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第2話・叶わない恋だって知ってたよ。
◇
三日月が真上にある今。オレは人通りの少ない道路をぽつんと一人、歩いていた。
ここはあの人と出会った場所。射貫くような鋭い目なのに、どこか優しさを感じさせるあの人。人間になったオレよりも年齢はずっと年上なのにさ、分厚い胸板とがっちりとした広い肩幅。オレを抱きしめてくれた力強い腕。
唯一親友だった三毛猫の三毛 がいなくなってから、孤独にこの世界を生き抜いていたオレにとって、抱きしめてくれたあの力強い腕が忘れられない。
あの、薄い唇の端っこが上がった表情も忘れらんない。もし、もっと笑ってくれたら、きっとすっげぇ格好いいのかな。――なんて考えてしまうオレはもう、あの人間にどっぷりハマってる。
オレが好きなあの人は着物姿で軽装だったから、きっとここら辺に住んでる人だと思う。
ひと目、もうひと目でいい。せめて会いたい。
オレは願いを込めて街灯さえまともにない道を歩いて行く。
いったいどれくらい歩いていただろう。
なんか人の声が聞こえてきたんだ。
数少ない街灯の下で人影がみっつ。
みっつとも肩幅が広いからすぐに男だってわかった。
年齢は人間になった今のオレとあんまり変わらねぇかな。
こんな夜更けにいったい何だ?
そう思って近づいたら――。
二人で寄って集って一人に暴行をはたらいていたんだ。
暴力を振るっている二人は髪の毛を染めていて、片耳にピアスをあけてる。
被害者の方は黒髪に黒縁眼鏡をかけていて、見るからに気の弱そうな風体をしていた。
「やめろよ! お前ら何やってんの!?」
痛々しいその姿が見ていられなくて、オレは構わず暴力を振るっている奴らに向き合った。
「なんだお前?」
「ちょうどいいや、俺らイライラしてしょうがなかったんだよね、憂さ晴らしがもう一人増えた」
二人はそう言うと、手をボキボキいわせて拳を作る。
そんなオレの背後では、暴力を受けていた男が声を上げて逃げていく姿が見えた。
「あ~あ、可哀相に。逃げられちゃった」
ケタケタ笑うこいつがムカつく!
一人の攻撃を避ける。
だけどもう一人を避けきれなかった。
拳がオレのみぞおちに食い込む。
強烈な痛みで蹲ってしまえば、次はもう一人がオレを蹴飛ばした。
固いコンクリートに倒れると、二人はオレを蹴飛ばしにかかる。
顔を蹴飛ばされるのが怖くて両腕で必死に覆う。
いつか、この二人もこの暴力を止めるだろうと祈って――。
だけど二人はなかなか終わらせない。
ドスドスとオレの身体を蹴りたくる。
痛い。オレ、このまま死んじゃうの?
あの人に会えないまま?
ああ、でもオレ。あの人の住んでる場所も、名前さえも知らない。
しかも出会えたからって恋愛には発展しない。
だってオレ、あの人と同性だ。
「……っひ」
オレってすっげぇ惨めだ。
胸が苦しくなって――涙が、出てくる。
「うっ、えっ!」
「泣いたって今さら遅ぇよ! 俺らに説教なんかしやがった罰だ!」
絶望して蹲っていた時だ。
「てめぇら、そこで何してやがる!」
ほんの少し掠れた低音。
地響きみたいに恐ろしい声。
だけどオレにとっては全然怖くない。
だって、この声は知っている。
オレが、大好きな……あの人だ。
そう確信したら、オレの身体を蹴り上げる足が消える。
「いたたたたっ!」
痛みを訴える一人の男の声がした。
「くそジジイがっ!」
後ろ手に腕を回し、制するその人。
そしたらもう一人が拳を突きつける。
だけどその人は拘束していた男をそいつ目掛けて放り投げた。
二人はドスンと音を立てて地面に転がる。
「っひぃいいっ!」
「くっそ、覚えてろよ!!」
二人はよく聞く捨て台詞を残して尻尾を巻いて逃げていく。
若者二人の力でも敵わない。
やっぱり強いんだ。
「大丈夫か? おい、しっかりしろ」
抱き起こしてくれるのは力強い腕。
オレが求めて止まない、右腕に引っ掻き傷がある人。
――やっと会えた。
「へへ……」
オレの口元がにんまり歪むのが判る。
だけどその人の顔、見られないんだ。
意識が遠ざかっていく。
ねぇ、これは夢じゃないのかな。
もし目が覚めても、この人は側にいてくれるかな。
オレはほんの少しの望みをもって、意識を手放した。
☆第2話・叶わない恋だって知ってたよ。/完☆
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