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第1話

 雨の降る中、京介のワイシャツとスラックスを着て、まるで亡霊のような姿で瀬名家を出た。  誰もが引き留めることもせず、自分の仕事だけをこなしている。使用人たちは、洋の世話はするが、話しかけてきたりはしない。  洋が、アルファでどうしようもない人物だと知っているからだろう。洋が出ていくことに関心を向けてくる人など一人もいない。  それに、もう何の感情も湧きあがらない。  ふらふらと、玄関から外に出て、歩き出す。  瀬名家から出ても、帰る場所など既にないが、ここにも居れないと思った。  せっかく京介が自分だけを見てくれたと思ったのに、それは間違いだったのだから……。  壊れた心で、体で、行くあてもなく、裸足のまま歩く洋に、人は奇妙には思いすれ、声をかけるようなことはせず、親子供に至っては避ける様に足早に過ぎていく。  雨だから、余計に人も少ないというのに。  大丈夫かしら?警察に連絡した方が……?  そんな声さえも、雨音でかき消されていく。  ふらふらと歩いていれば、当然足は小石や小さなガラス片などで切れて小さな傷が絶えなくなっているが、ぼろぼろな洋はそんな痛みも感じていないみたいで血を流しながらも歩みを進める。  気が付けば、見覚えのある公園まで来ていた。  初めて京介に出会った日、この公園で遊んだ思い出の場所。  公園の遊具に、昔の思い出が鮮やかに蘇る。自分の中で、それはまだ遠い過去ではないのだと、ありありと主張しているみたいで。 「やっと出てきたか」  聞き覚えのある声に振り向けば、黒塗りの車に、スーツを着た下っ端。  その下っ端に傘をさされた一人のチャイニーズマフィアの男性が。  ふと、洋は思い出す。 あぁ、狙われていたんだっけ?と。にやり、と洋が歪に笑えば、カッと激高した赤いメンズチャイナ服を着た男に頬を叩かれた。  パーン……、と雨音の中、その破裂音だけがやけに響く。 「よくも、この私に恥をかかせてくれましたね」  契約で、オメガである京介の弟、礼二をこのマフィアたちに渡す予定だった。京介がどんな反応をするのか見たかった、と言うのもある。  それに、気に入らない弟、海の番が礼二だというのだから、ちょうどいいとさえ思っていた。どうせ、京介は気にしないだろうと。  礼二が、オメガとして優秀な遺伝子を持ち、アルファを生む可能性が高いというのが、彼らにとっては重要だったみたいだ。なんでも、アラブのオメガしか生まれぬ王族に売りつけるために。  臓器を売ってしまうよりましだと思ったのだが、海と京介の逆鱗に触ったらしい。この男たちが生きているのが、少し不思議なくらいだとは思う。  俺は、海の兄と言うことで、実家とも縁は切られたが、生かされた。どうせなら、京介が殺してくれればよかったのに……。  その時に、彼らは捕まらなかったのだろう。捕まれば、アルファの報復として殺されていてもおかしくはない。 「屈辱も、損失も、すべて貴方に支払っていただきますよ」  男の合図を持って、両腕を彼らの部下に掴まれるが、大して抵抗はしなかった。  自分の命など、もうどうでもよくなっていたから。  京介が俺を見ないのなら、この命でさえ、もう、どうでもいい……。  洋が騒ぐと思ってのだろうか?それとも、向かう場所を知られたくないのだろうか?  ハンカチにしみこませた薬品の匂いをかがされ、洋は意識を無くした。 (あぁ、せめて……優しい夢であるように……)

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