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破局1
男があまり帰って来なくなった。
ステージが始まったから仕方ないのだろう。
男もそう言っている。
たまに帰って来たら、容赦なく抱かれる。
今までは、彼の仕事のこととか考えてくれていたのに。
男の抱き方は、もう二度と会えないかのような切なさをぶつけるような激しさだ。
いつも、これが最後みたいな必死さで。
「愛してる」
狂ったように男は叫ぶ。
抱ける時は夜も昼も構わない。
僅かな時間でも貪られる。
おかげで・・・仕事を休んでしまったこともある。
休んだことなどなかったのに。
噛むことや、縛られる行為もエスカレートしている。
傷だらけの身体に同僚が心配している。
「いや、SMでも事故はあるらしいから、程々にな。救急車に乗るの恥ずかしいらしいぞ」
すっかりM男認定されてしまっている。
「オレはむりだったわ」
SM風俗を試してみたことを告げられ、引いてしまったのは彼だった。
ステージが始まって気が高ぶっているだけだと、彼は自分に言い聞かせる。
ステージは大成功だった。
口コミでの評判が評判を呼んで、テレビ等でも紹介され、全国でのツアーももう決まっている。
だから、ますます会えなくなる。
彼は切ない。
寂しい。
でも、会うと怖い。
何であんなに必死でオレを抱くんだろう。
彼には分からない。
でも、男の成功は嬉しい。
本当に嬉しい。
ステージを見たいなぁ、と思うのだけど。
「まだ試作品みたいなものだから」
と男は見せてくれない。
完璧になったら見せてくれるのを楽しみに待っている。
同僚まで、そのステージについて知っていた。
「デートに誘ったらさ、それに行きたいって女の子が言うんだけどさ、チケット手に入らないんだよな」
同僚はぼやく。
やっとデートにまで漕ぎ着けれた女の子が出来たらしい。
彼は考えた。
同僚には本当に世話になっている。
なんとかしてあげれないだろうか。
「チケットなんとかなるかもしれない」
LINEでうつ。
「マジか!」
同僚は喜ぶ。
「オレの恋人が関係者だから」
ちょっと自慢気に彼は打つ。
「頼むよぉ。彼女が欲しいんだよぉ、オレだって!!」
同僚は土下座せんばかりだ。
彼は男にその場でメールを入れてみた。
友達が女の子をデートに誘いたいのだけどチケット2枚目手に入らないかな、と。
お世話になってる友達だ、と。
めったにないおねだりだった。
初めてと言ってもいい。
メールはすぐに返ってきた
「チケット2枚目、明後日のでいい?」
彼はLINEで打つ。
「ありがとう!」
同僚は躍り上がって喜んだ。
その晩チケットを持ってきた男に、彼はやはり激しく抱かれた。
男は怯えるように、彼を貪り、その身体中に、自分の印を刻みつけた。
愛されているんだ。
彼はそう思おうとした。
これは愛なんだ。
「愛している」
男は切ないほどの痛みをこめて、彼に朝まで囁き続けた。
明日はデートだと浮かれて、飛んだまま窓も拭けそうな同僚が仕事後、スマホでLINEを確認し、息絶えた。
本当に崩れ落ちた。
女の子にドタキャンされたらしい。
地面に倒れて動かない。
ピクリともしない。
彼は心配する。
「そんなに好きだったの?」
LINEを打ち込む。
「いや、今年に入って15人位にフラレてるから辛すぎるだけ」
地面に横たわったまま同僚は呻く。
「君はいい男なのにね」
彼は心から打つ。
「だろ!」
同僚が途端に元気になって起き上がった。
でもフラレる理由はちょっとわかる。
彼女欲しさにがっつきすぎるのだ。
もう少し抑えれたら、優しい男だし、面白くもある。
彼女は出来るだろうに。
でもそういうのはうまく言えない。
彼は苦笑いする。
「チケット・・・せっかく用意してくれたのにな」
同僚がすまなそうに言う。
彼は少し考えた。
「一緒に行こう。オレも行ってみたかったし」
打ち込む。
「そうだな・・・そういや、休み一緒に出かけたことなかったな」
同僚が笑った。
もう元気になっている。
「女の子いたらナンパする。今度こそ」
前向きなのだ。
でもそのがっつきがダメなのだけど。
