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実家の蔵には、由緒正しき変なものがわんさかある。 かつては、この辺の領主様だったらしい僕の実家は、それはそれは広大な敷地を子孫に残してくださった。 母屋に離れ、池付きの庭に立派な蔵。 小さい頃、僕はこの蔵が大嫌いだった。 イタズラをしたり、テストの点が悪かったり。 僕が悪いことをすると、父は必ずそこに僕を閉じ込めたから。 暗くて、寂しくて。 一晩中、泣いて………。 そして、そこにいた時あまり記憶がない。 多分、泣き疲れて寝てしまっていたからだと思うんだけど。 一年中、ヒンヤリした空気が渦巻く蔵の中は、小さな子どもに恐怖心を与えるには十分だったんだ。 大人になった、今でも。 その恐怖心は、だいぶ豆粒みたいに小さくなってしまっているけど。 それは僕の心の中に燻って、いまだに消えずにいた。 「よい!蔵の中を整理しよう!!」 と、言い出したのは、父の亡き後18代目となった兄で。 なんとなく聞き流して「あ、そう。いいんじゃない?」なんて生返事をした僕に、兄はニヤニヤ笑いながら言った。 「俺より蔵に閉じ込められた回数が多い、雪也の方が適任だと思う」 そう、僕は。 兄にまんまと、はめられてしまったんだ。 曽祖父までは、地元の名士だったらしい。 そんな状況はその時までで、祖父は銀行員になり、父は公立学校の教員になり。 隔世遺伝的に兄が、やたらめったら優秀で医者になった以外は、僕もすぐ下の弟もいたって平凡で。 マイペースで自由奔放な弟は「ゲームクリエーターになる!」と言って都会に出て行き、結局、パッとしない僕は、地元に残って町立図書館の司書をしている。 一歩踏み出す勇気も、自分を変えようとする努力もしないまま。 僕は地元のこの土地から、一生抜け出せないんだと思う。 「うへぇ………埃っぽい……」 綿タオルを頭に巻いて、花粉用メガネとマスクを二重にしているにも関わらず、ほぼほぼ密閉された蔵に舞い上がる埃に、僕は辟易していた。 ………隙間から、入ってきそう。 所狭しと置かれた古い箪笥や古道具。 子どもの頃は、これがとても大きく見えて、僕に襲いかかってくるんじゃないかってくらい、怖くて。 あの引き出しから、オバケが出てくるんじゃないかとか。 カラカラ動き出した古道具は、鬼が回してるんじゃないかとか。 恐怖そのものだったんだ、それらは。 今じゃ僕より、かなり小さくなってしまって。 僕は妙な状況下で、自分の成長ぶりを目の当たりにしてしまっていた。 「売れるものと、そうでなさそうなものと分けとけ。古文書は、図書館に寄贈するからまとめてもってけ」 って、兄は至極簡単に言ったけどさ。 ………それ、かなり至難のワザだぞ??? 何日、かかるかな? 休みの度にこれって、さぁ。 ………どうせ、暇ですよ? 彼女もいないし、仕事も定時に上がれるし。 この先、起承転結もなく。 イージーモードな状態で、この土地に骨を埋める………。 僕の将来は、僕以外の他人でさえ、易々と想像できるに違いない。 「ん?」 ふと、蔵の奥に目をやった僕は、その古道具に釘付けになってしまった。 鮮やかな朱色の錦の織物がかけられた、古い……古い、鏡台。 みんな埃を被って、本来の輝きすら失っているのに。 ………それだけは、埃すら跳ね除けるように、キラキラしていて。 存在感が半端ない。 よせばいいのに、僕はその鏡台に吸い寄せられるように近づいてしまった。 「こんなの……あったっけ?」 周りの埃の具合から、後から置かれた形跡もない。 でも………蔵に幾度となく閉じ込められていた僕なのに、この鏡台の記憶がない。 僕は怪訝に思いながらも、錦の織物に手をかけた。 「ひっ!!」 鏡の中から、人の手がニュッと現れて。 僕の手首を、力強く掴んだ。 たまらず、情けないくらい小さな悲鳴が口からついでる。 その手は、綺麗で。 