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第9話

夜9時までの間が長くもどかしく感じられたが、葉介は雪解けのような温かい気持ちに満ち溢れていた。桜子のことや、コンプレックスで素直になれずに周囲の声につられるように距離をおいていたのは自分なのに、俊樹に諭されると、意固地になっていた自分が恥ずかしかった。周囲がどう言おうと、自分がもっとも信頼する人の傍にいればそれでよかったのだということにやっと気がついた。 「ちょっと~、葉ちゃん。私出かけるんだから早くシャワー出てよッ。」 ガラスのドアの向こうで桜子が急かす声が聞こえる。稽古で汗をかくはずなのに、葉介は何故か念入りにシャワーを浴びていた。桜子の愛用のいい匂いのするボディーソープを使うと、薔薇の甘い香りがした。 (俊樹さんは、気づいてくれるかな?) 「お待たせ。」 タオルを巻いて出てくると、「もぅ。」と綺麗な顔を少し怒ったようにして見せてすれ違いにシャワールームに入った。気づかれてしまっただろうかとドキドキする胸を押さえるように部屋への廊下を小走りに行くと「バカ葉介!私のお気に入り使ったなーっ!」という大声が聞こえ、葉介はペロリと舌を出して部屋に駆け戻った。 (ゴメンネ、桜子ちゃん。誤解していて。) 一番お気に入りの浴衣を着て稽古場に行くと、俊樹が現れるのを待つ自分はまるで初夜の新妻のようで、そんな考えをする自分が猛烈に恥ずかしかった。やがてパタパタと静かな音がすると、俊樹が現れた。 「さぁ、始めようか。」 子どもの頃から何度もみていたから、振りは覚えている。でも、見ると踊るでは大違いで、おまけに直ぐ傍に俊樹がいて、その息遣いを、髪がはらりと流れる様までつぶさに見るのだ。落ち着かない。 「いいかい、葉介くん。この舞は、新浪流秘伝の舞なんだ。君もその重みはわかるね。」 「はい。」 その意味は十分過ぎるほど解っているつもりだった。俊樹がその舞を会得したことも、そして今自分に伝えようとしていることの意味も。この舞の存在を知った時から舞いたいと願い、何度となく原典を読んでは自分を宇治の姫君に重ね合わせたこともあった。 「そうじゃない、もっと柔らかく舞うんだ。」 足が逆だといっては、足袋からニョキと出ている足首を掴まれる。自分の身体の血液が逆流しているのがバレてしまうのではとドキドキする。腕の高さがたおやかでないと、二の腕を掴まれる。このまま抱きしめてください、あなたの胸に、引き寄せてくださいと口走ってしまいそうな衝動。 「腰が引けている。」 そう言われて、今度は扇でピシリ、と叩かれた。その心地よい痛みに身体が妙な反応をしていた。 「ああっ・・・。」 ダメだ、もう立っていられない。思わずへたりこんでしまうと、俊樹ははっとしたのか「少し休もう。」と言って傍らに腰を下ろした。 「女舞なのに、思ったより体力を使うだろう?これを舞台では白拍子姿で舞うのだから、結構ハードだと思うよ。」 「はぁっ、はぁっ・・・。これが女舞なのですか?頭では理解しているのに、身体がついていかないよ・・・。」 「理屈じゃないんだよ。無心に、宇治の姫それぞれの想いを描いてごらん。」 「解りました。」 稽古中の俊樹は厳しかった。張りつめた糸のように緊張感が周囲にみなぎって、美しい眉間に皺が寄って、本当は叱られる前の表情なのに、ぐっと男らしくてつい見とれてしまうことがある。今目の前の俊樹はもう少し優しい表情を見せているが、目を合わせることが恥ずかしくてふと視線をおとすと無造作に胡座をかいた足首が紺色の浴衣と対比をなして一層白くて、葉介は崩れ落ちてしまいそうだだった。 煮え切らない表情をする葉介に、俊樹は更に言葉を継いだ。 「厳しいことを言うようだけれど、これを舞うことは、歴史を舞うことなんだよ。たとえ稽古でも、真剣勝負なんだよ。」 「はい。」 葉介は静かに立ち上がると目を閉じて精神を集中させた。 足を滑り出し扇を手に舞い始めると、次第に橋姫達の苦悩が、自分の身体に宿ってくる気がした。