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想い人

鼓動が加速する。 いい意味でも悪い意味でも。 ゲイだけれど女性と手を繋ぐのも案外平気で安堵する。 美優はというと、堂々とできないのか俯いたまま多岐についていくだけだ。 「美優ちゃんはもっと気が強いのかと思ってた」 「ち、違うから。そんなんじゃ」 「ちょっと多岐りん! いくら可愛いからって手出すの早すぎ! え、本当に付き合ってる系!?」 「うん、付き合ってる系」 ふふん、とわざと鼻を鳴らして自慢げに言った。 信濃は「なんかちょっと悔しいわ」と笑い、多岐の尻を蹴る。 「痛いっ、嫉妬しないでよ。しなのん」 「ばーかっ、誰がヘなちょこ男を好きになるのよ! あ、ごめん。美優ちゃんの悪口じゃないから!」 「あはは、大丈夫」 「多岐りんの顔は商売に使えるし好きだけどね」 「やめて? 俺の顔にしか興味ないんじゃん」 「まあね〜。でも祝福してあげるわ、多岐りん何気にモテてるからあんまり派手な行動しないのよ」 母親のように背中を押され、なんとも言いがたい気持ちになった。 「じゃあさっそく報告しようよ! 千里くんたちに!」 「はぁ? なんで真っ先に?」 「友達でしょう!? ほらほら、探すよ〜」 気乗りはしない。 榊原は多岐がゲイだと知っている。 彼女ができたと知ったらどんな顔をするのだろう。 「ゲイじゃなかったっけ?」と皆の前で言われるだろうか。 胸の奥にある不快感が拭えない。 自分が裏切ってしまったんじゃないのか。 ああ……気まずい。 「いた! 千里くーん!」 校庭で菓子を広げている京極と榊原の元へ駆け寄っていく。 榊原と目が合うと思わずそらしてしまい、気まずさに逃げたくなる。 「聞いて聞いて!」 「おはよう、どうしたんだ?」 「多岐りんに彼女ができたの! しかもこんっなに可愛い彼女!」 「お、大げさだよ渚ちゃんっ」 信濃の報告に2人とも唖然とし、美優は嬉しげに照れて顔を隠す。 「それはおめでとう。仲良かったからまさかそうかと思ってたけど、本当に付き合うなんてな」 「え、京ちゃん知ってたの」 「ああ、俺は多岐と知り合う前から多岐のことは知ってたから。高校同じだしね」 「待って、それがもう嬉しすぎるんですけど!」 舞い上がるほどの愉悦。 だが以前のようなドキドキではなく、ファンとしてのそれだ。 調子が狂いそうになった。 一方で榊原はさほど興味なさげにスマホに視線を落としていて、どうしてか残念な気持ちになる。 「美優ちゃん、本当におめでとう」 「ありがとう……嬉しすぎて顔上げられない」 「はは、めっちゃ大げさ〜」 「大事にしてあげなよ? 多岐」 「もちろん!」 祝福される自分。 恋人ができて喜ばれる自分。 ずっと理想としてきたことなのに、胸が苦しくて心地悪い。 望んでいたはずだった。 こうして「おめでとう」と言ってもらえる人達が羨ましかった。 叶っただろう、喜べよ。 もっと嬉しいって顔をしろよ。 どうしてできないんだよ…… 「あ! 講義の時間だ。美優ちゃん行こっ、しなのんも」 「ちょっと照れ隠し〜? はいはい、榊原くんも講義出なよー」 「……いい」 「一稀の母さんは大学の講師だもんなぁ。陰で努力してるんだよ、一稀は」 「アホ、余計なこと言うな」 榊原はどう思ったのか気になる。 嘘つき? バイ? それともたらしか。 気にはなるが、実はどうでもいいのだろうと思う。 多岐が思っているほど榊原は多岐を見ていない。 今だってそうだった。 「____以上で終了です。質問がある方は個人で聞きに来てください」 淡々とした教授の声に眠りかけていた多岐は美優に肩をさすられて目を覚ました。 微笑ましげに自分を見やる美優。 そういえば、付き合っていたんだった。 「ああ……よく寝た」 「多岐くん、寝顔可愛かった」 「え? マジで寝てたの」 「寝てたよ。机に突っ伏して」 「うへー、不覚……」 人間の心理だなぁ…… 教授の声が心地いいせいだと責任転嫁して伸びをした。

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