも、睨まれただけで半勃ちしてしまう玖音の目力には抗えない俺だが、吉家に睨まれたところで何の感情も動かない。  ただ機械的に腰を振り、自ら絶頂に向かって擦りあげ、気持ちがよくなったら出せばいいだけのことだ。  これではセックスドールを相手にする自慰と変わらない。 「ぁあ……っ。あぁ――っ」  生意気に色っぽい声などあげているが、俺の方としてはその声さえも不快で、下肢から与えられる快感が脳まで伝達しない。  いっそのこと引き抜いて、自ら手淫に耽った方がいいのでは? と思うほどだ。 (あぁ……。どうして玖音じゃないんだろう)  彼のためを思い、吉家との取引に応じた俺にご褒美はないのだろうか……。  そう嘆いても、俺が吉家に脅迫されてセックスしていることなど玖音は知る由もない。ましてや、俺がこんな想いを玖音に向けているとは想像もつかないだろう。 (とりあえずさっさと終わらせるか……)  セックスしている相手が最中にこんな事を考えていたら怒り狂うだろうが、今の俺にはどうでもいいことだった。  腰を大きくグランドさせ、吉家を絶頂へと導いてやる。こんな特殊なサービスは別料金でもらいたいぐらいだが、一刻も早くこの場を離れたかった俺は、気を抜いたら中折れしそうな自身を奮い立たせ、がむしゃらに腰を突きあげた。  吉家が絶頂しペニスから白濁を噴き上げて間もなく、俺はイク寸前で喰い締める吉家の後孔から無理やりペニスを引き抜き、彼の腹にぶちまけた。  事後処理などしてやるものか……。  快感に身を震わす吉家に侮蔑の視線を向けながら、俺はティッシュで手早く自身の処理を済ませた。 すっかり気持ちよくなった吉家は満足げに俺にすり寄ってきたが、すでに賢者タイムに突入した俺の方としては、一夜限りの相手に纏わりつかれることほどウザいものはない。無言のまま彼の手を強引に振り払うと、バスルームへと向かい、満たされない玖音への想いを右手に託した。  その後も吉家から何度か誘いの電話がかかってきたが、何かと理由をつけては断り続けた。  なぜ、玖音への後ろめたさを抱えて苦しい胸を喘がせながら、好きでも何でもない男を抱かなくちゃならない?  そんな思いをするくらいなら、いっそ嫌われるのを覚悟して玖音を押し倒したい。  吉家を抱いたことは玖音への裏切り行為なのか? それとも、愛ゆえに与えられた試練なのか……。  モヤモヤとした想いと葛藤に圧し潰されそうになりながらも日常を何とか過ごし、ついに入札の日が訪れてしまった。  だが、その日に限って会社を出る直前に顧客からの緊急呼び出しがかかり、玖音は入札を俺に任せて現場へと向かってしまった。  社長決済が済み、部長から手渡された入札書と工事内訳書が入った封筒はしっかりと封緘されていた。入札後、発注者が開札をするまで中身を知る者はいない。 それを担当者に渡す。入札参加業者全社の入札書が揃った時点で開札となる。当日に開封され金額と内訳の精査が行われるが、時間はかかるだろう。  そして、その夜――。  吉家に帰宅途中を待ち伏せされ、俺は見事に拉致された。  別段食べたいとも思わない中華を食べさせられ、移動中は腕を絡ませたまま離れようとしない。  俺とのセックスがどれだけお気に召したかは知らないが、もう彼とする気は全くなかった。  信号で足を止めた交差点で、俺の隙を狙ってキスを仕掛ける吉家に苦笑いをしながらも、どうやって逃げようかと思慮を巡らせていたぐらいだ。 「騎士~。なんだか俺に冷たくない?」  許した覚えのない名前の呼び捨てに苛立ちを感じながら、俺は「別に」と答えた。  無視をしたらしたで、また煩く絡んでくることは目に見えていたからだ。  F不動産の早川からの嫌がらせともとれるクレームも止み、あとはK邸の最終見積の提出だけとなった今、少しだけ気持ちにゆとりが生まれているせいか、玖音も大人しくしているようだ。  その代わりに彼と同期である積算部の折原夏樹と頻繁に飲みに行っているようだが、彼女の存在も俺にとっては危ういものだった。  彼の言う通り『仲の良い同期』であれば問題はない。ただ、玖音は女性も抱ける。  不安に押し潰されそうになるたびに玖音の声が聞きたくなる。本当は逢いたい……でも、そんな贅沢は言えない。  俺は、すべての開札が終えたその後……談合の首謀者の容疑をかけられることになるのだから。  玖音に「お前を守るためにやった」と言ったら、彼はどんな顔をするだろう。  いつものように「お前はバカかっ!」と怒鳴るだろうか……。  本気で怒った顔を見てみたいと思う反面、気持ちは確実に沈んでいった。もう二度と会えなくなるかもしれないリスクの方がはるかに大きい。  そんな俺に追い打ちをかけるようにしつこく付き纏う吉家に、俺はついに声を荒らげた。 「吉家さん、もういい加減にしてくれませんかっ。俺は約束通り、あなたを抱きました。