想いを無理に抑え込み命を削った大君、待つ愛に煩悶する中君、愛に安住を許されず流されることで自分の道を貫く浮舟。三様の愛を、自分の中で昇華させるなんて、自分にできるのだろうか。自分のよこしまな愛情だけでも押しつぶされそうなのに。 何度かさらうと葉介は汗まみれになって、肩で息をしていた。 腰を下ろした葉介にタオルを渡すと俊樹も傍に腰かけた。俊樹も気を張りつめて稽古に当たっていたためか額に汗がにじんでいた。暑いせいか浴衣の前を少しくつろげたので、厚い胸板が葉介の目に入ると、その眩しさに目をそらすことができなかった。 「俺にできるんでしょうか、これだけの舞を。」 「無理をしないでいこう。一気に極めるなんて無理なのだから。厳しいことも言うだろうけれど、君にこれを伝えるのは血だからではない、君だからなんだ。」 「ごめんなさい。俺、何時までもこんな甘ちゃんで・・・でも・・・でも・・・俊樹さん。」 心配そうに顔を覗き込んだ俊樹の首にいきなり腕を回すと、葉介は夢中で唇を重ねた。どうした、と戸惑う俊樹を無視するように舌を割り込ませ、吸い尽くそうとすると、俊樹は微かに抵抗した。 「あ・・・。」 そうじゃない。ぎこちない自分の口づけを押し戻すように、俊樹の舌が更に熱を込めて葉介の口腔内に差し込まれたのだった。舌の先が歯をなぞり、深く差し込まれて柔らかい口の中をくまなく蹂躙し味わう感触に、身体の奥に押し込めていた熱が炎となって血管を駆け巡り、葉介は無中になって応えた。唇が離されると、うっとりと潤んだ瞳で葉介は俊樹の名を口にした。 「俊樹さん・・・。」 いつになく緊張した表情で俊樹は葉介を見ていた。 「葉介君。僕が君に何をしても・・・許してくれ。」 顎を持ち上げるようにして深いキスをしながら、長い指が耳朶を弄ぶ。耳朶に柔らかい舌が這い回るのと同時に、指が首筋から鎖骨をなぞっていた。 「はうっ・・・あ・・・。」 触れるか触れないかという微妙なタッチが、電気ショックのように葉介の身体を反応させる。 浴衣の衿がずれて肩口がのぞいている。俊樹はうなじから肩にかけて稜線をなぞるように愛撫した。小刻みに震える肌がうっすらと粟立ち、汗がひいた肌におとしたキスは熱く、大きなうねりが身体を襲う。 「好き・・・。」 「好き・・・俺も大好き・・・。」 無中になって口走ると、耳元で俊樹が囁いた。その一言に思わず葉介は正気にかえった。 「本当?」 「ずっと、ずっと葉介のことだけを考えていたよ。」 「でも、禁断の恋は?」 ふと前に聞いた言葉を口にすると、俊樹は照れるような、そしてやさしい表情をした。 「君のことだよ。同性だし、俺は兄弟子だし。」 だからずっと秘めておこうと決めていたが、一人の青年として、また踊りの仲間として成長する葉介が眩しくて、煩悶する日を過ごしていたこと、流派内のつまらない争いでギクシャクした時に、たとえどのような形でも寄り添いたいと強く願ったこと。 「こうして、君にキスして、抱きしめて・・・あぁ、夢みたいだ俺・・・。」 少しでも唇を離すことが惜しいかのように何度もキスを繰り返し、強く抱きしめると優しく押し倒した。 「あふっ。」 「折れてしまいそうだ葉介・・・でももう逃がさない・・・。」 息もできないほど強く抱きしめ合い、キスを交わし、俊樹が初めて見せた血が逆流するような熱い情熱に葉介は驚き、涙が出るほど嬉しかった。俊樹の手が浴衣の帯にかかるとするりと解くと、滑らかな肌が現れた。 「葉介・・・綺麗だ・・・。」 おそるおそる俊樹の手が葉介の肌を滑る。名前を呼び捨てにされるだけで、切なさがたまらなく込み上げた。俊樹の手に葉介の鼓動が伝わる。 胸の小さな実に指先が辿り着くと既に堅く勃ちあがっていた。先端に軽く振れ、周囲を弧を描くようになぞると慣れない感触に思わず吐息を盛らした。素直な反応に俊樹は嬉しそうに目を細めると、最も敏感な先端を避けて周囲を舌で攻め、葉介がじれるように背を反らせると指で爪弾いた。指の腹の滑らかな感触と、舌先のザラリとした感触が交互に違う快感を呼び覚ます。 「俊樹さん・・・ああっ・・・待って・・・。」 