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想い人

美優は落ち着いた女性だ。 数日も経つと多岐が美優と付き合っている噂が確信に変わり、ゲイだと笑っていた同級生も多岐を貶さなくなった。 いっそこのまま両性愛者になってほしいと切に願った。 そうすればなんの問題もなく美優と結婚し、子どもを作れるかもしれない。 だが、そこが難関だった。 「多岐くん……今日よかったら、お家に行ってもいい?」 「へっ? あ……ごめん、今日はちょっと難しい、かも」 購買で弁当を選びながら適当な返事をする。 正確には呼ぶのが怖い。 彼女を家に連れ込むというのはイコール行為をするということ。 悲しいかな多岐は美優の体をどれだけ見ても反応しない。 ノンケが男を見ても勃起しないのと同じだ。 大人びた雰囲気を作ろうと美優の腰を抱き寄せてみたり、官能的な触れ方をしてみたりもした。 それでも拒否反応を示す自身の体に嫌気がさす。 「……そっか。でも大丈夫、いつでも待ってるよ」 「うん……ごめん」 ひどい罪悪感だった。 多岐にしてみれば女性と手を繋ぐことさえ違和感で仕方ない。 もちろん女装の趣味があって女性になりたい願望があるわけではない。 自分は男であるし、生まれ変わっても男でありたいと思っている。 「あ!」 「えっ、なに!?」 「ごめん多岐くん、わたし教授に呼ばれてるんだった。お昼ご飯間に合わなかったら先に食べてて」 ごめん、と手を合わせて美優が駆けていく。 冷や汗が垂れる額を拭い、適当に弁当を買った。 多岐の薬はいつもショルダーバッグに入れてある。 毎食後に服用する薬を1錠取り出して袋の上にポンと置いた。 「聞いてた話と違うんだが?」 「ッ!」 榊原の声に肩が跳ね上がり、多岐は慌てて薬を隠した。 「サッキー……おは、よう」 「誰だよあれ」 「……彼女。言ってなかったけど俺どっちもいけるからね。ゲイというかバイ、みたいな?」 「あ、そう」 「あの子……健気で可愛くてさ、いいんだよね〜。俺ああいう子好きだわぁ」 「……」 女も好きになれる。 そう見せつけることで安堵した。 榊原にはどう映っただろう。 そう思ったとき、ポンと頭に手が置かれた。 驚きで節句した多岐が顔を上げると、真顔の榊原が見下ろしている。 「な、に、?」 「……」 なんだよ、その目。 まるで俺を可哀想と言ってるみたいに。 自分は可哀想じゃない。 両性愛者で、バイで、女性とも行為ができて…… 「やめてよ、なんでなでんの」 「おめでとうって意味だよ」 「っ」 恥ずかしい。 自分は勝手に同情されていると思って冷たい態度をとった。 だが、榊原からすればお祝いの意味だったようだ。 なぜだか泣きたくなって弁当のビニールを強引に剥がす。 「あーちゃん連れてくればよかったなぁ」 「は? あーちゃん?」 「アザラシのぬいぐるみ。俺の癒しなんだよね〜」 「変な趣味だな」 「そういうこと言うー? 超かわいいのに」 榊原は多岐の隣にある丸イスへ腰かけると、遠い青空をぼんやりと見上げた。 ……綺麗な横顔。 母性的な端麗さを持っている京極とは違うタイプで、情熱的な男を感じる美しさだ。 「……ジロジロ見んなよ」 「っ! あ、ごめん。つい」 ____見とれちゃって。 なんて言えるわけないだろ…… 優しくされたからだろうか、ゲイを否定されなかったからだろうか。 自分のことがよくは分からないのに胸の鼓動は普通じゃないと知っている。 「お前、治んねえの? それ」 「へ?」 「薬の」 「あ……パニック症は治るよ。でも時間がかかるんだ、だから薬は再発しなくなるまで続けなきゃいけない。根本の苦しさの原因が解決しないと」 「……この間泣いてたのは、結局なんなんだ」 「ッ、え……あ、れは」 ゾクッと鳥肌が立つ。 正直、阪口の一件から同性が怖くなった。 美優は多岐より力が強くないし、犯すなんてこともできない。 だから傍にいられるだけだ。 「同級生に……おか、お……」 「……本当に言いたくないなら言わなくていい。無理させたいんじゃない」 「無理やり……トイレで、犯され、て」 榊原の目の色が変わった。

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