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第5章:生意気な後輩――⑥

***   テーブル席が埋まっていたため、カウンターに並んで座った。生ビールと焼き鳥のアラカルトに枝豆とおにぎりを頼んで、待つこと暫し。先に生ビールが運ばれてきた。  それぞれ無言でジョッキを手にし、 「……乾杯」  どちらともなくカチンとそれをぶつけて乾杯、ぐびぐびっと喉を潤す。 「…………」 「…………」  居心地が悪いわけじゃない。むしろ並んで座っているこの状況は向かい合わせで顔を突き合わせるよりも、緊張せずに済んだ。だが何か喋らなければと意識したら、焦ってしまって上手く言葉が出てこない。  今までいろんな彼女とデートしても話題が尽きることがなかったというのに、その話題すら切り出せないなんて、おかしな話である。 (有坂のヤツもさっき嘘をついたことで、話しにくいのかもしれんな。ほんで、さっきから沈黙を貫き通しとるのかも――)  ジョッキの中のビールに映る自分の顔は、明らかに困惑した表情が満ち溢れていた。 「昨年の寸劇は、どれくらいの反響があったんですか?」 「へっ!?」  自分の心情に、いっぱいいっぱいになっていたせいで、頭の切り替えができない。 「それを超えるものを今回、演じなければならないと考えてしまって……」  ビールから有坂に視線を移すと、真剣な眼差しを自分に向けている姿がそこにあった。肩に力が入りまくっているのが、ひしひしと伝わってくる。  今からこんなふうに力んでいたら本番当日にはくたびれてしまって、上手く演技ができない恐れがある―― 「有坂の演技は最初の頃と比べたら、見られるものになっとる。そないな心配せんでも大丈夫や。問題は、俺が作った台本なんやから」 「台本が問題なんですか?」 「おぅよ。二年間ウケ狙いのホモネタでうまいこと笑いを取っとったのに、今年はそれをせんと、まともな純愛路線を書いたからな。あの台本で皆の心が打たれるところが、どうにも想像できひん。それって有坂や青山さんの演技、以前の問題やろ?」  一気に喋ったので渇いた喉を潤すべく、ビールを口にする。 「お待たせいたしました。枝豆とおにぎりです」  タイミングよく、頼んだものが運ばれてきた。会話の切れ目だったので、ちょうど助かった。 「ありがとさん。はい、有坂」  目の前に置かれたおにぎりを、有坂の傍に寄せてあげる。 「焼き鳥のアラカルトは、もう少しお待ちください」    元気よく告げて去って行く店員に返事をして、枝豆に手を伸ばしたとき。 「確かに、心が打たれるようなものじゃないですけど……。何ていうか兵藤さんの一生懸命さというか、無駄に暑苦しいところが表現されている台本だと思います」 (コイツ……褒めてるのか貶しとるんだか、分からへんことを言っとる)  有坂らしいなと思いながら枝豆を頬張り、ニヤけそうになる口元を必死に隠した。どんな言葉であれ褒められたら嬉しさが倍増するし、貶した言葉が半減するから不思議だ。 「そ、そうか……」 「だから俺、その一生懸命さに、きちんと応えなきゃならないかなって思ったんです。下手なりに工夫して、自分ができる演技をしてるんですけど」  言い終えてから、煽るように半分くらいビールを飲む。 「お前は一生懸命に演技を頑張ってるだけじゃなく、俺に勝つために計算の練習もして、ほんまに大変やな」  有坂の大変さを口にした途端、音をたててジョッキがカウンターに置かれた。自分の発言で怒らせたかと思って、ビビりながら隣を見るしかない。 「だって勝ちたいですもん。両方……」 「有坂――」  ジョッキを両手で包み込み、真剣な眼差しでそれを見つめる。言葉だけじゃなくて、その顔から勝ちたいという気持ちが、否が応にも伝わってきた。 「それに俺の演技のせいで負けたって、兵藤さんに言われたくないですから。全力で取り掛かるに決まっているでしょう」  一息ついておにぎりを手にし、美味しそうに食べる姿から目が離せない。 「だから兵藤さん、絶対に手を抜かないでくださいね。俺の本気に応えてください」  おにぎり片手に熱く語る有坂に、兵藤の中にある闘争心がふたたび起動した。手を抜くつもりはさらさらなかったものの、こうして目の前で堂々と勝利宣言をされてしまったら、全力で叩き潰してやりたいと思った。  そんな気持ちを悟られないようにすべく、ジョッキをひたすら眺める。タレ目を少しだけ吊り上げて自分を見据える視線に、頷くのが精一杯だった。

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