自分の身体が見せている反応が恥ずかしくて腕を突っ張らせてその行為を止めようとすると、俊樹ははんなりと微笑んだ。 「待てない。狂おしいほど君が欲しい。」 舌が追い上げると、胸の飾りは真紅に濡れ、再び身体は汗を帯びた。無防備に晒されている腋下や脇腹を手がなぞり、息を吹きかけると敏感に反応して身体は弓反りになった。少し粟立つ肌は自分の手に合わせて創りあげられたかのように手にしっとりと馴染んだ。俊樹は手で慈しみ、唇を 押し当てて所有の証をつけると葉介は目を潤ませて身を震わせたが、身体はもっと先の行為を待っているようだった。    俊樹の手が脇腹からゆっくりと下肢に這うと、膝頭からじんわりと腿に這いまわる手の動きに噛みしめた唇の間から喘ぎ声を発するのがせいぜいだったが、それは抵抗ではなく次に来るものへの期待としか思えなかった。 「ダメ、俊樹さん・・・。」 「葉介君・・・本当に、ダメなの?」 「ダメだよ・・・だって・・・あああっ!」 「ダメかな?こんなにしているよ・・・。」 「んんっ・・・だって・・・俺恥ずかし・・・あっ、ああっ。」 喘ぎ声の下でそれでも自分を抑えようとすると優しい口づけでふさがれた。 おニューのビキニから取り出されたそれはすでに蜜で濡れていた。親指で先端をこすると蜜がてらてらとぬめり、薄い粘膜を通して葉介に直接的な快感を与えた。初めての刺激と恥ずかしさに葉介が身じろぎをすると握った手が上下して、葉介自身を揺さぶる。俊樹を思い浮かべながら、独りで慰めた夜が幾つもあったが、今自分に与えられている快楽はそんな空虚な夜など一瞬にしてどこかに消し飛んでしまうほど甘かった。 俊樹は自分のものを扱う時以上に大事に葉介の雄を慈しんだ。手の中でビクビクと快感に震える先端を舌で愛撫すると葉介は脚を閉じて抵抗しようとしたが、俊樹が指でストロークを繰り返すとそんな抵抗より悦楽が勝ってしまい、膝頭を震わせて次々押し寄せる快感に耐えていた。 「いい、すごく・・・俊樹さん・・・。」 「すごいよ、葉介君・・・ほら、君のが、はちきれそう・・・。」 「あっ・・・俺、もぅ・・・イキそう・・・。」 そう思わずうめくと、俊樹は葉介の根元をギュッと締め、その先へ進ませまいとし、何度も己の体の中を巡るしびれに葉介はよがりくるいそうになった。 「あぁお願い…もう俺…イカせて…。」 目を潤ませ、息も止まりそうな声を出すと葉介の限界が近い事がわかったのかふと顔を近づけて 「いいよ、イって。葉介君の果てる顔見せて・・・。」 耳に響く声がゾクッとするほど色っぽくて、「あっ」と声をあげる間もなく何かがこめかみで弾けた。  一瞬真っ白な世界になったが、一度出しても体を巡る淫靡な血潮はおさまりそうになかった。もっとほしい。何度もあのはじける感触を味わいたい。これまで抑えてきた思いはもう止められない。 「お願い…俊樹さんのもちょうだい…。」 呆然と脱力する葉介の前で、俊樹は帯を解き、浴衣を脱いだ。引き締まった逞しい胸板から程よく筋肉のついた腹筋を目の前にして、葉介はうっとりと溜息をついた。 俊樹の手が葉介の手を取り己の雄に導くと、自分のそれをはるかに凌ぐ質感があって、同じように熱かった。ぎこちなく手を上下させると「あぁ。」と嬉しそうに声を漏らす俊樹の反応が嬉しくて、この人を満足させたいという気持ちが強まり、葉介は身を起こすと熱い塊を口に含んだ。 「葉介…。」 俊樹の声がややかすれていることが嬉しくて、葉介は夢中でほおばり、頭を上下させた。 「…くっ…。」 俊樹が堪えるような声を漏らす。感じてくれていると思うと雄介は夢中でそれをしゃぶった。 「あぁ…葉介すごくいいよ…。」 悦んでいる。もっと悦ばせたい。初めての事で口もあごも痛くなってきたけれど、舌を絡め、強弱をつけて吸い、怒張が限界に近づくまで攻めまくった。 俊樹の雄が更に堅くなり、爆発寸前であることが感じられた。 「葉介…んんっ…出すぞ…ああぁ…。」 口の中にあふれるそれは蜜とはいえ生々しい味がしたが、自分が果てた以上に俊樹が自分の口の中で果てた事の満足感は大きかった。  俊樹は優しく葉介にキスをすると今度はその身を横たえさせ、脚を開かせると最奥の蕾に顔を埋め、舌を這わせた。 