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ベサメムーチョ!(4)

 数分後――  俺はorzスタイルで、ベッドに突っ伏していた。  あれ。  なんだかものすごーく既知感(デジャヴ)を覚える体勢だな、これ。  ああ、思い出した。  前にもこんなことがあった。  えーと、確か、理人さんと出会ってすぐの頃。  理人さんが元カレ……木瀬(きせ)さんとのトラウマを思い出して、俺のちん……俺、に一切興味を示さなくなって……ああ、そうだった。  全部思い出した。  理人さんはすぐこういうことをする人だった!  自分から変な思考のループに飛び込んで、ひたすらひとりでグールグルグルグルグルグル考えまくって、その内にどうにもならなくなってとりあえず距離を置かれるやつ! 「その……ごめん。なんとなく言い出せなくて」 「なんでですか。口内炎が痛いからしばらくキスできないって言えばいいだけでしょ」 「そう、だけど……」 「俺だって発情した野獣じゃないんだから、理由があるならちゃんと我慢しますよ」  そりゃあ大好きな人が四六時中隣にいるんだから、脳内は理性と本能の一騎打ちになるんだろうけど。 「ひ、ひどい……っ」 「え」 「なんで我慢できるんだよ? 佐藤くんのばかぁ!」 「ばっ……って、えぇっ!? なんで泣くの!?」 「お、俺はぁっ、在宅になってずっと佐藤くんと一緒にいられるようになったから、いっぱいいっぱいイチャイチャできるって思ってたのにっ、こ、口内炎は全然治ってくれないし、そのままキスしたら痛くて痛くてたまらないしっ、でも佐藤くんが視界に入るたびにキスしたいしセックスだってしたいのにできなくて辛くてっ、それならチュッてするだけのキスしてほしいって思ったけどそんなことしたら絶対もっとしてほしくなるしっ、も、もうどうしたらいいのか分からなくてっ、それなのに、なのにっ、なんで我慢できるなんて言うんだよぉ……ッ」 「わあ、ごめんなさい! 俺が悪かったんで、もう泣かないでください!」  あと、そんなかわいいことをそんなかわいい顔でえぐえぐ泣きながら言うのやめて! 「あれ、なんか結局俺が悪者になってない……?」 「佐藤くんが意地悪言うからだろぉ……」 「意地悪って……」  子供かよ。 「ああもう、かわいいからなんでもいいや。はいはい、俺が悪かったです」 「なんかむかつく……!」 「謝ったんだからいいでしょ。あとね、理人さん、俺の言いたいことですけど」  濡れそぼったまつ毛ごと、理人さんがしぱしぱと瞬く。 「ちゃんと話してください」 「へ……?」 「理人さんが俺に聞け聞けって言ってくれるのと同じように、俺もずっと理人さんに言いたかったんです。ひとりで悩んだりしないで、俺に話してくださいって」 「でも、こんなくだらないこと……」 「くだらなくなんてありません。俺は理人さんのことならどんなことでも知りたいんです。大事なことはもちろんですけど、どんなに小さいことだって、それが理人さんに関わることなら俺にとってはなによりも大事なことなんです。だから、次からは絶対にひとりで悩まないこと。わかった?」 「……ん、ごめん」  理人さんはスンとかわいらしく鼻を鳴らし、上半身を俺にピトッと引っ付けた。  精一杯の強がりの裏で乱れていた俺の鼓動も、ようやく穏やかになっていく。  理人さんには、いつも振り回されてばかりだ。  変なことにすごくこだわるし、いい年して泣き虫だし、かと思ったら急に大胆になったりする。  俺の心臓はいつだっていろんな意味でドキドキバクバクだし、時々は本気で怒ったりもするし、泣きたいのは俺の方だなんて愚痴ってしまったりもする……けれど。  こうして引っ付いているだけで、そういうわあわあした感情が全部どこかへ飛んでいってしまう。  そして残されるのはいつだって、理人さんのことが好きで好きでたまらない――そんな単純な思いだけ。 「じゃあ、明日にでも行きましょうか」 「え、どこに……?」 「病院」 「や、いや、嫌だ! だから言いたくなかったんだよ! 佐藤くんはなにかって言うとすぐ病院病院って騒ぐから! 口内炎なんて薬塗っとけばすぐに治るだろ!」  キャンキャンと小型犬のように威嚇しながら、理人さんが後ずさって……いや、いく。  それを無視して距離を詰めようとすると、目の前になにかがずずいと差し出された。  ピンク色の小さなチューブに、大きな太い字で『口内炎軟膏』と書かれている。  どうやら、ドラッグストアで手に入れた塗り薬らしい。 「すぐに治るって言いながらもう一週間経つし、市販のよりも病院でもらえる薬の方が効くと思いますよ?」 「それよく聞くけど、どっちも配合されてる成分はそんなに変わんないだろ!」 「じゃあ理人さんは、口内炎が完全に治るまでずっと俺とキスできなくていいんですね?」 「そ、れは……っ」  理人さんの唇が突き出て、 「よく、ない……けど……」  ああもう!  だめだ、やっぱり我慢なんてできそうにない。  アヒルのくちばしみたいに突き出た唇を今すぐハムハムしてやりたい! 「まあでも、今あえて外出するほどの事案なのかって言われると、うーん、難しいですね。命に関わるわけじゃないし」 「だ、だろ!?」 「わかりました、もう少しこのまま様子を見ましょう」 「う、うん!」 「ただ、それにはひとつ条件が」 「条件……?」 「薬は俺が塗ります」 「えっ……あ、ちょ、なにしてっ……」  理人さんの手からチューブを奪い取り、白い薬剤を絞り出した。  俺の舌の上に。 「うんむぅ!?」  もう一度唇を奪い、温かい口内を探る。  すると、理人さんの右頬の内側に不思議な箇所を見つけた。  そこだけ粘膜が盛り上がり、ザラザラしている。 「あ、ここでふね」 「いっ……やめっ……い、いたい……っ」  舌先で薬を塗り込むたびに、理人さんの目尻に涙が溜まっていく。  腕の中に閉じ込めた身体が小刻みに震え、鼻を通り抜けて涙に濡れた声が切なく喘いだ。  ああ、だめだ。  背筋がゾクゾクする。 「ふぁっ……いたっ……も、いいから……!」 「だーめ。もうちょっと、我慢……ね?」 「んっ……やぁっ……」  いやいやと必死に首を振る仕草がたまらない。  その存在を主張し始めた股間を押し付けると、理人さんの身体が小さく跳ねた。 「も、やめっ……あ、ふっ」 「理人さん……かわいい……」 「いたっ……あ、あぅ……!」  そうして調子に乗りまくった俺は、 「痛いって言ってんだろッ!」 「ぐっふうッ……!」  再び、理人さんにぶん殴られたのだった。  fin

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