とても繊細な指をしているのに、今まで経験したことのない……振り解く動作を忘れるくらい、強力で。 〝やっと……やっと、会えた………キナリ〟 鏡の中から、低く耳に残る声が響いた瞬間。 「…ぅわぁぁっ!!」 鏡の中の手が、僕を引っ張った。 体が前のめりに宙に浮いて、鏡の面が目の前に迫る。 鏡にぶつかる………!! 割れる……!! ガシャンと派手な音がするのと、額に鋭い痛みが走るのを想像しながら、僕は目を瞑った。 小さい頃の僕が怖かったのは、蔵の中に住むオバケか、鬼か、妖怪か。 だから、記憶が曖昧で。 だから、蔵が怖くて。 ………きっと、ご先祖様が何かしら悪い事をして、今、その災いが僕に降りかかってるんだ。 ………な、なんて……なんてことをしてくれたんだぁ!! 顔も知らない遺伝子だけ受け継いだご先祖様と、こんな蔵に年がら年中閉じ込めた父と、その蔵の整理をしろと言った兄に………これ以上ないってくらい、殺意がわいた。 さっきまで、凪いだ海のような人生を嘆いていた僕が、こんなオカルトチックな事態に巻き込まれるなんて!! ………ちがーうっ!! 僕じゃなーい!! ードサッ。 ……ドサッ? 宙に浮いた体が、地面を捉える音が響いた。 夢、だ。 これはきっと夢だ。 ドサッと音がした後、体が痛いけど………きっと、痛覚が異様に冴えた夢なんだ。 目を開けたら、自室のベッドの上だ………。 「………え?………ここ、どこ?」 意を決して目を開けた僕の視界に広がってのは……自室ではなく、蔵の中でもなく。 真っ白いサラサラした暖かい砂が僕にまとわりついて、僕の足元にひいては返す冷たい波があたる。 すぐ目の前には、白亜の宮殿のような建物がそびえ立ち、その白さが陽の光に反射して眩しく目を射抜いた。 花……かな……?建物の周りには色とりどりの花が咲き誇り、甘い香りが鼻腔をくすぐって。 全ての感覚が総動員された、リアルで奇妙な夢だな……って、僕は変に感心してしまった。 ………僕の頭の中は、現実な僕よりかなり非凡な想像力を有しているらしい。 「キナリ!!」 ぼんやりと、この夢の状況を把握していると、さっき鏡の中から響いた声が、すぐ近くで耳に届く。 ハッとして振り返ると、大型犬に体当たりされたような衝撃が走った。 「っ!!……いってぇ!!」 「キナリ!!会いたかった!!」 ジャスミンのような爽やかな香りがフワッと突き抜けて。 僕に抱きつくその体は、綺麗な筋肉がついて逞しく。 陽光のようにキラキラしたブロンドの髪が風になびいて、僕を見つめてニッコリ笑う外国人風味なイケメンのその瞳は、海のような淡い青色をして………夢の中だと思いつつも、僕は不甲斐なくもドキッとしてしまった。 「いや、ちょっと待って!!キナリって誰?!」 上擦った声を発して否定する僕に、そのイケメンは心底驚いたのか。 綺麗な目をまん丸にして、僕をマジマジと見つめる。 「キナリ……でしょ?」 「ぼ、ぼくは………!!裏辻雪也です!!ユキナリす!!」 「なーんだ。やっぱりキナリじゃないか」 そのイケメンはまたニッコリ笑って、僕に抱きついた。 「ようやく会えた………ボクの運命」 「………は?」 「ボクのお嫁さん」 「………はぁ??」 「もう、帰さないよ?キナリ」 「はぁぁっ!?」 夢なら………早く覚めてほしい。 でも、なんとなく。 虫の知らせというか、なんというか。 夢じゃないんじゃないかなー?なんて、チラッと思ってしまう自分がいた。 …………と、とんでもないとこに、来ちゃったかも。 イケメンは、僕を抱きしめてそのまま、砂の上に押し倒して唇を重ねる。 「………んっ…んんっ」 ちょ、ちょい待ち!! 口の中を割って入る舌が、僕の舌を絡めとって。 片方の手は僕の体を、胸元から股間に滑るように這っていく。 ………リアル。 めちゃめちゃ、リアル。 ちなみに言うと、半分世捨て人のようになっていた僕は、当然のように童貞で。 