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第3話・好きな人の名前は仙蔵さん。

 ☆ 「お、目が覚めたか?」  目を開ければ……。  嘘だろう?  鋭い鷹の目をした、オレが好きなその人がいたんだ。  信じられない気持ちでいっぱいだ。 「昨日は散々だったなあ」 「あ、あの。助けていただいて、ありがとうございました」  この人はすごく強かった。  不良二人に絡まれて、暴力振るわれて、どうしようもできないところを助けてくれたんだ。  身体を動かせばところどころジンジン痛い。これは昨日、あいつら不良に蹴られたからだ。  ――ああ、昨日のは夢じゃなかったんだ。  オレが好きな人の顔がすぐ側にあるなんて!!  どうしよう、どうしたらいいんだ?  トクン、トクン。  オレの心臓が大きく鼓動する。 「――ここは?」  高鳴る胸が苦しくて、どうにか気分を落ち着けようと話題を変える。  ぐるりと目を回せば、広い和室だ。十畳はあるんじゃねぇかな。  自分の身形を見てみると、白の着物になっていた。 「洋服は今洗濯中だ。汚れていたから家の物を出した。ここは俺の家だ。お前さんの家はどこだ? 昨日は帰らなかったんだ。さぞや親御さんも心配してるだろう。洋服が乾いたら送っていくとしよう」 「家は、ない」 「家出か?」 「家族は、もう死んだから」  母さんと父さんは交通事故で、車にはねられた。  だからもう、誰もいない。 「じゃあ、お前さんも……」 「お前さんも?」  どういうことだろう。  聞いてみたら、その人は静かに首を振った。 「いや、なんでもねぇよ。ここに居たけりゃ好きなだけ居ればいい」 「いい、の?」 「ここは半端もんしかいねぇところだ。好きにすればいい」 「あ、ありがとう」 「お前さんは……俺が怖くねぇのか?」  怖い? 「なんで?」  だってこの男性(ひと)はオレを救ってくれた命の恩人。いや、それだけじゃない。昨夜もだ。  二度も助けてもらった。  この男性はオレにとってヒーローだ。  怖いなんて有り得ねぇし。  オレは男の人の問いに首を傾げた。 「――いや、俺を怖がらねぇのはお前さんで二人目だな」  そう言った口元はほんの少し笑ってるように見える。 「お前さんの名前は?」 「茶虎(ちゃとら)」 「そうか、俺は仙蔵(せんぞう)だ」 「仙蔵、さん……」  嬉しい。  名前、ようやくわかった。  嬉しくてにんまりしてしまう。  その顔のまま仙蔵さんを見上げる。そうしたら、皺が入った手がオレの頬に触れたんだ。  親指がオレの口の形をなぞるように触れてくる。  まるで鷹みたいだ。  射貫くような鋭い目がオレを写す。  だけどそれとは裏腹に、オレに触れる指はとても優しい。 「……っふ」  くすぐったいよ。  ヘンな声も出るし。  指の感触がくすぐったいのと、おかしな声が出て恥ずかしいのとでオレは首を引っ込める。 「組長! 荒居組(あらいぐみ)の奴らが動き出しやした!」  声が聞こえたかと思えば、仙蔵さんの指が消える。 「そうか、わかった」  仙蔵さんの腰が浮く。  用事が入ったみたいだ。  それもすげぇ重大な用事。  だって仙蔵さんの顔がいっそう険しくなった。 「あのっ!」  オレはどうすればいいの? 「その怪我だ。俺の部屋だがここでゆっくり休みなさい。後で会わせたい者がいる」  そう言うと、障子を閉めて出て行ってしまった。  オレはパフンと顔を布団に埋めた。  ……畳の優しい匂いがする。  目をつむって、仙蔵さんを思った。 ☆第3話・好きな人の名前は仙蔵さん。/完☆

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