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第1話
ドンッ
大きな音で両腕で壁を叩いた。
腕の中にその子を閉じ込めてしまった。
あれ?壁ドンやないか、これ。
俺は焦った。
俺に捕まえられたその子は怯えた顔をする。
違う違う違う違う。
俺は俺はその子を呼び止めようとして、転んだだけで。
その子にぶつかるのを避けようと両腕を壁についたらこうなってしまっただけで。
でも、怯えたように見上げる顔がめちゃくちゃ可愛かったので、唾を飲んでしまった。
でも違う!
その子が怯えるのも無理はない。
俺の外見は怖い。
186センチと言っているが本当は190はある。
デカいだけでも怖がられる。
身体も子供時代からしている空手のせいでゴツイ。
親父が空手道場なんかしてるせいや。
俺はそんなんしたなかった。
俺の趣味は読書とバードウォッチングと言う平和な人間やのに。
顔だって親父に似てしまって怖がられる強面や。
「お父ちゃんは若い頃、俳優にスカウトされたことあるんやで、男前やから」
おかんは言うけど、ヤクザの役でスカウトされたん知ってるわ。
そんなんやから、今働いている店でもクレーム対応係にされてもうて、ヤクザとか来たらいかなアカンようにされてもうてるし。
俺、気弱いのに。
俺、ちゃうのに。
俺、怖ないのに。
俺が閉じ込めた腕の中であの子が震えてる。
これ、どうみても、俺が無理やり迫っているようにしか見えへんやんな。
俺は焦る。
往来の人達も俺がその子に迫っているように見てるのやろか。
違う違う。
俺は言い訳しようとした。
でも、その子が周りを見回した、そして助けを求めようと口を開けたかのがわかった。
違う。
止めて、警察来ちゃう。
俺は焦った。
焦りすぎてまた間違えた。
焦ってたんで頭の中で、そうしたいと思ってたことと、しなあかんことがバグった。
俺は手でその子の口を塞ぐつもりやったんや!!
なのに、俺はその子の後頭部をつかんで、自分は屈んでた。
そして、その子が悲鳴を上げないように自分の唇で唇を塞いでしまった。
いや、したいな思ったけど、思ったけど、しようとしたんはそれやない!!
僕は間違った。
話はほんの少し前に遡る。
俺は罰ゲームをさせられていた。
「嫌やこんな格好、どこのチンピラやねん!」
俺は兄貴に怒鳴った。
「俺の服に文句つけんな」
なんとかギリギリでカタギな兄貴は笑った。
兄貴も俺と同じ位デカい。
ただおかん似なので顔は優しいし俺とは違ってイケメンや、でも中身は極悪や。
ちなみに親父は俺達よりデカい。
「何でも屋」などと言っているが限りなくグレーな仕事をしている兄貴は、金がかかってはいるがカタギが着ないような格好をしている。
仕事の時はかろうじてスーツだかそれも、カタギが着るには派手すぎるヤツだし、普段着ともなれば、さすが、チンピラしていた頃の名残でド派手なスタジャンとか、シルバーアクセサリーがタップリで人も近寄らぬ格好となる。
俺はそんな兄貴の服を着させられていた。
俺が親父の約束を破って道場の少年部の指導をサボったからだ。
兄貴が仕事中にも関わらず、問答無用で呼び出された。
親父に何を言っても無駄だ。
兄貴は仕事を中断させられ、道場で指導をさせられた。
携帯の電源を切れない商売はツライな。
俺は仕事中は切ってるからな。
で、兄貴は怒って、俺に罰ゲームをさせているわけだ。
俺が嫌がる格好をさせて、繁華街に行かせ、途中で可愛いぬいぐるみを買い、そのぬいぐるみを抱いて通りすがりの人に写真を撮ってもらえという、陰湿な嫌がらせだ。
どこを取っても嫌な要素しかあらへん。
確かにサボった俺が悪いけど、俺は空手なんかキライなんや。
暴力大好きな兄貴のが向いてるんやから道場を継いだらええけど。
「人の道なんか教えられるかい」
と兄貴は言っていて、確かにこの男に人の道なんか教えられんなとは思ってしまうけど。
とにかく、俺は兄貴のコーディネートした服を着て、兄貴に言われた罰ゲームをするため街に出てきたのだ。
せっかくの休みやのに。
好きな作家さんの新しい新刊読もう思てたのに。
俺はため息をつく。
街を歩くと人の目が痛い。
人ごみ歩いているはずなのに、周りに人がいない。
ド派手なスタジャン、シルバーアクセ。
何で指にもこんな何個も指輪しないといけないのか。
そしてサングラス。
チンピラでございって感じな格好の上に、この身体。
人が自然と避けていくのだ。
「プロレスラー?」
囁く声が聞こえた。
いいえ、ホームセンターの店員です。
お客様に工具の種類とか説明したりしてます。
なぜかドリルを買いにきたりするヤクザが暴れたりしたら、矢面にたたされたりしてます。
いつも地味な格好して、出来るだけ目立たないように身体を縮めて歩いてんのに、こんな目立つ格好嫌や。
俺はそっと生きたい。
そう悲しんでいた時だった。
人を殴る音がしていた。
それにはちょっと詳しい。
親父や兄貴に殴られてきたからな。
俺は思わず身体をすくませた。
何でこんな音が・・・。
音の方に目をやったら年老いたホームレスを、三人組の若者が殴っていた。
ソイツらは笑いながら殴っていた。
なんて奴らだ。
俺は腹が立った。
許せない!
