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第5章:生意気な後輩――⑤

***  有坂と一緒に晩飯を食べる――たったそれだけのことで妙に緊張している自分に、呆れ果てるしかなかった。  だがしかし、緊張してテンパってる場合じゃない。どこで食事をしたら、自然と盛り上がることができるだろうか。あわよくば微妙な距離感をこの機会に、何とかして縮めたかったのもあった。  いろいろ考えた結果、新人のときに江口さんに連れられて行った焼き鳥屋にしようと考えつく。女性問題で悩んでいたときだったから、その気遣いやら優しさに心が癒されたんだ。しかもここから歩いて20分くらいの距離だからこそ、何かと都合がいいだろう。 「待たせたな、行こか」  商品棚を見ていた有坂に声をかけたら、頷きながら凛とした眼差しで見つめてきた。 (うわっ、更に緊張しちゃうやろ。それ……)  その視線に応えるべく微笑みかけるなりして、余裕のある態度で表せることができたらいいのに、そんな余裕は残念なくらいに皆無だった。  困惑していることを隠すべく、ふいっと顔を背けて率先するように前を歩いて店を出る。 「兵藤さん、どこに連れて行ってくれるんですか?」  唐突にかけられた声に、足がぴたりと止まった。すると右隣に並んできて、どこかワクワク顔の有坂が自分を見上げる。 (何でこのタイミングで、そないに嬉しそうな笑みを見せるんや。会社での態度と違い過ぎて、どうしたらええか分からんやろ……) 「えっと、な。ちょっと歩くんやけど、老舗の焼き鳥屋に行こうと思って。『鳥仲』って店、行ったことある?」 「はじめてです。兵藤さんの行きつけなんですか?」  会話が成り立っていることに喜びを感じたのを悟られないように、顔を正面に向けて歩き出した。 「そないにしょっ中は行かんけど、焼き鳥が食べたいなぁと思ったら、自然とこの店に足を向けてしもうてな。中もアットホームな造りで堅苦しくないから、ひとりでいても全然苦にならへん上に、鳥串がめっちゃジューシーで美味しいんやで」  普通に喋ればいいのにカバンを握る手に汗をかいていたり、頬の熱をどうにかしたくて無意味に顔を動かしてしまった。 「焼き鳥が好きなんですか?」 『う、うん。関西におるときは、結構いろんな店をハシゴしとったな」  大学生のときは今と違って精神的に余裕があったし、友達と馬鹿騒ぎばかりしていた。 「こっちの焼き鳥屋と関西の焼き鳥屋、どっちが好きですか?」 「……ややこしい質問するのな。うーん」  有坂からなされたセリフに、当時のことを思い出して比較してみる。 「仕事で目一杯に頑張った後のビールと焼き鳥って言うたら、こっちが勝ちかも。友達と一緒に食べて美味しいのは、やっぱ関西かなぁ」 「兵藤さんこっちでは、あまり友達がいなさそうですもんね」 「ぉ、おう……」  相変わらず容赦のないことを平然と口にする有坂に、さっきから翻弄されてばかりだ。 「有坂は好きな物なんや?」  今度はきちんとリサーチしてから、一緒に食事がしたいと考えた。 「ハンバーグですけど」 「へえぇ、なるほど。店によって、味が全然ちゃうものやんな」 「……元カノの、手作りハンバーグが美味しかったんです」 (うっ、触れてはいけないところを自ら突いてしもた。これは絶対に、あかんパターンやろ) 「それは……お店のものよりも、さぞかし美味しかったやろうな。愛情がこもっていそうやし」  上手いことフォローができない。何とかしないと今以上に、有坂に嫌われてしまう。 「…………」 「よ、よぉし! それじゃあ今度は、ハンバーグの美味しい店に連れて行ってやる。めっちゃ美味しいところをリサーチしておくから」  兵藤の上ずった声を聞いて、有坂は顔を横に背けながら小さなため息をつく。間近で見るその姿に、ビビるしかなかった。少しでも仲良くなりたいのに近づこうとした途端に、いつも有坂が不機嫌になってしまう。 「兵藤さん……」 「なんや?」 「入ったばかりの新人の俺に対して、腫れ物に触るような態度をとりながら、そんな風に気を遣わないでください。