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第15話

「お前は何がしたいんだろうな」  はぁ、とため息を吐き、洋を眺める京介。  洋は、京介にとって許されないことをした相手ではあるが、子供まで憎いわけではない。  それに、京介の血を引く唯一無二の子供だ。瀬名家の跡取りとなりえる子供だ。  洋が孕み、産み落としたとはいえ、このまま洋に任せておくわけにもいかない。  出生届は出され、名前も、洋が考えていた名前で出した。瀬名の両親は反対したが、それを突きとおしたのは京介だ。  子供ができたとはいえ、婚姻しておらず、子供の籍は大蔵洋のもとにある。籍を瀬名に入れようかとも考えたが、それは洋が嫌がり、面倒な事になるだろうと赤塚と考え棄却された。  天音を瀬名で引き取ることは簡単だが、それは同時に洋に狂いをもたらすのではないかと思っている。  洋自体がどうなろうと京介はどうでもいいのだが、子供に悪影響があったらと思えば、容易に手出しはできなかった。 「お前は、最後まで俺の人生を狂わせ、俺に人生を狂わされる運命なのかもしれないな」  はぁ、とため息を吐いて瀬名の家に帰ると、両親から呼び出された。  最近、両親とは折り合いが、特に洋と子供の件について悪すぎるから、関わりたくはないのだが。  足取り重く、本邸の敷居をまたぐ。 「あの子が子供を産んだそうね?あなたの」  にこり、と目の前のソファーに座り笑う女は大蔵の血が入っているだけあって、嫌になるくらい陰湿だ。  その女の血を引いているという事を、京介は少なからず嫌悪する。 「でも、京介は引き取らなかった。どうして?あなたの子供よ?」  舌打ちしたくなるのを抑え、にらみつける。あら怖い、と笑う女に怒りしかわかない。昔からそうだ、とため息を吐きたくなる。  父はその隣りで母を自由にさせていた。  父が一言いえば、母の暴走は止まるだろうに、極力父は母のすることに口を出さない。  好きにすればいいという放置と信頼をない交ぜにしたようなそんな信用。 「あの子の子供が気に入らないなら、他に子供を作りなさいな。候補ならいっぱい用意してあるわよ?」  母親が悪魔にしか見えなかった。信じられないと父を見れば、この件には興味なさそうにしている。父にとって、京介が結婚しようがどうしようがどうでも良いのだろう。  いや、ずいぶん昔に諦めていると言ってもいいのではないか?  京介が、そんな両親に突き付けられた選択肢。  子供を養子として引き取るか、それとも見合いをして結婚し、子供を残すか。  洋に子供が出来たことで、瀬名の両親に遠慮がなくなったともいう。  二つに一つだと言われた。もちろん、礼二の子供を引き取ると持ち掛けたが、それでは京介の血が途絶えると首を横に振られた。  まるで、洋が産んだ子が、洋の下に居れば京介の子ではないような物言いに人知れず怒りすら沸いた。それと同時に、運命を失ったというのに他の番を見つけろと言われているようで余計にイライラする。 「はぁ……」  本邸から帰ってきてため息を吐く、とんでもないことが続く日だな、と不幸を嘆く。  ソファーに腰を掛け、天を見上げる。天井しか見えないそこから目をそらしたくて、目を閉じた。 「お疲れですね、京介様」 「美園……あぁ、まぁな……」  事の次第を赤塚に聞かせる京介。それは大変でしたね、と苦笑する赤塚。  ため息もつきたくなるだろう、と赤塚はお茶を淹れながら言った。 「いっそ、海外にでも出奔なさいますか?」  冗談で言ったのだろう赤塚の言葉に、ぽんっ、と京介は道を見出した。 「そうするか……その方が面倒がなくなっていいかもしれないな」 「えっ?本気にするおつもおりですか?」  珍しく虚を突かれたような顔をする赤塚。  京介がそんなことを思うなんて思っていなかった、という事だろう。 「あぁ、もう何もかも面倒くさい。いっそ、ゼロからやり直すか」  勿論、その計画の中には洋の事も含まれているだろう。  考えだし、計画を練りだした京介に苦笑しながら赤塚は一言添える。 「私はついていきますからね?」 「物好きだなお前……」  瀬名の執事、と言えば有能である。そして、執事を辞めてもその経歴を馬鹿にされることもない。なのに、それを不意にして京介についてくるというのだから。主馬鹿なのか、幼馴染思いというのか。 「京介様と大蔵様に生活能力があるとは思えません。金銭面では生活には困らないでしょうが、生活能力と言う面では大いに困ることでしょう。お子様もいる事ですしね?私はその点有能ですよ?」  どうです?という赤塚は、得意げな顔をしている。もちろん、それは冗談などではない。  赤塚ほど有能な懐刀はいない。子供も、弟や妹を幼い頃から面倒見ているところもあり、赤ん坊の世話もしていた経験もある。  いや、本当に京介たちに必要な存在となるだろう。 