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想い人

「榊原くん、ああ見えて一途らしいね」 帰路をたどりながら信濃が呟いた言葉に多岐はピクっと反応する。 「なにそれ、ウケるんだけど。なに情報?」 「千里くんに聞いたの。高校から付き合ってた子がいたんだけど別れちゃって、ずっと引きずってるんだってさ」 「へ、へー……」 「榊原くんって、少し怖い人なのかと思ってた」 「全然よ! ちょっと口は悪いけど、しゃべってみたら案外優しいの」 「そうなんだぁ」 元カノを忘れられないってことか…… 勝手になにを期待していたのだろうと自己嫌悪に陥る。 榊原は優しいだけでゲイではない。 変に意識してしまわないよう一歩引いていなければ。 「じゃあ私、こっちだからさ」 遠くのバス停をさした信濃が笑顔で立ち止まる。 だが、信濃の自宅は真逆だったはずだ。 「えー、しなのん帰んの〜? さみしー」 「思ってないくせに言うなー。美優ちゃん、がんばっ」 「へ? あぁっ、うん!」 信濃がキャッキャとはしゃぎながら手を振って帰っていく。 女子だけの世界についていけない多岐は困惑したものの、まぁいっかとふたたび歩き始めた。 「美優ちゃん、家どこー? 近くまで送ってくよ」 「っ! あ、うん……あり、がとう」 途端に大人しくなってしまった。 まるで初対面同士のようだ。 「……どした?」 「え! ぁ……あのね! 話したいことが……あって」 「話したいこと? って……」 ____ 自宅に着いてすぐ後悔した。 自分はゲイのはずだ。 多岐はベッドに横になったまま顔を覆う。 美優に告白された。 『好きです』と告げられて、伸びてきた手を掴んでしまった。 誰でもいいわけじゃないだろう。 多岐には京極という好きな男がいて、異性と付き合ったことは一度もない。 「もー……なにやってんの、俺……」 最もおかしいのは、榊原が彼女を忘れられないと聞いて付き合ったような気がしたこと。 そんな意味不明な言動をしておきながら翌日に「やっぱ無理」と取り消せるはずがない。 完全に自業自得だ。 ____いやでも、これで俺のゲイ疑惑は払拭されるじゃないか。 晴れて異性愛者、"普通"の仲間入りだ。 もう非難されることはないのだ。 「……はは、俺も普通に祝福される日がきたよぉ。あーちゃん」 「あーちゃん」は多岐が名付けたアザラシのぬいぐるみだ。 信濃からもらってすぐにベッドの中へ一緒に潜り込んだ。 人肌が恋しいとは口に出せなくても、ぬいぐるみであればいくらでも傍にいてくれる。 多岐にとって一番に怖いものは独りになることだった。 翌日、美優からの電話で多岐は自宅へと迎えに出た。 美優は顔を真っ赤にして多岐の隣へ並ぶ。 「美優ちゃんってもしかして照れ屋?」 「え! っだ……だって、好きな人と付き合えるとか……思ってないし」 「あはは、俺のどこがいいの〜。もっとイケメンいっぱいいるのに」 「そんなことないよ! 多岐くんは顔だけじゃなくて人柄も素敵だし……」 「そんなこと初めて言われたなぁ」 「うそっ!? 渚ちゃんも"あいつはいいやつ"って言ってたよ」 「プフっ、しなのんはコメントが男だな。ほんと」 2人で笑い合って大学に向かっていると、門の横にうわさの信濃がいた。 途端に美優が動揺しながら多岐の背後へと隠れる。 「しなのーん、おはよ」 「あー! 多岐りんに美優ちゃん! なに、なんで2人一緒!?」 「えへへーん。しなのんにはまだ早いよ」 期待溢れる信濃の顔を隠して門を潜る。 思っていた通りだ。 男女のカップルは自然と祝福されるのだ。 自分はゲイじゃない。 気づくと多岐はそう言い聞かせて、さりげなく美優の手を握った。

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