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おまけ 110番
「寧音 たん、寧音たん、どーしよー」
簀巻を一つ盗難車のワンボックスカーに放りこむと、時間を潰していた萌絵がタイミングよく戻ってきた。
「話を聞くから乗れ」
「うん」と元気よく返事をして助手席に乗り込んでくる。萌絵のロリータファッションは椅子の面積を飛び出して、スカートの傘の柄が太腿に当たるが、仕方がない。誤操作しないようにギアから手を放さずに運転を始めた。
「さっきの倉庫のあるお店の先の道でねー。昨日の夕方、ゆりこちゃんがいっぱいしちゃったのねー」
「ゆりこちゃん?」
「お馬さんの名前ー」
「お馬さんにお母さんの名前は付けないほうがいいな」
「そうなの? じゃあ、他の名前にするー」
タバコを吸いたいところだが、両手がふさがっているので我慢するしかなかった。うーん、そうだなーと萌絵が考え始めるので、先を促す。
「馬がクソしてどうしたって?」
「あ! そうそう、そうなのー。道の途中でいっぱいしちゃったから、あとで片付けようと思ってて忘れちゃってたのー」
「干からびた方が片付けやすいんじゃないか?」
「そうだよねー。そう思って、さっきのお店にスコップがあったからそれで片付けようと思ったら」
パンと手を叩く。萌絵じゃなければ殴り飛ばしたいところだが、驚いた様子を見せずに黙って運転を続ける。
「誰かが踏んで滑ったあとがあったのー」
にゅうぅ~ぅ~るっって、変な擬音をつけながら腕を広げる。一メートルくらい? そりゃ勢いよく滑ったもんだ。
「股割れしたかもな、力士にでもなればいい」
「おデブさんはきらーい」
萌絵はタコのように口を尖らせる。
「それでねー。スコップでよいしょよいしょって道の脇に投げ落としたのね。朝靄ってたからちょっと、まだ湿ってて重かったんだけど、一生懸命よいしょよいしょって落としたのね。そしたら、なんか下の方から人の声が聞こえてね」
え。クソの雨は辛いな。
「覗いてみたら真下に寝てる人がいたのー」
「生きてたのか?」
「うん」
「顔見られなかったか?」
「多分、顔に全部落としてたみたいだから、、、勇者じゃなきゃ目は開けないよねー」
クソまみれで口を開けられるだけでも勇者だと思うが、同調する。
「……だねー」
遠くでパトカーの音が聞こえた。後部座席で黙りこくっていた徳重が、見えもしないのに振り返えるのを、ルームミラーで確認した。カーブで簀巻が転がって目を覚まさないよう、足で押さえ付けている。
「パトカーいっぱい来たから見つけてもらえるかなー?」
心配そうに萌絵が言うと徳重もぽそっと呟いた。
「相棒のカピバラさんだったら、助からないかもな」
「えー? 相棒さんなのー? 寧音たん、どうしよー」
スカートの骨が左手にゴスゴスと当たって痛かった。
山梨県境を越えたところに公衆電話があった。そこで車を止めると、萌絵がにっこり笑って車を降りる。エンジンを切ってタバコを咥えた。
「もしもーし。おまわりさんですかぁ?」
「うーんとね、多分、事故ですー。川のとこにね、道から落っこちたみたいな人がいたんですぅー」
「えー知らない人に名前教えちゃいけないって、お母さんに言われてますー」
「えー女性に年齢きいちゃいけないんですよー」
「うん。小学生? ってよく聞かれますー」
タバコを深く吸い込んで、肺に煙を流し込み、ゆっくりと吐き出す。
「場所はね、今パトカーがいっぱい来てるところー」
「ここ? 知らない。ギャクタンできてるんでしょー」
「あ、生きてましたよ」
「うん、なんかね、馬糞みたいの、顔にかかって悲鳴あげたし…」
「ケガしてるかはわかんないけど元気だったよ?」
「だぁってー。テントはってたもーん。きゃは☆」
徳重が額に手を当てた。
―おわり―
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