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女2
「・・・教えて。必要なことは全部」
女は言った。
誰もいなくなった練習室で自ら服を脱いだ。
媚びや、利用しようとする気持ちは見えなかった。
女は男が女に足りないと言ったものをただ、埋めたいだけだった。
男には媚びる必要はない。
男が要求するのは、出来だけだから。
でも、その出来を手に入れるために必要なモノを男から奪おうと女はしていた。
「僕以外を探せ」
男は平然と言った。
「時間がないの」
女は言った。
そうだな。
男も思った。
女の望みは男の望みでもあった。
単なる物欲ではない、官能を女には知ってもらう必要があった。
触れ合い、求め合う気持ち。
女が知っているのは、「コレ」が終われば何がもらえるかだけだ。
それでは困る。
「・・・恋人がいる。世界で一番愛してる」
男は言いかけた。
「そんなことはどうでもいいの!」
女がキレた。
焦っていた。
男は苦笑した。
ここまで道具にされたこともない。
少なくとも彼が寝た女も男も彼を欲しがった。
「仕方ない・・・。ハグから教えてやるよ・・・おいで」
女は思いつめた顔でやってくる。
男は裸の女を抱きしめた。
そこから女と肌を重ねている。
官能を教え込んだ。
女は意外な位、何も知らなかった。
経験の数からは信じられないほどに。
本当の意味ではセックスに興味かなかったのだろう。
濡らして、挿れて、イかせて、何か貰う。
それだけが女のセックスだった。
だから、全部教えた。
指が、唇が気持ち良いこと。
そして、イくこと。
女はセックスで気持ち良くなったことすらなかった。
本当に手段でしかなかったのだ。
「僕はお前のそういうところ嫌いじゃないけどな、お前、この先表現者やっていくなら、目的だけじゃなく情緒とか官能とか、美しさとかも求めないとダメだぞ。どこのビジネスマンだお前」
呆れて囁く。
いや、冷酷非道なビジネスマンでも、セックス位はたのしみでするだろう。
この女にはそれすら手段でしかなかったのだ。
ベッドでこんなことを言うのは初めてだ。
恋人とは違う意味でこんな人間は初めてだった。
「だから・・・あなたが教えてくれるんでしょ・・・」
女は男の下で呻いた。
「最低な女・・・」
苦笑いしながら男は言った。
でも、嫌いじゃない。
そこに指を入れてかき混ぜながら、豊かな胸を揉みしだき、乳首に歯を立てた。
女は軽くイった。
「最後までして。挿れてよ」
強請られる。
「・・・ダメ。それしたらセックスになるから」
男は断る。
でも、多分手で出してはもらう。
でないとツライ。
恋人を抱きたかった。
こんなところで、恋人のことを考えるのは恋人を汚す気がして慌てて頭から消す。
「・・・これだってもうセックスじゃない」
女は膨れる。
「絶対違う」
男は言い切った。
男にとってセックスは恋人とするあの行為だけだ。
こんなモノなんでもない。
「ふうん?」
女は悪そうな顔で笑った。
そして、覚えた快楽に溺れていった。
ひさびさに男は恋人を連れだせた。
なんとか時間をこねくりだし、女への個人レッスンもお休みにした。
この後、打合せはあるけれど、数時間でも出かけられる。
本当は抱きたかったけれど、身体ばかりだと思われるのは嫌だから、少し我慢する。
それに、無邪気に楽しむ恋人を見るのは・・・本当に嬉しい。
水族館に行った。
恋人は水槽に張り付いている。
子供みたいに夢中だ。
イワシの群れが煌めき、方向を変える。
こういった全てのことを、恋人は音に変換し、音楽にしてその身体に流しているのだろう。
男ではそこまで出来ない。
嫉妬はしない。
恋人こそが、音楽そのものだから。
恋人は海の生き物と、夜空が好きだ。
時間が出来たら南の海と、綺麗な夜空を見に連れて行ってやろう。
そこでなら、恋人の歌はどれほど美しく響くだろうか。
後は男にお金を出させることをよしとしない、恋人の気持ちを損なわないようにどうやって旅行を承知させるか考えないと。
楽しみだ。
目を細める。
「魚じゃなくて・・・オレばかり見てる」
恋人は赤くなって囁く。
「今日はこっちが見たいからね」