「はは……まぁ、そうだな……じゃあ、頼む」  とりあえず京介は言われたとおりに、洋との子供を自分の養子とした。  子供は、洋の下に置いておき、洋が退院できるようになると手はずを整える。とはいえ、京介自身は見張られているので、赤塚に指示を出して。  赤塚が秘密裏に動けば、見つかることはまずない。京介なら警戒されることもだ。  まぁ、たぶん京介の父親辺りに気付かれてはいるだろうが、放置されているという事は彼にとってはどうでもいい事なのだろう。  それに、息子とはいえ、番が自分以外に関心を向けるのが面白くないのかもしれない。  京介が居なくなった方が、父としても独占欲を満たせていいのかもしれない。  幸い、息子ならもう一人いるわけだし。 「おい、どこに……」  洋の退院で、赤塚と共に迎えに来た京介は時間がないと洋を急がせた。  リハビリはしていたが、体力が無いのだろう洋は少し急いだだけではぁはぁと息を切らしている。  洋の荷物は赤塚が引き受けていた。洋が抱えているのは天音一人だ。 「あては決めてない。ただ、瀬名には帰らない」  タクシーに三人乗り込んで、空港へと向かう。  継ぐはずだった会社も辞め、京介は洋と子供を連れて日本を離れた。  もちろん、携帯も何もかも解約し、稼いだお金は外資通帳へと入れ、パソコンと少しの着替えの入ったキャリーケースを持って。  戸惑う洋は、それでも反抗することなく京介についていく。  洋の方も、親には知られていない通帳を所有していたし、海外でも稼ぐ方法があるのは知っているから。  ただ、戸惑うな、というのは無理だろう。そして、不安にもなる。  不安が伝染して、天音はむずい顔をしていた。そんな天音を、よしよしと抱き上げた赤塚は泣かないように天音をあやす。  洋の抱き方より、赤塚の方がうまいのか、居心地がいいのかすぐ眠ってしまった天音。  ぎろっ、と赤塚を洋は睨むが、文句をいう事はなかった。  眠ってしまった天音が腕の中に帰ってきて、ほっとする。 「おまっ、京介、お前は何を考えてるんだ?」  飛行機の座席でため息を吐くように洋が問う。  赤塚が手配していたのは、アメリカ行きの飛行機だ。  離陸してしまえば、追いかけられることもないだろう。  まぁ、会社や瀬名家では騒ぎになっているかもしれないが、どうでもいい事だ。 「……俺は、お前を許さない。それは未来永劫変わらないだろう。お前は運命に会ったことがないからわからないんだ。それと同時に、俺は生涯どのオメガも女も迎えるつもりはない。そんな種馬みたいなまねはできない。お前が俺の運命を狂わせたなら、お前に責任を取ってもらう」  京介の言葉に驚いたように洋は眼を見開いた。  そして、そっと京介から目をそらす。 「……俺は何もできない」 「未来永劫許さないといっただろ?俺のそばで生きて、俺に恨まれながら生きて死ね」  京介の言葉に、驚いて洋は再び京介を見る。  京介は洋など見てはいないが、その目は生き生きとしていて、それでいて殺意も何もかもがそこに宿っていた。  生き生きとした目にゾクゾクと得体のしれない何かが走る。  そんな洋を京介がちらりと見ればクスッと笑った。 「そんなもの欲しそうな顔をして、襲われても知らねぇぞ」 「なっ、そ、そんな顔はしてねぇよ!」  どんな顔だ!ど言おうとすれば、腕の中で天音がむずがるように泣き出しそうになり、慌ててあやす。  きっ、と洋が京介を睨めば、京介はそんな洋を見て笑う。 「はいはい。後で相手してやるから、今は眠れよ」  まだまだ、フライトは続く。眠っていた方が建設的だ。くそっ、と呟いて再び眠った天音を、赤塚の近くにあるベッドへと寝かせる。離れればぐずるかと冷や冷やしながらそっと腕を離す。  泣き出さなかった天音にホッとしながら、洋は座席へと腰を下ろした。 「眠ってくださって大丈夫ですよ。天音様は私が見ていますから」 「……そうする」  天音も寝ているし、と毛布を貰い洋は目を閉じた。  京介は眠りだした洋を見て、はぁ、と息を吐く。 (もとはと言えば、俺たちの人生が狂わされたのは互いの両親や家と言う柵のせいだろう。なら、その柵の無い場所で、余生を過ごせれば、きっと俺も洋も、今よりはマシになるだろう)  まずは、この飛行機の着陸先、アメリカでの生活基盤を固めることから始めるとしよう。  天音にとっても、落ち着ける場所があるのはいい事ではないだろうか?  考え出すと、楽しくなってくる。赤塚はそんな京介をみて、楽しそうで何よりだと考えていた。 「これ以上、振り回されるのはごめんだ」  ぎりっ、と唇を噛むようにした京介の目に浮かんだのは怒りだ。  自分たちの未来は自分たちで手に入れる。  どんな手段を使っても。  生家を捨てることになっても。それが、運命だったと思うしかない。  運命でもないアルファ同士の、歪んだ関係はこれから続いていくのだろう。  END

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