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第14話
気分がよくて、鼻歌を歌いながら病室を出た。安定期に入ったと医者が言っていたから少しは大丈夫だろうと思っての事だ。
ふらふらと病院の庭を散歩し、目に留まったイスで一休みと腰を掛ける。
体が前より重く感じる。そこに命があるのだと、自分の子供がいるのだと思うと、うれしくなる。
空を見上げていると、ぼこっとお腹の中から蹴られる。痛みは凄いが、それ以上に凄く幸せだと感じてしまった。
あ、と洋は不意に声を上げる。そして、決めたと心の中でつぶやいた。
「お前はっ!!」
少し焦ったような京介が、歌を歌っていた俺の前に現れた。
内心少し首を傾げながら、鼻歌を歌い景色を見る。
最近、京介は頻繁に病室に顔を見せる様になっていた。何が心配なんだろうか?この病院にだって瀬名の息がかかっているのだろうに。
それに、腐っても洋はアルファだ。大抵の事では死なない。子供に何かある、というのも無いだろう。
アルファである洋が、自分の命よりも気にかけて大事にしているのだ。
「病室に戻るぞ」
ため息を吐いた京介に腕を掴まれる。
だが、天気がいいからもう少し外に居たかった。
「もう少しぐらいいいだろう?」
「いいから」
少し焦っているような京介に何の説明もされないまま、手を引かれて病室に戻る。
すると、医師や看護師がほっとした表情をしていた。
今日は何かあったか?と内心首を傾げるが、特に思い当たる検査もないし、毎日のルーティーンの診察も終わっていたはずだ。
はて?と益々首を傾げてしまった。
「大蔵さん、困ります。勝手に病室を抜け出さないでください」
「今日は天気が良かったし」
はぁ、とため息を吐かれた。
何で?と首を傾げれば、検査します、と京介が部屋から追い出されて採血とか血圧とか検温とかされた。
異常はないし、問題もない。
洋がもういいか?と思っていれば、看護師に少し強めの口調で言われた。
「大蔵さんは絶対安静です。これはお子さんにもかかわってくることなんですよ?散歩がしたいなら、看護師をよんでくださいね」
さんぽぐらいで大げさな、と思いつつアルファゆえに厳重注意されているのか、と思い頷いた。
自分の命よりも子供の命が大事、という洋は素直にうなずいた。
「それに、外は肌寒くもありますから、そんな薄着ではだめです」
そんなに寒いとは感じなかったが、そう言えば京介の手は温かかったと感じたのを思い出し、寒かったのか、と今更ながらに思う。
医師や看護師たちが病室を出ていき、京介と二人きりになる。
と言っても、話題なんてない。
毎回、京介は小言を言ったり、洋と一緒に空を眺めて帰ることもある。
ここに書類を持ってきて処理していたこともあるし、暇が無いなら来なきゃいいのに、と思うが。
あぁ、そうだと思い出した洋は、サイドボードからペンとノートを取り出して、思いついた名前を記す。
【天音(あまね)】
意味は、祝音。この子供にとって、最初で最後の贈り物となるのだから、幸せに、ただそれだけを願う。祈りの、名前。
天音、男でも女でもこの名前であれば大丈夫だろう、と第一候補だ。
「あまね、か」
「……なん、だよ」
「いや?いい名前だな」
そう言えば、京介は洋の事を見てはいるが子供についての行動は、あまり制限しようとはしない。
名前も、好きに決めればいいと前に言っていた。あの弁護士に頼んだ件は別として。
洋が考えていた名前は他にもあったが、京介が反応を示したのは、この名前の時だけだった。
だからだろうか?洋もこの名前を気に入っている。
天音、とまだ生まれてもいないのにそう声をかけた。
臨月になり、子供が生まれた。帝王切開で取り出した、と言うのが正しいのか。
洋の体がもつぎりぎりまで体内に居た子供は、それでもまだ早産の段階で、小さく、保育器にはいって暫くの間過ごしていた。
母体である俺も、子供の様子を見にいける状態ではなく、寝たきり。
いいや、それ以上に酷い。目を覚ますのが稀なくらい、眠り、体の機能の回復に努めていた。
目を覚ましても、子供に会えず、一目見たくても見に行けない自分が歯がゆくて仕方がない。
子供についての手続きは全て京介が行ってくれた。天音、という名前で出生届が提出されているという。
それを聞いて少しだけ、安堵した。
大蔵 天音。
その響きが、途轍もなく幸せに感じた。自分だけの、存在。天音を愛し、愛されるのは自分しかいないという安堵。
そんなある日の事。
ようやく機能が回復してきたのだろう。そういうところはアルファの回復力というべきか。
まだ、内臓はぼろぼろの場所も多いが。
「子供は……?」
呼吸器をつけ、苦しそうにしながらも子供の心配をしているといえば、親だと認識しているのか。
生まれてからも生まれる前からも、洋の世界は、京介から切り替わった子供で一色になっていた。
不器用な人間なんだと思う。その人しか見れなくなってしまう。
周りにはたくさんの人がいて、洋を心配している人だっているのに、目に入らない。
誰もかれもがどうでも良くて、ただただ一人の人間で埋め尽くされて。
それが幸せで、それが彼の不幸で、他人にはどうしようもなくて。
「保育器で成長している」
たまたま来ていた京介がそれに答え。
保育器からはもう少しで出てこれそうだが、それもその子次第だろう。
ぼんやりとしてきた頭で京介の言葉を理解しようと試みるも、だんだんと思考に靄がかかってきた。
「ほいく……?」
「今はただ体を治せ。治したら、会える」
体力の限界だったのだろう、再び洋は眠ってしまう。
今までぼんやりとしか目覚めていなかったのに、今日は会話までした、回復は近いのだろう。
次に洋が目を覚ました時、自然と不安に襲われた。
「天音を、返せっ!」
天音を、俺の子を返せ、と暴れる洋。
取ったりはしない、と京介が声を上げて言うが尚も暴れ手を伸ばす洋に医者は鎮静剤を打ち、暫くして洋は眠ってしまう。
天音を抱き上げていた京介は、眠った洋にはぁ、とため息を吐いてその隣りへと天音を下ろす。
京介の抱き方が悪かったのか、洋の機微を察したのか、泣き出してしまった天音は自然と洋の一部を掴むとそのまま眠ってしまった。
やはり、生みの親の事は分かっているのだろうか?
それは、誰にも分からないけれど。
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