それで十分なんじゃないですか?」 「俺は『付き合って』と言った。抱いたのはあなたの意思……でしょ?」 「な……っ」 「開札が済めば、あなたは確実に俺のモノになる。楽しみだね……騎士?」  クスッと嬉しそうに肩をすくめて笑う吉家に冷たい視線を向ける。  たった一度の過ち……それが、もしかしたらこの先ずっと拘束される枷になるのかもしれないと思うと、背筋に冷たいものが流れた。  やはり抱くべきではなかった……。今更、後悔したところで時間は戻せない。  この恋心は二度と報われることがないのだろうか。 そうだとしたら、俺はこんな罪を犯した自分を一生恨むことになる……。 心臓を掴みあげられるような痛みに顔を顰め、俺は小さく吐息した。 ***** 翌日はほぼ一日中外回りで、彼と営業車で移動する時間の方が長かっただけに、静寂に包まれた車内には何とも言えない微妙な空気が流れていた。 玖音は先程から何かを考えているようで、助手席のシートを倒して煙草を吸っている。 ヘビースモーカーではないが、やや幼さを残した顔で煙に目を細める姿はそれなりに色気がある。 「――華城。K邸の最終見積り、松島部長に見せた?」  それまで黙りこくっていた玖音に意に声をかけられて、少し焦る。 「いえ。まだ設備業者との折衝が出来ていないと工事部長が言ってたので」 「ふ~ん。催促した方がいいかもなぁ……」  小さく身じろぎながら、独りごとのように呟く彼の動きがいちいち可愛い。 「そうですね」  狭い空間には玖音の煙草と、俺の香水が微かに漂っている。  その香りに触発されたのか、長すぎる沈黙に耐えられなかったせいか。悩ましげに小さく吐息した玖音に、俺は思ってもいないことを口にした。 「――そう言えば。最近、杉尾さん大人しいですね?」  瞬時に、すっと目を細めて煙草の煙を吐き出しながら俺の方を見つめる。その目はまるで責められているようで、俺は「しまった……」と後悔した。 「どういう意味?」 「噂で耳にしたんですが、結構遊んでいるんですよね? もしかして……彼女とか出来て、落ち着いたとか?」 「どんな噂だよっ。お前には関係ないだろっ」  図星なのか、それとも完全否定なのか……。  急に声を荒らげた彼の様子に、俺は自分が地雷を踏んでしまったことに気づいた。  だけど、俺の暴走はそれだけでは終わらなかった。  昨夜の吉家とのことにもイラつき、さらには恋してやまない玖音を騙している自分にも無性に腹が立った。  そもそも――どうして、あの笹島とかいう変態野郎と寝た? 事実を認めたくない。嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。  「――黙ってはいましたけど、俺も薄々気づいてはいましたよ。昨日と同じスーツとネクタイ……朝帰りだな、とか。杉尾さんのものじゃない香水の香りが残っていたり……とか」  ハンドルを握り、ただひたすら前を見たままで、淡々と言葉を紡ぐ。  一度堰を切った嫉妬の言葉は止まらない。  八つ当たりだということは分かっている。それなのに、自身の罪を玖音に転嫁することをやめられない。 視線だけを動かし彼の方を盗み見ると、目を瞠ったままフリーズしている。 「――お前だって、あるだろ? そういう気分な時って」 「……」  どんな言い訳だ……。  黙ったまま前方の信号を睨みつける。  さらに追い打ちをかけるかのように自分の性を曝け出す玖音に、俺は苛立ちが止まらなくなった。 「無視かよ。一人で抜くのも……なぁ」  ボソッと独り言程度の小さな呟きだったが、俺にはしっかり聞こえていた。  その他愛ない一言に、俺は普段よりもより硬質な声で吐き捨てるように言った。 「――だからって、誰でも抱けるんですか? いや……抱かれるほうか」 「え……」  普段と違う様子に気付いたのか、玖音が何かを探るように視線を向ける。  その様子に、俺は唇をわずかに綻ばせた。 「あなたに傅く者ならば、誰にでも慈悲を与えるんですか……。なんて尻軽な女王(クイーン)だ」  彼は黙ったまま、なぜか狼狽えている。  何も知らないと思っていた俺から図星をさされたせいか。  それでも何とかいつもの自分を取り戻した玖音は、反撃と言わんばかりに声をあげた。 「そ、そういうお前はどうなんだよっ」  信号が赤になり、ブレーキペダルを踏み込んで車をゆっくりと停止させる。  そのタイミングで彼の方に顔を向けた俺は、皮肉気に唇をわずかに歪めて微笑んだ。 「――あなたに話す必要はないでしょ」  その瞬間、玖音は息を呑み、力強く握った拳を胸元に押し付けて深呼吸を繰り返しながら、俺の視線から逃れるように窓の外に目を向けてしまった。  酷い事を言ったという自覚はある。  だが、俺の想いなど微塵も気づくことなく、誰にでも脚を開くなんて……許せない。  