よく分からない場所で、よく分からないイケメンに組み敷かれて………経験の乏しい僕でさえ分かる!! ………これ!! セックスだろ!!しかも、ヤラれる側の方の!! しかも男に!! 男にヤラれそうになってるなんて!! 「ちょ……ちょっ………僕、男………」 「大丈夫!キナリなら、元気なボクの子どもを産んでくれるから!」 ………へぇ、そっかぁ。なるほど。 い、いや!!ちがーう!! そうじゃなーい!! 頭の中はフルで全否定してるのに、身体は見ず知らずのイケメンに解されて、自然に足が開く……。 「あっ……だめ………」 「もう、こんなにトロトロだ………。やっと、キナリと一つになれる………」 絞り出すようにイケメンが呟くと、僕の腰を持ち上げた。 「あぁっー!!」 熱い………。 こんなこと言うのは、ボキャブラリーが貧弱すぎて嫌なんだけど。 熱々の極太きりたんぽが、僕の大事な所から入ってくるみたいな。 一気に貫かれて、僕の体は反射的に反り返る。 「キナリ………ボクのために純潔を守っていてくれたなんて………。やっぱり、キナリは………ボクのお嫁さんにふさわしい!」 ………そう、じゃない。 単なる喪男なだけなんだよ、僕は。 夢で………あってほしい。 こんな異世界っぽい所で、見ず知らずのイケメンに、色んな意味の〝初めて〟を奪われて。 しかも、青姦とかさぁ………。 「あっ……あ………ぁぁ………ぁ」 僕の中の変に敏感な所が、疼いて感じて。 だんだん、頭がぼんやりしてきて、意識に霞がかかってきた。 ………このリアルな、夢はきっと。 目が覚めたら、終わる………きっと、終わるんだ。 「………ぅわぁ」 花びらの中で目が覚めるなんて、初めてだよ。 上質なシーツに、いい匂いがする室内。 シーツの上には、これまた色とりどりの花びらが散りばめられていて。 ………絶句だな、絶句。 そして改めて、これは夢じゃないんだって思うようになってしまった。 砂浜の波打ち際で、僕のことを「嫁」と宣う見ず知らずのイケメンと、半ば強引に青姦をして……。 今はそれが夢なんじゃないかってくらい、体も綺麗で、何も身をつけていないにも関わらず、寒くもなく暑くもなく。 まとわりつく空気が、カラッとして心地いい。 それでも。 〝妖怪・鏡お化け〟の向こう側から来た僕は、自分の身に起こったことが中々理解できず、正直混乱していた。 「お目覚めですか?キナリ様」 あまりのことにぼんやりしていると、鈴の音のような澄んだ声が、頭を刺激して。 僕は頭を振って、その声の主を探す。 年の頃は14、5才位だろうか。 ワンショルダーの白い服が華奢な体を余計に際立たせて、吸い込まれそうなくらいの大きな瞳をした少年が、僕を見て微笑みかけていた。 「…………キナリじゃないです。ユキナリです」 「ぐっすりお休みされていらっしゃったので、お声をかけるのを迷っていたんですよ。私は、ツィーと言います。キナリ様のお世話をするように、アルナイル様より仰せつかりました。なんなりと申し付けくださいませ」 「…………はぁ」 「何かお食事でも、お持ちしましょうか?」 「…………あの!」 「いかがなさいましたか?」 「ここはどこですか?!どこなんですか?!」 僕のあまりの必死さ加減に、ツィーは『いい大人が何言ってんだ?かわいそうに』的な笑みを浮かべる。 「ミア・プラキドスという国ですよ、キナリ様」 ………みあぷ、らきどす??? そんな国、地球上のどこにあるんだ……??? あまりに聞きなれない単語を耳して、僕の頭は真っ白になってしまった。 「キナリ様は、ミア・プラキドスの国王であらせられるアルナイル様の運命のΩでございます」 「運命の……何?」 さらに聞きなれない単語がでてきて、僕は恐る恐るツィーに問いかける。 「オメガですよ、オメガ。アルナイル様は、この地上で最高で最上の、万能な絶対のアルファでございます」 「……………あ」 「いかがなさいましたか?キナリ様」 そう言えば………。 