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同居2

 「朝ご飯が出来たよ~」  男が言う。  料理上手な男が豪華すぎる朝食をテーブルに並べる。  「ピーマンはないな?」  友人が聞く。  「ないけど、何故君がここにいるのというより、毎日いるよね」  男は冷たく言う。  「コイツが困った目に合わないようにしないとな、監視だし、前から良く泊まってるし、出入りしてる」  友人は言う。  連れてきてしまったことに責任を感じるのか、毎日立ち寄ってくれる。  泊まる日もある。  昨夜も泊まった。  「僕が隣りの部屋で寝袋なのに、何でコイツは君の隣りで寝てるわけ!!」  男が真剣にキレたが、ベッドの下に布団を引いて寝ているだけだ。  男を寝ている部屋に入れると危険度がまるで違う。  「・・・お前と一緒にすんな。獣だろうがお前」  友人は朝食を美味しそうに食べる。  和食だ。  「・・・嫌がることはしないよ。気持ちいいことしか」  男はしれっと言う。  絶対に夜は男を部屋に入れないことを彼は決意する。  促されて、座る。  「いただきます」  手を合わせてから食べる彼を男を愛おしげに見るのが困る。  困惑してる。  そうでなくても・・・色々困っているのだ。  なんだか男がいるのが当たり前のようになっているのも怖い。  もう一週間になる。  男と友人が何故か打ち解けているのも怖い。  「確かにお前がおかしいってのはオレも納得したんだ。・・・お前がこのままだと壊れてしまうって言うのも」  友人は男を連れて来た夜、約束通り電話してきた。  怒る彼にそう言った。  「一生懸命頑張ってるし、頑張ってる。でも頑張り過ぎてる。なぁ、お前この五年で休んだことあるか?」  言われて気付く。  男に昨夜散々抱かれ、思わずジムも休んだ。  それが初めてだったことに。  でも、確かに仕事か、ジムか。  仕事、練習、ジムの手伝い。  これらを毎日繰り返していた。  寝る前に少し本を読む以外、プラネタリウムや水族館ももう長く行っていなかった。  行くと男を思い出すと言うのもあったけれど。  「楽しくやってる」  彼はそうとだけ言う。  それは嘘ではない。  「ああ、それもわかってる。でも、お前まだあいつが好きなんだろ?」  直球で聞かれた。  彼は黙る。  男を?  忌々しい。  許せない。  でも、視線が合っただけで抱かれたくなってしまったほどには、まだ、愛してはいた。  絶対に男には言わないけれど。  「ちゃんと嫌いになれ。そのためにお前がもっと傷付くのは嫌だけど、確かにお前は無理している。だから、歌えないんだ。あの男にキチンと愛想つかせるんだ、全部納得して完全に捨て去れ」  友人は言った。     友人なりに考えてくれているのは分かった。  でも、分かってない。  本当に分かってない。  彼はこの一週間苦しんでいた。  男と生活すること自体は快適だったし、男は一緒にいて楽しいそう言わざるをえない。  そういうことではない。  憎しみや恋情などが問題なのではない。  心配して友人が来てくれるのも余計に彼を苦しめた。    ただ、純粋な欲望に苦しめられていた。  5年ぶりのセックスは良すぎた。  忘れていた快楽を求め、身体がうずく。  だからと言って、男としたがっているわけではない。  そこまでプライドを捨ててまで生きていくなら死んだ方がマシだ。  でも、あの夜の残像は身体を焼いた。  情けない話だけれど、自慰でいい。  自慰に狂いたかった。  男にされたことを思い出しながら、自分でしたかった。  多分一晩中でも絞り出せただろう。  でも、妄想の相手は隣りの部屋に寝ていたし、隣りに友人がいてたりしては、どうしようもなく、風呂やトイレで隙をみてしなければならないのがつらかった。  一人にして欲しい。  彼は本気で願っていた。    それなのにその原因である男は涼しい顔をしている。  自分だけが欲望に捕らわれているのが悔しかった。  つらかった。  でも、妄想の中で彼を抱くのはこの男なのだ。  彼の歌を取り戻すことには男は真剣に取り組んでいた。  押しかけてきた次の日から、色々始まった。  まず、キーボードが鳴らされた。  でも、男の問いに彼は首をふる。  曲どころか、彼は音階すらわからなくなっていた。  音の一つ一つに色さえ見て、視覚的に認識していたのに、今はそれがただの音、全てがただの音にしか聞こえていなかった。  男は唖然とした。  「ここまでとは・・・」  男はつぶやく。    そして男はキーボードで何かを演奏しはじめた。  あれほど、男の演奏に夢中になったのに、今の彼にはそれが全く心に響かない。  ただ音がしているとしか思えない。  「何の曲?」  彼は聞いた。  「・・・分からないの?」  男は震える声で言った。  男は演奏を止めて、両手で顔を覆った。  男は泣いていた。   「君が僕のために作った曲だ・・・」  男が苦しげに言った。    それは彼の愛だった。  それは彼の気持ちの全てだった。  音で書かれた、男へのラブレターだった。    でも、今の彼にはそれは、ただの音でしかなかった。  男へ向けた愛の曲を彼はもう、認識さえ出来ない。  まるで彼への愛はなかったかのように。  男が静かに涙を流すのを、本当につらそうに涙を流すのを、彼は複雑な気持ちで見ていた。  

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