取引と称して吉家を抱かなければならなかった俺の気持ちが分かるだろうか。  どれだけ苦しくて、ツライことか……。  何もかもお前が悪い! お前の存在が俺をこんなに狂わせる。  言い訳じみた言葉が頭の中をループする。この想いを口に出すことが出来たらどれだけ楽だろう。  こんなに近くにいるのに触れることも叶わない。  しかし、俺たちがコンビである以上、離れることは出来ないのだ。  玖音は俺に背を向けるようにして倒したシートに横になった。拗ねているのだろうか、彼はそのまま寝息を立てて眠ってしまった。 「――杉尾さん」  柔らかなクセ毛で覆われた耳に口元を寄せ、落ち着いた声で名を囁く。  俺の声に慌てたように体を起し、襟元に手を添えて緩んだネクタイを締める。 「悪い……寝てた」  乱れた柔らかな栗色の髪をかきあげながら、玖音は気怠げな目で俺を見つめた。  その目が事後を連想させ、気付かれないように唾を呑み込んだ。 「もうすぐ五時三〇分ですけど、直帰しますか? 俺はまだ仕事が残っているので会社に戻りますが……。家まで送りますよ?」 「あぁ……。そうだな。も……帰ろ、かな」  玖音が眠ったあと、会話が途絶えたことで少し冷静さを取り戻せたようだ。いつも通りの俺に戻って、違和感なく接することが出来ている。 そのことにホッと安堵しながら、俺は顔を前に向けた。 「じゃあ、送ります。部長には俺から上手く言っておきますから」  サイドブレーキを解除しアクセルを踏み込んだ俺の横顔をぼんやりと見つめている。くすぐったいような視線に背中がむず痒い。  まだ寝惚けているのだろうか……。わずかに潤んだ目が愛おしくて堪らない。  出来ることなら、このままどこかに連れ去ってしまいたいと思わせる、そんな目だ。 夕方の帰宅時間帯に突入した市街地は、車の量も格段に増え始める。  なかなか思うように進まない車に、だんだんとイラついてくる。  狭い車内で、寝起きの顔を見せつけられている俺としては、こんな生殺しの状態で長時間の我慢はムリだ。  握っているハンドルが汗ばみ、この衝動をどう回避させようかと考え抜いた挙句、俺は思いきった。 「――杉尾さん。煙草、貰ってもいいですか?」 「あ?……あぁ」  意外だ……という表情をした後で、自分のパッケージから一本引き抜き、運転中の俺に気を遣って唇に咥えさせ、ライターで火をつけてくれた。  久しぶりに吸い込む煙が空洞になった肺を満たしていく。  細い煙をゆったりと吐き出して、とりあえずの鎮静効果に期待をかける。 「お前……煙草、吸うんだな?」  商社を辞める少し前から、俺は煙草をやめていた。毎日蓄積されるストレスのせいで一日に吸う本数が急増したことと、値上がりによって嗜好品である煙草にそうそう金を掛けるのもバカバカしいと思えたからだ。  今まで玖音の前では吸ったことはない。  物珍しそうに見上げる彼の視線を感じて、唇の端に煙草を咥えたまま、ちらっと視線を向ける。  とたんに頬を赤く染め、なぜか自分の股間を押さえながら、体を捩って俺に背を向けた。 「しばらく、やめてました……。けど、吸いたくなったんです。どうしてですかね……」  荒んでいた気持ちが、ゆっくりと落ち付いていく。  エアコンの風に静かに流れる煙も、苛立ちを鎮めてくれる。  何かをきっかけにして吸ってしまうあたり、やはり完全にはやめることが出来なかったか……と少しだけ反省するが、この状況では仕方がない。  あんなキツイ事を言った後で、どんな顔をすればなかったことにしてくれるのか……なんて。 これほど本気で赦しを乞い、相手の事を考えたことが今まであっただろうか。 「――俺の、せい……か?」  遠慮がちに問いかける玖音の語尾が掠れるように小さくなっていく。悪戯をして怒られるのを覚悟しながらも、様子を窺っている子供の様な、彼のおどおどした目に思わずふっと口元を綻ばせる。 「――かも、しれませんね」  驚いた顔をした後で、ガクリと項垂れる。  その動きがあまりにも可愛くて、こんな玖音の姿が見られるのであれば煙草の一本や二本、いややめるなんて面倒なことを考えずに、いっそのこと復活させてもいいと思った。  玖音自身も吸っているのだから、嫌煙されることもない。 (可愛い! あぁ……食べてしまいたいっ)  普段は当たり障りのない人畜無害な動物の気ぐるみを着ている俺だが、この時ばかりは本性である獰猛な狼に戻ってしまいそうになった。  『女王(クイーン)』という誰にも手懐けられない猛獣の毛皮を纏った彼が時折見せる、その下の子ウサギのような繊細な表情に、俺は完全に魅了されている。  誰にも渡したくない……。  俺だけの子ウサギちゃんであって欲しい……。  そう思えば思うほど、俺の独占欲と性欲は確実に増していくのだった。

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