どうしたらいいか分からなくなります」  またしても、無理難題を言い放ってきたな―― 「……分からなくなるのは俺も一緒やから。はじめて後輩を任されて、どう接していいか頭を悩ませてしまって」 「女の人の扱いには慣れていても、俺のような新人を扱えないなんて、変なところにコミュ障なんですね」  嫌味の混じった有坂の言葉に兵藤はイラッとして、勢いよく肩をぶつけた。自分よりも一回り小さい躰がちょっとだけふらつく。 「わっ!? いきなり何をするんですかっ?」 「お前のような生意気を言う彼女がおらんかったからな。せやから扱い方が分からんだけなんや。コミュ障じゃない」 「それを言うなら俺だって、兵藤さんのような暑苦しい年上の方と付き合ったことがないので、対処にすっごく困ってます!」 「こんなん普通だって、暑苦しいうちに入らんわ。これを機会に手厚い加護を先輩からしていただけると、あり難く思えばええ!!」 「そういうのがいらないお節介って言うんです。最低限に接してください」  苛立った感じで有坂が言い放ちながら、いきなり体当たりしてきた。  靴音を鳴らしてその衝撃に踏ん張ると、反抗的な鋭さを滲ませた瞳で睨まれた。有坂の持つタレ目でそんな風に睨まれても、兵藤としては全然怖くない。 「……こないなところで、くだらないどつきあいしていても埒が明かん。とりあえず目的地に行くぞ」 「分かりました……」  ふて腐れた有坂を気にしつつ大きなスライドで歩き出したら、さっきのように横には並ばずにちょとだけ後ろを歩く。 「兵藤さん……」  歩き出して少ししてから蚊の泣くような声で、兵藤の背中に向かって唐突に話かけてきた。 「なんや? もう怒ってないで」 「や、そうじゃなくて……。その……さっきのは嘘ですから」 「あ? さっきのどこら辺が嘘だって言うんや?」    ゆっくりと振り返りながら眉根を寄せて有坂の顔を見ると、ちょっとだけ焦った表情を浮かべて黙り込んだ。 「おいおい、先輩に対して嘘をついたのもあれやけど、黙っとったら余計にムカつくぞ」 「すみません。えっと……彼女の手作りハンバーグの件(くだり)です」  その言葉に歩調を緩めて、有坂の隣に並んで顔を覗き込んでやる。 「そうなのか、へぇ。どうして嘘をついたりしたんや?」 「顔、近すぎますって。これじゃあ怖くて何も言えません」 「嘘をついた有坂が悪いんやで。分かっとるんか!?」  見るからに嫌そうな顔をして、兵藤との距離をとった有坂。その態度に、渋々離れてやるしかなかった。 「悪かったのは分かってます。だから謝ったじゃないですか」 「おう……」 「ああ言えばそれを笑いネタにして、場が盛り上がるんじゃないかと自分なりに考えたんです。だけど兵藤さんってば変に気を遣ってフォローしてきたから、俺としては困ってしまって」 (なんや、それ? 場が盛り上がればええと思って、嘘をついたっていうんか!?) 「……俺と仲良くしたいんやったら、嘘なんてつくな。アホ!!」 「ちっ、違いますって。そんなんじゃなく、ただ場を盛り上げたかっただけなんです。ひとえに、それだけだったんですってば」  夜目でも分かるくらい有坂の顔が見る間に赤くなって、あたふたする姿が目に映った。 「お前、ハンバーグが好きなのは嘘じゃないんやな?」  兵藤からの質問に一瞬きょとんとして、無言で頷く。 「だったらきちんと美味しい店をリサーチしておくから、次回は有坂の奢りで出かけよう。ほんで、この嘘を水に流してやる」 「兵藤さん……」 「ああ、焼き鳥屋の提灯が見えてきた。あそこやで」 (確かにいつもの俺なら有坂の言うとおりお笑いネタにして、手作りハンバーグのことを弄っとっただろうけど、嫌われんようにするのに必死で、そないな余裕が失われていたからな) 「兵藤さんが調べるハンバーグのお店、楽しみに待ってますね」 「おうよ! まずは焼き鳥食べて、俺の味覚を崇め奉れよ」  なぁんて無駄にはしゃぎながら、暖簾をくぐったのだった。

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