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恋人4

 「話は分かった。オレにあなたはどうして欲しいのかな?」  彼は静かに尋ねた。  「僕の・・・恋人でいて欲しい」  男は震えながら言った。  「・・・あの人とそうするあなたと?」  彼の声は冷静だ。  だからこそ、男は焦る。  「愛しているのは君だけだ。アイツとヤるのは仕事みたいなもんだ。本当にしたいのは君だけだ」  そう言いながら、男は苦笑いを浮かべる。  「・・・最低男のセリフだな。ごめんなさい。でも、君が好きだ。初めてなんだ、こんなに人が欲しいと思ったの。誰かを独占したいと思ったの」    男は訴える。  その必死さは伝わる。  それが本気なのもわかる。  月の数日、それ以外は全て彼のモノになるならいいじゃないか。    彼の中で囁く声がする。  こんなに愛してくれる人を、お前のような人間が再び出会えると思うのか?  人と話も出来ない、隠れて生きるお前に。  目を閉じろ。    目を閉じて見ないようにしろ。  それで幸せになれる。  でも。  「あなたが俺を独占したいと思うように、俺だってあなたを独占したい」  男に優しく彼は言った。  「君だけのモノだ」  男は叫ぶ。  「アイツとは身体だけだ何でもない。君さえ気にしなければ・・・」   彼は首を振った。  男はわかっていない。  身体中につけられた痕。  何年もそうしてきたのなら、少なくとも相手の人は男に執着している。    触るな、俺のだ  そう言う意味だ。    「他の作曲してる人ともあの人は寝てるの?」  彼は聞く。  「いや、僕だけだ・・・」  男は不思議そうに言う。   分かってないのはこの人だけだ。  彼は皮肉に思う。  「何もないことはないはずだと思う。少なくとも重ねた時間位は」  彼は言った。  男は混乱する。  わからないのだ。  「僕を捨てないで・・・」  男に哀願される。      彼は静かに首を振った。    男は立ち上がった。  目が据わっている。  彼は怯えた。  「嫌だ。捨てないで!」  男は叫んだ。  彼を抱き締める。   彼は男のTシャツの首から見える痕に、思わず拒否反応を示して、突き放そうとする。  「嫌だ!離さない!」  彼は泣きながら床に彼を押し倒す。    「離して!」  彼は叫ぶ。  「僕のだ。僕だけのだ!」  シャツのボタンがとばされ、裂くように服が脱がされる。  「やめて!」  彼は乱暴な行為に怯える。  こんな乱暴にされたことはなかった。  どんなに強引に見えても思いやるように抱かれてきたのに。  「好きでしょ、ここ」  胸を弄られる。  慣れた指使いに身体が跳ねる。   「舐められたり、吸われたりするのが・・・一番好きなんだよね」   男は囁く。  舌がねっとりと乳首にからみつく。  彼は思わず反応してしまう。  「吸ってあげる」  吸われる。  痛い位に。  これが好き。  「はぁっ」  思わず声が出る。    「君のいいところを知ってるのは僕だけだ。お願い。お願い。捨てないで」  男は哀願する。  甘く乳首に歯を立てられるのも好き。    「んっ・・・」  吐息も甘くなってしまう。  でも嫌だ。こんなのは嫌だ。身体で誤魔化されるのは嫌だ。  「閉じ込めてしまえばいい?君のこと。そしたら 僕の側にいてくれる?」  男の言葉は酷い。  自分勝手過ぎる。   でも指や唇は的確に快楽を引きずり出していく。  「好きに・・・すればいい・・・好きに抱けばいい。オレはもう、あんたのた・・めに歌わない。あんたのピアノも・・いらない」  彼は喘がされながら、男に言った。  身体だけがいいなら。  快楽だけで人の心を支配出来ると思うなら。  人間はそんなに簡単ではない。  少なくとも、俺の歌はそこにはない  男の指が止まった。  男が凍ったように止まる。  男の中で何かが死ぬ。    思わず、「一緒にいてあげる」と言いたくなるような顔。   でも、ダメだ。  彼は知っている。  「・・・止めてくれて、ありがとう」   彼は男にお礼を言う。  そして、押しのけた。  男は簡単に退いた。  彼は立ち上がる。   そして、床に膝をついたままの男へ、哀れむような目を向けた。  男は静かに涙を流し続けている。  大人の男がこんなにも泣いているのを男は初めて見た。  それは、不思議と綺麗だと思った。  「オレはこんなだけど。オレは・・・あまり良く出来てはいないけど」  人と話も出来ない。  怯えてばかりの、弱い生き物。  でも。  「オレを偽ってまで、生きたくないんだ」  そんなオレでも。  男が好きだ。  好きだからこそ、他の男と肌を重ねる男と一緒にいられなかった。  耐えれるはずもなく、目を逸らすことも出来ない。  「・・・さようなら」  好き。  その言葉はもう言えないのだな。  そう思った。  破かれた服を拾い着る。  まあ、いい。  「あなたの作った曲の方がオレは好きだよ」  好きだったと言えないから、言える本当のことを彼は言った。  そして、男に背を向け、出て行った。  泣かなかった。    そして、玄関を出て。    バイクでデタラメに走りつづけて。  ・・・知らないどこかの場所で大声で彼は泣いたのだった。  初めての恋の終わりだった。  

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