少し諦めた頃に多分彼女は出来ると彼はみている。
彼は内緒で見に行くのは、ちょっと男に悪いと思ったけれど、でもずっと見たかったのだ。
男の作った作品を。
楽しみにしてたのだ。
なかなか見せて貰えないのにちょっとがっかりしていた野だ。
その晩は男は帰って来なかった。
彼は明日、男をチラリとでも見れるだろうかと、思った。
会えなくても、ちょっと見れるだけでもいい。
どんなステージなのか楽しみすぎて、眠れなかった。
とても良い席だった。
男は彼の初めてのおねだりをとても大切に受け取ってくれたことは間違いなかった。
最初に上演した小さな劇場ではなく、今は大きな劇場で上演されていたから、この席の値段はとても高いだろうことは分かった。
嬉しかった。
彼の友達のために用意してくれたのだ。
彼の顔が立つように。
思わず顔が綻ぶ。
同僚はこういう場所は慣れないらしく、キョロキョロしていた。
「音楽好きなの?」
始まる前だからLINEで聞く。
「いや、でもお前の歌は好きだぜ」
屈託なく同僚は笑った。
彼はそれは歌にならないと思った。
ステージが始まった。
最初、アマチュアばかりだったステージは、上演期間が長くなってプロも参加し、アマチュアだった連中が育っていって、今では男が望むようなレベルに近付いている、と男が言っていただけのことはあった。
始まりから引き込まれた。
全キャストでのコーラスから始まる。
音は完全な構成で構築されていた。
隙間に差し込まれるリズムさえ、物語のこの先の不安を指し示していた。
光だけで構成される魔法。
色がないからこその、透明感。
そして、シンプルなようで、痛みに触れるような物語。
彼は引き込まれていった。
歌と僅かなセリフだけで構成される舞台は、ライブのようでもあり、会場の熱気も引き込んでいく。
主演女優か歌う。
ハードに熱く。
あの人はこんな曲も作れるんだと、彼は楽しくなった。
でも、音の構成は完璧で、ピタリとしなうような空気感のキレ具合は、どこかクラシックの匂いもした。
横で踊り狂う同僚に笑いながら、彼もリズムに身を任す。
会場が揺れていた。
ぶつけられる光。
ぶつけられるリズム。
声が叩きつけられる。
主演女優の歌は良かった。
測ったようなエッジは訓練の賜物だろう。
そして、「私を見て」と叫ぶような存在感は、まさしく舞台向けだった。
音楽で恋を描き、音楽で笑わされた。
人々を魅力せずにはいられない、素敵なエンターテイメントがそこにあって、彼は男を素晴らしいと思った。
本当に凄いと。
でも、その曲が始まった瞬間、彼は動揺した。
物語は切なさを増していた。
そこで、主人公の女は男への愛を確かめるように歌い始めた。
その始まりのピアノから、彼の顔から微笑みが消えた。
冷え切った気配に、隣の同僚が思わず彼に目をやった。
「お前・・・」
同僚は驚いた。
先程まで、はしゃいでいた彼の顔から色が消えていた。
唇まで真っ白だった。
女優が歌い始めた。
彼は両手で顔を覆った。
それは・・・彼の、彼の極めて個人的なラブレターだった。
羞恥で彼は震えた。
沢山の、こんなにも沢山の人たちの中で、彼の柔らかい、密やかな想いはぶちまけられていた。
大事な大事な、恋心だった。
それは大勢の前でさらしものにされていた。
「大丈夫か」
同僚が倒れそうになる彼を支える。
「駄目だって言ったのに・・・。分かったって言ったのに・・・」
彼は呟いた。
あの人は。
恋人は。
オレにウソをついていた。
「出よう」
同僚が囁いた。
彼を担ぐようにして、会場の外へと歩き出す。
彼は舞台を見続けていた。
惚けたように。
舞台の近くの良い席だったから、女優は出て行く人が見えた。
そして、それが誰かも、わかった。
女優は彼を見つめながら、完璧な音程で彼が作った男への恋心を、歌いあげた。
それは残酷なほどの喜びがあり、人の心を強く動かした。
会場は曲の終わりに女優へ熱狂的な拍手と感嘆の声であふれた。
その中で、彼は魂を抜かれたように同僚に担がれ会場を出て行った。
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