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女3

 事務所に駆けつけ、書類を調べて、数カ所に電話すればすぐに問題は片付いた。    監督、制作、作曲、脚本、演出。  全て一人でこなすのは大変だ。  男はため息をつく。  事務所の机の上に見慣れたバッグに気付き、眉をひそめた。  「なんで、アイツがここにいる」  スタッフに言う。  女のバッグだ。  女は最近まるで自分も制作に関係しているかのように、ここに出入りし始めた。  男に自分が与える影響力があるかのように。  まあ、そういう女だ。  だが、目に余る。  一度きちんと言っておかなければ。  「  ちゃん?恋人でしょう」  2人しかいないスタッフが笑う。  男と女は関係を隠そうとはしなかったため、スタッフ達も勘違いしている。  男は反省した。  「そんなわけないだろ。僕には天使みたいな恋人がいる」  男は断言した。  スタッフは戸惑う。   てっきり女が恋人だと思っていたからだ。  「で、アイツはどこに?」  言っておかなければ。  ガツンと。   「あなたの車が見えたから駐車場へ行きましたよ、会いませんでした?」  スタッフの言葉に男は顔色を変えた。    部屋を飛び出す。  駐車場へと走った。  まずい。   それくらいはわかる。  恋人を事務所に連れて行きたくなかった理由のもう一つ。   あの女とは絶対に会わせたくなかった。    あの女はこの舞台の責任者である男の恋人と言う立場を欲しがっている。  そのためになら何でもする。  それくらいは危険な女だと分かっていたのに。  それを面白がっていたのに。  彼に会わせる気などなかったから、油断していた。  男が駐車場で見たのは、恋人の顎を掴み、その綺麗な顔を愛撫するように撫でる女の姿だった。  男の頭に血が上る。    僕の恋人に触るな。  お前が、お前なんかが。  「触るな!」  男は怒鳴った。  本気で怒っていた。  女を突き飛ばした。  「あなた何にもないんだわ。汚いものもないけれど、役に立つものも何も。綺麗なだけなのね。でも、とても綺麗だけど」  女の指が頬を撫でる。  「そうね・・・でも確かに欲しくなるかも。この顔や身体しかなくても。この私がそう思う位だもの。役に立たないものなんて嫌いなのに。あなた・・・本当に汚してあげたい」  女の目に情欲を見て、彼は怯える。   女はもう情欲を知っている。  欲しいものを手に入れる手段だけではない、楽しみでするセックスを。  男との行為で覚えた。  男によるとこれはセックスではなく、なので浮気にもならないらしいが、指や口でイかされてるし、指や口でイかせてる。  男以外とはしていない。  理由は簡単だ。  男とするのがいいのと、出来ればこの舞台の最高責任者の恋人という立場になりたいからだ。  男には紛れもない才能がある。  この舞台は成功する。  そして、男は名前を売るだろう。    女は確信していた。  男の恋人という立場はさらに自分に何かを与えてくれるだろう。  でも、男には恋人がいる。  邪魔だとは思わなかった。  男は恋人をそっと隠している。  それでいい。  表だった恋人が自分でありさえすれば。  後、最後までセックスしてくれれば。  この欲の無さそうな恋人が、大人しくしてくれれば。  ただ、男の恋人は予想外に無垢で、女は嗜虐的な性欲を感じてしまったのだった。    汚したい。    女は思った。  傷つけて、抱きたい。  心に深い傷をつけて、苦しむ彼を抱きたい。  男が女を抱くように。    ゾクゾクした。    「何にもないのに、あなた、あの人にしてあげれること何にもないのに、あの人といるの?」  女は甘くささやいた。  この言葉が彼に染み渡るように。  美しい彼の目に戸惑いと、痛みが見えて、女はウットリとした。    「触るな!」  怒鳴り声。そして突き飛ばされた。    でなければ、女は彼を愛撫するように傷つけ続けていただろう。  言葉で。  男はドアを開けて、彼を抱きしめた。  女が触れた跡を拭うようにその手がこすりつけられる。  「大丈夫?」  頬をすりつけられる。  彼はワケが分からない。  キスを顔に落とされる。  男にしたら、清めているのだ。  「お前がこの人に近付くことは許さない」  男は地面に転がる女に冷たく言った。  女は驚いた目をしていた。  男は女に優しかった。  女の野心でさえ面白がっていた。  でも、今、汚物を見るような目で見下ろしているから。  女は唇を噛み締める。    屈辱だった。  「・・・いいの?私がいなくても」  女は言う。  主演女優なのに。  大切に扱われるべきなのに。  「ああ。お前程度に歌えるヤツはいくらでもいる」   本気だった。  困るだろうが、こんな女の言いなりになる程落ちぶれてはいない。  女はいい。  でも、この女無しではならない程ではない。  大変なことにはなるが、換えはきく。  男の本気に女はまだ自分のゲームではないことを思い知る。  女には男が必要だ。  怒らせるのは得策ではない。  「・・・あなたの自慢の恋人を見たかっただけよ?」  女はにっこりと笑う。  彼にも笑いかける。  「乱暴はやめて・・・女の人だよ」  ほら、優しい彼は男を宥めに、かかる。  傷つけて、ボロボロにして、抱きたい等と女が考えていたことも知らずに。  「何を言われた」  男は彼に怖い目で聞く。  女は内心で笑う。  浮気じゃない、ですって?  こんなにも怯えているくせに。  「・・・『世界で一愛しているって云う恋人はあなたね』って」  真っ赤になりながら、彼が言う。  男は微笑んだ。  安心したのだろう。  女は可笑しくなるが、それは心の中に止めておき、男に微笑んだ。  「あなたの自慢の恋人が見たかっただけよ。素敵な人ね」  女の言葉に男の機嫌が治る。     腕が伸ばされ、助け起こされる。    「あらためて紹介しよう、僕の恋人だ。世界で一番愛している」  男は真顔で言った。    お前ごときでは成り代われないと言う意味ね。  男の言う意味を賢く女は悟る。    「びっくりさせてごめんなさいね」  女は彼に笑顔を向ける。  彼は首をふる。  可愛い。  女は素直に思う。  いつかこの子も私のものに。    女は手を振り立ち去る。  明日、男と抱き合おう。  きっと、ものすごく興奮するはず。  女は笑った。  

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