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第1話

ぽちゃん、と音を立ててそれは夜の街が照らす浅い川の流れに消えていき、僕の気持ちも深く堕ちていく。 (僕は彼に未練がある) 心の中でそう呟くと、見ないように蓋をしていたドロドロとしたものが溢れ出そうになった。 大好きだった温かい笑顔で『好きだ』と言ってくれた彼は永遠に僕のものなのだと、誰よりも一番に選んでくれるのだと、そう思っていた。 (あー……バカだなあ、ほんと) 初夏の鴨川は気持ちの良い風が吹いていて、川床で賑やかだ。横を見ればぽつりぽつりとカップルが和やかに川沿いに座り、僕はというとひとりぽつんとしゃがんで今し方、元彼から貰った指輪を投げ捨てたことを既に後悔している。 (川に捨てるなんて環境にも良くなかった……なんて) 沈んだ辺りを見つめるものの、もう探す気にもなれない。 彼と過ごした日々は短いものではなく、隣にいる日常が当たり前だった。京都への転勤が決まった時でもこの関係に終わりが来るとは思っていなかったのだ。 遠距離恋愛で寂しい、と言える年齢でもない20代最後の年。 今年の盆は休みが取れそうだなあ、どこか旅行に誘おうかなあ、と思っていた数ヶ月前にまさか突然『俺、結婚する』と電話口で言われ即お役御免さようなら、など予測できる訳が無い。 「っていうかさあ、コレって酷くねえ?マジ酷いよねえ」 自問自答を思わず口に出すと余計に虚しくなってきた。 男同士であまり多くのことは望んでいなかったけれど、彼と過ごすささやかな未来くらいは思い描いていた。 胸が熱くなってきて、鼻の奥がツンとする。スーツの膝に両瞼を擦り付けて。街の華やかなざわめきが僕を孤独にする。 街中でいい歳した泣く男ひとり。 こんなのカッコ悪すぎる。 もしもあの時、僕が嫌だと言えていたのなら。僕を捨てるなと言ったのなら。何か変わっていただろうか。 (……酒でも飲むか) コンビニに寄るか、いやこの時間ならスーパーのほうがいいな。 重い腰を上げて、汚れたズボンを払う。 「お兄さぁーん、もうええの?」 急に耳に入ってきた、掠れた声にぎょっとした。声をした方に首を回すと、暗がりでも分かるほど真白いシャツとハーフパンツに汚れひとつない白いハイカットのスニーカーで、血色が悪いのかと思うほどの白い男が体育座りでこちらを見ていた。 「え、……と?」 誰だろう。 こんな幽霊みたいな男、覚えがない。 「用事済んだ?」 「まあ、うん……?」 「ほんじゃまあ飲み行こや」 絶対に初対面だと思うのに立ち上がらせろと言わんばかりの視線を向けてきて腕を伸ばしてきたこの男。断る理由も無かったし、その手を掴めばひんやりと冷たい。 「そこ、バーやねん」 にこりと愛想良く笑うその男は、斜め後ろの川床を指さした。

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