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ベサメムーチョ!(3)

 風呂から出てきたら、理人さんはもう寝ていた。  ベッドの端っこに身体を寄せて、俺が寝る方に背を向けて、壁に張り付くように横たわっている。  こんな風に薄っぺらくなっている理人さんを見るのは、今夜でもう六度目だ。  きっと以前の俺だったら、不自然すぎる寝息のリズムにも気づかないフリをして、悶々とした気持ちを抱えたまま理人さんの隣にそっと滑り込み、悶々とした気持ちを抱えたまま眠れない夜を過ごしていただろう。  でも、 「理人さん」 「……」 「寝たフリ下手すぎ」  俺だって、生半可な覚悟で薬指の誓いを立てたわけじゃない。 「起きてるのは分かってますから、変な意地張らずにこっち向いてください」  細い背中が僅かに強張ったのを、俺は見逃さない。 「理人さんってば」 「……」 「こっち向いてください。言いたいことがあるんです」 「……」 「あと、聞きたいことも」 「……」 「理人さん、言いましたよね? ちゃんと聞けって。俺にならなんでも教えるからって」 「……」 「あの言葉は嘘だったんですか」  理人さんのがさらに乱れ、やがて浅い呼吸の連鎖に変わった。 「嘘じゃない……」  ゆっくりと振り返った理人さんは、予想通りというか、案の定というか、唇でしっかりとへの字を描いていた。  いつもの理人さんがそこにいてくれたことに、心の中でこっそり安堵する。 「あ、やっぱり起きてた」 「……」 「入ってもいいですか?」 「……ん」  隣に横になると、理人さんは居心地悪そうに身体を捻った。  ふたりで一枚のタオルケットが波打ち、いつもなら重なり合っているはずの肩と肩の間の距離を埋めるように、ふわりと落ちる。 「理人さん」 「……」 「なんで俺のこと避けてるんですか」 「避けてなんか……」 「避けてるでしょ」  逃がさない。  正直な思いを視線に乗せて見つめると、ようやくへの字口がもごもごと動き始めた。 「佐藤くんのことを避けてたわけじゃ……ない」 「じゃあ、俺とキスしたくなかっただけ?」 「……うん」 「なんで?」 「そ、れは……」  理人さんの視線があちこちに泳いだ。  まるで、紡ぎ出す言葉を選びかねているかのように。  まさか、今さら俺と別れるつもりですか。  だめだよ、理人さん。  そんなこと、  絶対に許さない。 「んむッ!?」  後頭部をひっつかんだ指に、柔らかい髪の毛が絡みつく。 「や、やめっ……ん、んんん!」  僅かに生まれた隙間に舌を差し入れ、逃げ惑う熱を追いかけた。  狭い口内の奥までたどり着くと、今度はゆっくりと引き戻しながら粘膜の滑りをじっくりと味わう。  ミントの爽やかな香りが、混ざり合った吐息の上を漂った。  理人さん。  理人さん理人さん理人さん。 「好きです……」 「いっ……!」  どれだけ伝えても伝えきれないくらい。  どれだけ一緒にいても、足りないくらい。  だからどんなに頼まれたって、  泣かれたって、  別れてなんかやらない。 「大好きです理人さぐふうぅっ!?」  突然右側のほっぺたがべこんと凹み、ぶぶっとおかしな音を立てながら唇がずれた。  視界の端で、肩で息をする理人さん――の腕の先にくっついていたのは、震える握りこぶし。  え、あれ?  俺、殴られた……? 「ひどい! なんで殴るんですか!」  親父にもぶたれたこと……あるけど! 「口内炎が悪化するだろッ!」  ……は?

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