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第5話
「はよ」
軽く挨拶をしてデスクに座る。今日は朝の会議に出てから外回りメインの直帰コース。昼飯は何にしようか。
「あっれ、結城なんかええ事でもあった?」
椅子を転がして近寄ってきた同僚が小声で話し掛けてくる。
「わかる?」
「わかるで!ほんっま、お前わかりやすいからな」
「マジか」
「ま、そういう素直な所が客にウケるんやろなあ〜ええなあ~」
腕に拳を当てられ、痛いって、と抗議しながらも褒められると悪い気はしない。
「俺もそう思うわ」
(ん?)
後ろを振り向くと、少し目にかかる前髪に色白イケメン、そして物凄く見覚えのある、ような男が。
「……え」
「あ、重森。結城のこと知ってたん?」
「だって東京から来た営業第1課のエースやろ?みんな噂してんで。女の子とか特に」
目を細めるその男に。
ような、ではなく。
(コイツ!昨日の!!)
めちゃくちゃ見覚えあり!!!
「経理の重森です、」
左手を差し伸べられて、思わずその手を握る。
(心臓の音、聞こえてない……よな)
息が出来ないほどに跳ね上がった心臓が痛い。
顔を覗き込まれるその瞳の奥に、昨夜の熱がチラつく。
「初日に一度ご挨拶はしていたんですけどね」
「すみません、……覚えていなくて」
そういえばいたかもしれない。他の部署は部長に案内されるがまま、軽く挨拶しただけだった。
「支店と言っても人が多いですもんね」
「まあ、そう、っすね」
ニコニコ笑う男の口角が上がる。
ふわりと爽やかなミントの香りと鴨川のせせらぎが聞こえた気がした。
「今度、是非飲みに行きましょ」
「……はい、是非」
(なんだ、狐でも無かったのか)
ほっとしたような。
残念なような。
「約束ですよ」
ふふ、と小さく笑われて。
左手が離れていく瞬間、薬指を人差し指と親指の腹でするりと撫でられた。
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