男は笑う。
顔は相変わらず前髪で隠されているが、その方がいい。
自分以外の人間に見られたくない。
綺麗な姿を引き立てる服を贈ろうかと思ったこともあるけれど、最終的には何も着てないのが一番だと思ったので止めている。
自分だけが知っていればいい。
彼の綺麗さも。優しさも。淫らさも。
人前だけど、背後から抱きしめてしまった。
彼は恥ずかしそうにしていたけれど、男の腕の中から、魚達を見つめた。
「好きだよ」
小さな声で囁きたら、真っ赤になるのか可愛かった。
今日は少しでも早く帰ろう。
少しでいいから触りたい。
男は決心した。
暖かい彼の身体が腕にあって、海の底が目の前に広がっていた。
海の底で抱き合っているみたいだった。
携帯さえ鳴らなけば、幸せな時間がつづいていたのに。
携帯がなってしまった。
「ごめん、絶対埋め合わせはするから」
しょげているのは男だった。
彼は首をふる。
「気にしないで」と。
電話は男ではないと分からないトラブルだった。
車で事務所に男は向かう。
車は中古車になった。
今回の舞台のために、それなりにあった蓄えをつぎ込んでいる。
作ったばかりの事務所に次の仕事が入るかも分からない。
でも男には、今度の舞台が成功する確信があった。
車を駐車場に入れた。
「すぐに終わると思うから・・・車で待っててくれる?」
事務所に連れて行きたくなかった。
理由はいくつかあるが、一つはスタッフ達にさえ彼を見せたくなかったからだ。
何なら部屋にずっと閉じ込めていたい位だ。
愛してるから外に出しているけれど。
この前愛しあった夜、手足を縛った時に、これでもう離さないと思って、安心感を抱いてしまったのは彼には内緒だ。
「終わったら久しぶりに外食しよう・・・」
彼の髪をかきあげて、優しくキスをした。
うっとりと受け入れる彼に、部屋に戻ってからすることを想像して、興奮した。
「・・・行ってくるよ」
男は名残惜しそうに言って、車をでて行った。
彼は大人しく待つ。
男が音楽をかけてくれているので、退屈はない。
そのモーツァルトはシャボン玉のように軽やかに、七色に揺れて、弾けていく。
彼は音を楽しんだ。
正確無比な色使い。
完璧に並べられた音達。
それでも音はユーモアを交えて煌めく。
美しい。
モーツァルトは美しい。
彼が我を忘れて聞き入っていると、窓を叩かれた。
男かと思って彼は窓の方をむいた。
助手席の窓を叩いていたのは、見知らぬ、美しい女だった。
彼は戸惑う。
知らない女だ。
綺麗な女・・・美しい容姿が仕事のために必要な女だ。
きちんと手入れされた髪、肌。
自分を引き立てる服。
完璧な微笑を女は浮かべ、彼に言った。
「開けてくれない?」
彼は迷った。
でも、女の目に何かを感じた。
知らない女の人、でも、この女の人とオレの間には何かがある。
この女の人の、その目がそう言っている。
不安な気持ちて窓を開けた。
ドアではなく窓にしたのは、女の侵入を阻止したい無意識からだった。
女は無遠慮に彼を見つめた。
ボサボサの髪、ぱっとしない地味な服装。
でも女は敏い。
髪からすける顔立ち、輪郭、細い喉、長い手足・・・。
女の目は、彼の前髪を顔からのけて、ぱっとしない服装から品のいい服に着替えさせる。
美しい。
女は思った。
「・・・なるほど。あの人の趣味はこうなのね。宝物は隠しておきたいタイプなのね」
女は納得したように言った。
彼は困る。
どうやら、あの人の知り合いらしい。
オレのことを知っている?
「あなたがあの人の、『世界の誰より愛している』恋人なのね」
女は言った。
笑顔だった。
そこに悪意はないように思えた。
彼は真っ赤になる。
「世界の誰より愛している」あの人の言いそうな台詞だけど、まさかよそでも言ってるなんて。
女は面白そうに彼を見つめる。
「あなた・・・真っ白なのね」
女はつぶやいた。
女の指が、彼の顔に伸びた。
顎をつかまれた。
彼は知らない女性に突然触られ硬直している。
「あなた・・・綺麗だわ。汚したくなるくらい。・・・でも、白すぎて、なんにもないのね」
女は囁いた。
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