俺は拳を握った。
すぐに警察に電話しようと携帯を探した。
何で止めにいかんのかって?
俺は人を殴ったことがないんや。
道場で教えている空手は寸止めやしな。
巻き藁と言われるものを叩いて拳は鍛えあげてるけど、人間は殴ったことない。
正直、人殴るん怖い。
人を見かけで判断しないで欲しい。
でも殴られ続けるホームレスの老人を見過ごせるわけがはない。
警察に電話した後、慌ててソイツらのとこに行こうとした。
丁寧にお願いしたら、止めてくれるかもしれへん。
俺がちょっとびびりながらそれでも行こうとした時だった。
天使が現れたのだ。
俺の横を誰が走り抜けた。
俺はその横顔を見た瞬間凍りついた。
俺の理想の顔がそこにあった。
なんていうの。
どう言えばいいねん。
俺はこんなナリやから女女した人らに迫られることがあるけど、そういう女の人らの生臭さがだめで。
だから好きなのは中性的な清楚な子。
ショートカットならなおよくて。
触れがたい繊細さ言うの?
そんなんがあればと思っていて・・・。
その横顔にはそれがあった。
天使だとおもった。
「あかん」
天使は叫んだ。
ハスキーボイスだった。
それも好きって思った。
何の躊躇もなく天使は、薄汚れたホームレスの老人に覆い被さった。
殴っている最中だったから、アイツらも止めることなど出来ず、天使は拳や靴の裏をその身体に受けてしまった。
身を挺してホームレスを庇ってる。
天使や。
本物の天使や。
俺は一瞬で本物の恋に落ちた。
そして、俺はキレた。
生まれて初めてキレた。
天使に何してくれとんねん。
気が付いたらソイツらの後頭部をつかんで歩道に叩きつけていた。
長年学んだ空手などつかわなかった。
一人づつ順番に顔面をアスファルトに叩きつけるだけだ。
ぐちゃ
鼻の骨が折れる音がしたが気にならなかった。
ソイツらは一瞬で大人しくなった。
でも、頭を完全に潰しておくべきかと俺はおもった。
コイツらは、天使を傷つけたのだ。
そうだ、天使、天使は無事なんか。
俺は天使の方を見た。
ジーンズにショートコートのボーイッシュな天使は、背中にホームレスの老人を庇って震えていた。
切れ長の涼しげな目元が俺を見ていて・・・もう、好きって思った。
俺は持っていたバカをその辺に投げた。
ドキドキしながら天使に近寄る。
「大丈夫ですか」やな。
会ったばかりの女性に連絡先など聞いたことはなかったが、今日はなんとしてでも聞きださなあかん。
俺が近付くと、天使は一歩後ずさった。
おじいさんを庇う。
その目に決意がある。
絶対退かないぞっていう。
えっ、なんで?
もうアイツらは片付けたで。
俺はポカンとする。
そして、自分の血まみれの両手を見て察する。
天使は俺から老人を守ろうとしてるんや。
そんな・・・。
俺は泣きそうになった。
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