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探索4

 「オレとアイツがスパー?そんなの良くしてるぜ、今更なんでそんなことするんだ」  友人は言った。  手だけのスパーならむしろ彼の方がうまいくらいだ。  彼のボクシング技術は会長のお墨付きだ。  「いつものスパーじゃないんだ。本気でやって欲しい」  男は言った。  「いつだって本気だ。練習に手をぬいたことはねぇ」  友人はむくれた。  「試合のつもりでやって欲しい」  男は言った。  「試合の・・・?なる程・・・」  友人は納得した。  男の意図もわかってきたらしい。   「会長の許可はとったのか?・・・そういうのは会長の許可がいる。スパーリングとかは全部会長の許可無しには出来ない」  友人の言葉に男は頷く。  「勿論、ちゃんと許可はいただいている」  男はしっかり会長に取り入っていた。  すっかり短い間で可愛がられるようになった。  やれば男が出来ることを友人も彼も知った、礼儀正しい態度。  社会人らしい言動。     実にジムでは好青年だった。  これは驚きだった。   そして、これは驚くことではない、気配りの効いた態度はジムの人々からも好評だった。  元々友人に「お母さん」呼ばわりされているくらいだ。  男はその気になりさえすれば、いや、その気にならなくても、魅力的な男だった。  人の心をつかむのはうまい。  でも何よりも、会長は男の彼を想う気持ちに心を打たれたのだ。  どこまで話したのかわからないが、この数日ジムが終わるまで見学しながら待っている間、すっかり会長と打ち解けて話をし、何かを打ち明けていた。  会長は帰りに彼の背中を叩いた。  「お前には・・・本当に友達に恵まれているなぁ・・・」  人の良い会長が涙ぐんでいた。  あの男が何を言ったのだろう。      ・・・そこは気になったが、余計なことは言わなかったらしいことには安心した。  それも意外だった。  好き放題して好きなことを言う男しか彼は知らなかったからた。  とにかく、すっかり会長は男を信頼していた。  「もう少ししたら会長さんが戻って来るから、スパーの準備をしてくれ」    男は言った。  男はジムの受付を会長に代わってしてさえいた。  もはや会長のスケジュールまで男は押さえていた。  友人や彼のホームグラウンドはもうしっかり男に掌握されていた。  友人は思った。  コイツ、本当にヤバい。  絶対に敵にまわしたらダメなタイプだ。

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