「そんなところ…ああっ」 自分でも情けない声が出てしまう。そんなところ、自分でもまともに触った事もないが、舌が少しずつ蕾をほぐそうとする未知の行為に葉介は身体を堅くした。 心地よい感触に自身の雄が再び形をなす。 葉介が感じるのとシンクロするように今度は俊樹の指が徐々に奥へと進み、内襞を少しずつ押し広げるようにほぐし始めた。 痛いような不思議な感触の後、だんだん抜き差しする感触に慣れ、少し余裕ができると指を二本に増やした。 「いっ・・・あああっ、待って・・・。」 初めてのはずなのにその部分は反応がよく次第に襞が柔らかくなるとトロリとした蜜で入り口の襞は柔らか湿った音をさせ始め、葉介も痛みではなく下半身が痺れるような感覚を感じ始めてきた。 腰から下がぼんやりと溶けるようで、葉介は抵抗どころかうわごとのように「もっと」と呟いた。    「もっとなんて、俺毀れるかも・・・。」 葉介が自分の言葉に上気した頬を更に赤く染めると俊樹はそんな茶目っ気のある言葉で返し、再び勃ちはじめた葉介自身を自分自身に擦り合せ、葉介と指を絡めて二人で扱いた。二人の粘膜が共に惹き合い、融け合っているかのように相手の振動も感じている様もその部分を通じて自分に伝わってくるのがわかった。 俊樹はただ夢中で葉介を愛した。葉介の手の中で慈しまれた俊樹自身がこれ以上の刺激に耐えられない状態まで張り詰めると俊樹は葉介の脚を開き両肩に抱え上げると露になった蕾を一気に貫いた。 「いっ・・・ああああっ、俊樹さん・・・。」 十分にほぐされたとはいえ、焼けるような熱い刺激が身体の中心を貫いた。奥を求めて襞を押し広げて進む俊樹自身の重みに耐えるように汗でしっとりした背中をしっかりと抱きしめた。 「すごい熱い、葉介の中・・・。」 目を閉じて、葉介と融けあう事で生まれた快感に素直に身を任せた表情は恍惚ですらあり、葉介は長年の望みが叶った嬉しさと俊樹が自分の身体を夢中に貪っていることが嬉しくて、涙を零した。 「ごめん、痛かった?」 「…大丈夫。俺、すごく嬉しい…ずっと、ずっとこうして欲しかった…」 「俺も、ずっとこうして抱きたかった…。」 独り言のように俊樹は呟くと、更に奥を突き上げた。一緒に舞を踊るときの一体感とは違い、文字通り一つになっている。抽送を繰り返す俊樹の動きが早くなり、二人とも限界が近くなってきた。 「好き・・・好き・・・もっと・・・あああっ・・・あああああっ。」 怒涛のような嵐が自分の身体を過ぎ去った後に見せてくれた優しさに、嬉しくて、切なくて、葉介は涙をこぼした。 一周忌に弁護士がやって来ると遺言を公開した。 大方の予想に反して、家元として遺言に載っていたのは葉介の名前だった。反対派のブーイングも多少は聞こえたが、俊樹や桜子が周りに不満を言わせないように流派内を取り仕切ってくれた。俊樹は既にそのことが解っていたかのように葉介が家元になったことを喜び、公私ともにサポートできることを喜んだ。桜子への自分の誤解を葉介は素直に詫びた。 「葉ちゃんも鈍いからね。私は踊ることは好きだけれど、お弟子さんやら協会やら面倒なことはごめんだわ。」 と姉弟の気安さで本音を言うと、それ以上に俊樹への初恋が成就したことを喜んでくれた。 追悼を兼ねた襲名披露で葉介は幻の舞「橋姫」を舞った。 急激に備わった貫禄と自覚、そして嫡男の名に恥じないその才能にもはや誰もが彼を家元と認めた。 一夜明けて自分が家元なんて、不安で仕方ないけれど、でも独りじゃないことがうれしかった。 「だから俺は言っただろう?"橋姫"は君の舞だって。先代はいつも葉介君にこの舞を継承することだけを考えていたし、俺に君を頼むと何度も言っていたんだよ。」 「じゃあ、これからも俺の傍にいてくれるんですね。」 「勿論だよ、葉介君。いや、家元。」 「その言い方は止してよ。二人の時は、いつものように、葉介、って呼んで・・・。」 返事の代わりに甘いキスが葉介をとかした。 (完)

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