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第6章:ミステイク
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何てことをしてしまったんだ、自分を指導してくれる先輩相手に――
唖然とした兵藤の顔をまともに見ることができず、謝罪で下げた頭を上げきれないまま駅に向かってダッシュしたけれど、途中でビルとビルの隙間に入り込んだ。
手にしていたカバンをぎゅっと抱きしめて、乱れまくっている息を整えるべく深呼吸してみる。呼吸を意識した途端に、唇に息がかかった。
(――うわっ、さっきの感触を思い出してしまう……)
それは足元をふらつかせる兵藤を、自分が捕まえた瞬間だった。
目に飛び込んできたのは半開きになっている唇で、なぜだかちょっとだけ口角が上がっている様子に艶っぽさを感じて、胸がドキッとしたんだ。
その理由が普段は見れないような儚げな笑みのせいだろうと、落ち着いて分析できる今なら考えつくのに、あのときの兵藤が魅せた緩んで少し開いた唇と妖艶な雰囲気に飲まれて、気がついたらキスしてしまった……。
女のコ相手にこんな風に魅せられたことがなかったし、ドキッとしたからといって自分からキスするような真似を今までしたことがない。
それを同性相手、しかも会社の先輩にしてしまうなんて、絶対に頭のおかしな奴だと思われただろう。明日からどうすればいいんだ。
(ぁあああっ、俺ってば自分で自分の首を絞めた!! このままじゃ会社を辞めなきゃならないじゃないか。入社して一か月後に辞表を提出って、笑うに笑えない)
赤くなったり青くなったりと顔色共々心情も落ち着けなくて、暫くその場に佇むのが精一杯だった。
明日はどんな顔して、苦手な先輩の前に出ればいいんだろ……。
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