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第1話・あのさ、神様ってバカなわけ?

◇  オレの名前は茶虎(ちゃとら)。トラ猫だ――ったんだけど……実は今、人間になっていた。  三日月が空に顔を出してオレを照らす。  オレは河原で自分の顔をマジマジと覗き込んだ。水面に写っているのは小さなトラ猫だった頃とはほど遠い。  襟足までの黒髪にすっと通った鼻筋。小振りな薄い唇。大きめの目はちょっとつり上がってる。まあ、元は猫だったからな。つり目なのはどうしようもないか。  白いカッターシャツに、長いすらっとした足はグレーのスラックスをはいている。人間でいう年の頃なら多分18歳くらいなんじゃねぇ?  人間になった理由は、よくわらねぇけど、きっとオレが神様に“人間にしてください“ってお願いしたからだと思う。  どうして人間になりたかったかっていうと――。  実はオレ、人間に恋をしてる。  それは数日前に遡る。  まんまるい満月が真上に“こんばんは“してる夜のことだ。オレはいつも通り、この河原にやって来る。ここはオレの縄張りだ。そしてここに来る途中にある急カーブの一本道なんて滅多に人が通らないことも知っている。それをいいことに、オレは左右も確認せずに、この縄張りまで突っ走った。  それがいけなかったんだ。  突然、すごいスピードで車が迫ってきたんだ。  目と鼻の先。  正直、オレはもうダメだって思ったね。このまま死んじまうんじゃないかって。  ――親友の三毛(みけ)みたいにさ……。  そしたらオレ、あたたかい何かに包まれていたんだ。  びっくりして顔を上げたら、人間がオレを抱きしめてたんだ。  黒髪にところどころ混じった白髪のラインが威厳を感じさせる。ほっそりとした輪郭、目鼻立ちのはっきりした、まあ人間にしたらハンサムなんじゃね? 人間だった。  力強い腕がオレを包み込んでいる。  ――だけどさ、オレって人間が信用ならない生き物だって知ってる。  だからオレは持ち前の俊敏さをもって鋭い爪でそいつの腕を引っ掻いてやった!  ガリリって皮膚を裂く音がする。  ハンッ、ざまあ見ろ! オレに触ろうとするからだっ!  オレは毛を逆撫でてそいつを威嚇した。  だけどさ、そいつ。  全然オレを怖がらねぇんだ。  それどころか薄い唇をほんの少し上げて、 「それだけ元気がありゃあ問題ねぇな」  だってさ。  ばっかじゃね?  怪我してんの自分の方じゃん? まあ、オレが引っ掻いたからなんだけどさ。  人間の右腕から真っ赤な血が滴り落ちる。  ――それなのにオレを心配してやんの。  それからだ。オレ、おかしいんだ。どんなに上手い魚を食っても、助けてくれたあの人間のことばかり考えてて……。  それで気が付いた。オレは、あの人間が好きになったんだって。  それで神様に人間にしてもらえるよう願った。  何日も何日も。たくさん願ったよ。  そしたら今日、とうとう人間になれた。  だけどさ。この姿、オレって男だよな?  あのさ、神様って馬鹿なの? オレが好きな人は男なんだよ。それでオレも男。好きな人と同性で恋愛もへったくれもないだろうがよ!! 「――――」  なんて神様に悪態ついたって結果はもう人間の姿になっちまったし。  しょうがねぇ。人間になったんならもうこの際どうにでもなれだ。  どうにかしてあの人を探さねぇとな。  オレは腰を上げて夜道を歩き始める。この世界のどこかにあの人がいると期待に胸を膨らませて。 ◇第1話・あのさ、神様ってバカなわけ?/完◇

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