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破局2

 ガチガチ。  歯がぶつかる音を立てる。  彼は震えていた。  身体が認めないのだ。  男に裏切られていたことを。  会場のロビーにあるソファに座りながら、彼はふるえ続けていた。  同僚が貸してくれた上着を自分の上着の上から着てこいいるけれど、寒さが止まらない。  呼吸がおかしい。  息が吸えない。  「ちゃんと息をしろ!」  同僚が肩を抱いた。  彼は震えながら喘ぎながら、何が起こったのかを必死で理解しようとしていた。  訳が分からない同僚は、ただ心配そうに見守るだけだ。  「あの人に会わなきゃ」  彼は呟いていた。  同僚は彼が声を出しているのに気付くが、そっとしておく。  対人に対する緊張以上の不安が彼を襲っているからだと分かったから。  彼は立ち上がった。  「会わなきゃ・・・」  彼はフラフラと歩きだきた。  会場ではカーテンコールが終わったらしい。  もうすぐ会場から出てくる観客でここは埋め尽くされるだろう。  彼は奥へ奥へと進んでいく。  同僚は心配そうについていく。  関係者以外立ち入り禁止な場所にまで来た。  彼は構わず入って行く。  「お客様・・・」  止められた。  「あの人に会わせて!」  彼が叫んだ。  正気じゃないのは一目でわかる。  警備員におさえつけられそうになるのを同僚が止めた。  「こいつの恋人が関係者らしいんだ、呼んでくれ」  同僚は彼の名前を告げた。  彼を警備員ではなく、同僚が抱くようにして止める。  同僚の腕の中で彼は身悶えした。  「あの人に会わせて!」  彼は叫んだ。  「落ち着けって!」  同僚は困ったように彼にささやく。    会場スタッフは悩んでいたが、どこかへ駆け出して行った。  そして、やってきたのは・・・まだステージ衣装のままの女だった。  女は美しかった。  同僚は見とれながら呟く。   「こんなに綺麗な女王様なら、Mでいい・・・」  女を彼の恋人だと思ったらしい。  彼は悲壮な顔で女を見つめた。  「あの人に会わせて・・・」  女はにこりと笑った。  ゾクリとしていた。  傷つききった彼の顔がたまらなかった。  顔を隠すことさえ忘れて、綺麗な顔がさらけ出され、心の痛みがかくされていなかった。  どんな愛撫よりも女の興奮を呼び覚ます、その彼の顔。  その傷。    なんて、可愛いの。  女は思った。  でも、親切そうな優しい笑顔を浮かべ、警備員達に大丈夫だと告げる。  「・・・会いに来たのね?会わせてあげる」  女は優しく言った。  彼は暴れるのをやめた。  大人しく女についていく。  同僚も続く。    「この人じゃないのか・・・」    少し同僚は残念そうだった。  セックスが上手くて、めちゃくちゃ優しい、二股していた、ちょっとSな性行為が好きな、彼の恋人。  同僚なりに幻想があるらしい。    「あなたは?」  女に話しかれられて、同僚はどぎまぎする。  ハードにグレてはいたが、喧嘩ばかりだった少年時代。  社会人になってからは会社と格闘技ジムの往復。 女の子には縁のない男なのだ。  「ボク、ボクはコイツの友達です」  正気なら彼も同僚が「ボク」などと言っているところを笑っただろう。  でも、彼は何も考えられなくなっていた。  同僚が支えるように歩く。  「入るわよ」  女が控え室のドアを叩いた。  中から面倒くさそうな男の声がして、彼の心臓の鼓動が速くなる。  「お客様よ」  女は艶やかに笑ってドアを開けた。  そして、誰かと打ち合わせしていた男は顔を上げて、彼を見つけた。  そして、彼は確信した。  その顔が。  その目が。  男は彼を裏切っていたことを教えてくれた。  「観に来るのは友達じゃなかったのか・・・君が嘘をつくなんて」  男は立ち上がり、彼に近寄りながら云う。  多分、自分が何を言っているかもわかっていない。  男の顔も蒼白だ。  「・・・言いたいことは・・・そんなこと?」  彼は絶望したように言う。  同僚が背の高い男と彼を見比べて、悟る。  「お前の恋人って・・・」  ショックを受けていた。  「女王様じゃない・・・」  そっちの幻想が壊れた方にらしい。  男は彼を支えるように立つ同僚に初めて気付いたようだった。  「誰に触ってる!」  男は怒鳴った。  剥き出しの嫉妬だった。   同僚は眉をひそめた。   このバカ、何を言っている。  怒鳴ろうとする前に声がした。  「あなたにそんなことを言う権利はない」  彼が言い返していた。  同僚は気付く。  彼は今、自分で身体を支えていた。  自力で立っていた。  彼はそっと彼の身体から手を離した。  勇敢に破局に立ち向かおうとしている男に敬意を払って。  彼の美しい目は男を射抜くように見つめていた。  男は彼に近づけない。     「どうして?」  彼は尋ねる。  彼の目は揺れているが、涙は出てこない。  出さない。  彼は愛する人の前でなら泣く。   でも、自分を傷つけた者の前では泣かない。  「愛してる、愛してるんだ」  男は叫ぶ。     これだけしか言えない。  これだけは真実。  「必要だったのよ。あなたの歌が」  ねっとりとした甘い声で女が言う。  待っていた瞬間だった。  女の奥が濡れていた。  この美しい男がここまで傷付く姿がずっと見たかった。  女は男の隣りに並び、男の肩に頭を預けた。  その腕に腕を絡まらせる。   「必要だったの・・・私達には」  女は艶やかに笑った。  男は女を呆然と見つめた。  その指が男に触れることが慣れていることを彼は悟る。  その視線が、何度も身体を繋ぎながら重ねられていたものであることが解る。    彼はここでも裏切られていたことを知る。  ああ。  オレといない夜。  恋人はこの人と過ごしていたのだ。  寂しさに、自分の指で彼が自分を慰めている間、男はこの綺麗な人と夜を過ごしていたのだ。  「愛してるんだ」  男の声が空しく響いた。

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