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曲2
「曲?」
彼は恋人にもたれながら繰り返す。
「そう、もう一曲つけくわえたいんだけどね。・・・彼女が彼への愛に気付き歌うわけ。ここがねぇ」
男は溜息をつく。
「ここは色を変えたいんだよね、僕の曲でなくてもいいかと思ってる。なんなら、既存の曲でもいい。このストーリーは僕の曲調だけでは厳しいんだよね」
男は今回、監督だ。
ミュージカル仕立てのステージを作り上げている。
このステージという作品が良くなるためなら、自分の曲だけに拘るつもりはなかった。
むしろ、自分らしくない曲を作るくらいなら、人が作ったものの方がいい。
でも、頼むにしても、まだあの男を怖れる人たちは仕事を受けてくれないだろうし。
らしくなくても、自分で作るしかなかった。
溜息。
キーボードを叩く。
ヘッドフォンをつけたままなので音はしない。
「作曲って難しいの?」
彼が腕の中から無邪気に尋ねる。
男は苦笑する。
彼が音楽を作り上げるのを聞いたことがあるのだ。
・・・あれはあの歌は凄まじいものだった。
でも、同時に理解している。
あれは一回きりの歌なのだ。
二度三度、演奏されることなどない歌。
思いだそうと付箋に書きつけようとしてみたけれど、何故か思い出せなかった。
一度聞いた曲は忘れないのに。
「君には難しくないよ・・・」
ふと思いついた。
「音譜の読み方は教えたよね」
彼は音楽の正規教育は一切受けていなかった。
付き合いだしてから、楽譜の読み方は教えた。
「一度曲を作ってみてよ。僕のために」
男は笑った。
ああいう歌ではない曲も彼は作れるのではないのだろうか。
あれは歌と言うよりも、もっと違う何かだけど。
彼がもし、曲を作るとしたならば、それはどんな曲なのだろう。
興味はあった。
「あなたのために?」
彼は男を見上げた。
「そう。僕のために。もう寝てね・・・明日仕事でしょ」
男は恋人をベッドに連れて行き、優しくお休みのキスをした。
そして、どうしてもつくらなければならない曲を考え続けた。
彼は布団の中で男の言葉について考えつづけていた。
彼は大切な恋人にラブレターを書くことにした。
またしばらく会えない日が続く。
家に帰らない日も出てきた。
どうせ待つなら、ラブレターを書こうと。
それは、曲で作ったラブレターだった。
男が作るように音を積んでみた。
面白い。
楽譜の書き方を理解したから、彼は一気に書き上げていく。
出会うまでの日々。
柔らかく不満はない、でも、単調な日々。
母を失った悲しみ。
それを音にする。
でも、あなたが現れ世界が変わる。
奪われるように抱かれながら、身体と心にその存在を刻みつけられる。
知らなかった官能、切ないまでの恋情。
そして、愛される喜び。
世界が光に満ちる。
そしてあの男の存在を知り、耐えられないほどの嫉妬と苦しみに焼かれる。
男を失った切なさ、そして帰ってきてくれた喜び。
そして、あふれる位愛している今。
それら全てを、彼は音にして刻み、楽譜に記した。
愛する男の音楽に似せて、その曲には色がなかった。
愛してる。
その曲はずっとそれをリズムとして刻みつづけながら、二人の今までをうたった。
ラブレターだった。
口下手な彼の一世一代のラブレターだった。
彼は悩む。
このラブレターをあの人は喜んでくれるだろうか。
夜遅く男は帰って来た。
ベッドに潜り込んで、彼を背後から抱きしめる。
疲れてるのだ、と思った。
でも、ちょっとだけ。
「あの」
彼は言う。
「ん?起こしたね、ゴメン」
髪にキスしながら眠そうに男が言う。
「明日でいいから・・・見てね」
彼は囁くように言った。
ベッドサイドのテーブルに大きな封筒にいれて、楽譜を置いていた。
明日、明日、オレが仕事に行った後に見てくれた方が良い。
恥ずかしいから。
彼は慌てて眠ろうとする。
言葉じゃないだけに、ダイレクトに心を伝える音楽でのラブレターは死ぬほど恥ずかしくもあったのだ。
「何かな?」
男が興味を持ってしまった。
男が起き上がる。
彼はやはり恥ずかしくなって、封筒を隠そうと手を伸ばした。
男の長い腕が先に封筒を奪う。
「そんなことされると、気になるなぁ」
男は笑った。
封筒を開き、手書きの楽譜に驚く。
「・・・君が?」
男は尋ねた。
目が真剣だ。
飛び起き、貪るように楽譜を読む。
「あなたのために書いた」
恥ずかしそうに彼は言った。
男は楽譜を掴んで隣の部屋に飛び込んでいく。
彼は驚き追いかける。
男は夜中にも関わらず、キーボードを弾きはじめた。
彼の曲が始まる。
男は楽譜をおいながら弾いていく。
美しい音楽が鳴り響いた。
男の指は、彼が頭で鳴らしていた以上の音楽に変える。
光、光、光。
彼は自分の音楽を男が弾くことに陶酔する。
これはもう・・・セックスじゃないか。
曲が終わった時、男は両手で顔を覆った。
彼は自分の曲がいけなかったのかと、悩んだ。
素人の曲だ。
こんなもの、喜んでもらえないのかな。
「・・・してる」
男が呻いた。
男は泣いていた。
「君は僕を、愛してる・・・」
男は涙を流しながら、彼を見つめた。
曲は伝えてくれた。
彼がどれほど男を愛しているか。
男はそれが嬉しかった。
自分ほど彼は自分を愛していないのではないかと、思ってしまう時もあったから。
男は泣きながら彼を押し倒した。
抱かないわけにはいかなかった。
「君は僕を愛している」
幸せそうに、ささやかれ、彼はそっと男を抱きしめた。
全てを受け入れるために。
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