1ヶ月くらい前、図書館に中学生くらいの女の子が来て、真っ赤な顔をしながら「オメガバースの本ありますか?」と小さな声で尋ねてきたのを思い出した。 その時は何のことだかサッパリ分からず、つい大声で「館長ーっ!オメガバースって本ありますかー?」って聞いてしまって。 女の子は走って逃げ出すわ、館長からは「もう少しデリカシーをもって」と怒られるわ。 結局、図書館にはその本はなかったけど、気になった僕は、ついググったんだ。 〝オメガバース〟 オメガの男の人が、妊娠できちゃうとかいう独特な設定の、かなーり危なっかしい本で。 あの女の子が走って逃げ出したのも分かった気がした。 ………ごめんね、名も知らぬあの子。 でもさ、しがない田舎の町立図書館に、そういうの求めちゃダメだよ………って、ヤツだろ?! いや、僕………オメガじゃないよ??? れっきとした、平凡の標本のような日本人だけど??? そもそもオメガバースとか、妄想のフィクションだろ??? 「僕、オメガとかじゃないです!!」 「いえいえ。キナリ様はれっきとしたオメガでございますよ。その証拠に、キナリ様からとても芳しいジャスミンの香りがいたします。アルナイル様と同じ香り。正しく、疑いようもなくアルナイル様の運命のオメガです」 あまりにも、強く。 あまりにも、妙に説得力のあるツィーの言葉に、僕はぐうの音もでなかった。 そして、何となく察してしまった。 ………ここは、地球のどこかじゃない。 地球以外の、パラレルワールドなんだって。 僕は蔵の中に封印されていた怪しげな鏡から、異世界に飛ばされてしまったんだって………。 ドクンー。 心臓が一つ、大きく脈打つ。 「………僕を、元の世界に帰して………もらえませんか………?」 凪いだ海のような。 起承転結もない地味な一生を終えるはずだった僕の人生が、根底からグラグラし出した。 こんな………の、僕じゃ……ない。 オメガだとか、そんな急に言われても………。 「はい、そうですか。分かりましたー。子作り頑張りまーす」なんて言えるはずないじゃない、か………。 「………それは、できません」 「………どう、して…?」 今までの、満開の花のような表情とは打って変わって。 ツィーは、真剣な眼差しを僕に向けた。 「あなたはどうしても、アルナイル様と番にならなければなりません。………他の運命の皆様に打ち勝って、その座を手に入れるのです」 ………ん? 今、何て……言った………? 「ちょい、ちょい待って!!今、『運命の皆様』って言った?!」 「はい、言いましたが……。それが何か?」 「ううう運命って!!運命のオメガって何人もいるの?!」 「当たり前です。アルナイル様は万能で絶対のアルファです。その力を子孫に継承するには、運命が一人じゃ足りないのは当たり前です」 ………日本では、運命は一つって決まってるんだよ? 〝運命の赤い糸〟ですら、一人の相手と繋がってるんだ。 それが………タコ足配線みたいに、うじゃうじゃいるなんて………。 多少なりとも、運命だなんて言葉にクラクラきた自分が、非常に恥ずかしく思えた。 ………やっぱり僕は、そんなもんなんだなぁ。 異世界に放り出されても。 運命だなんだってチヤホヤされても。 結局、唯一無二じゃなくて………。 僕……らしい………。 そう思うとなんだか、顔が勝手にニヤニヤして、心がスッと軽くなる。 「どうなさいました?キナリ様」 「………いいえ。あの、ツィー……さん。僕は何番目ですか?あの人の、何番目の運命なんですか?」 『いいですか?キナリ様が13番目の運命だとしても、アルナイル様の唯一の番になる条件は、他の皆様と同様です!必ずや、アルナイル様の番におなりくださいませ!!』 かなり真剣な表情で、ツィーは僕に言い聞かせるように言った。 ………なんだか、妙に必死で。 きっと。 自分のお世話をしている人が、アルナイルの番かなんかになったら、飛躍的にいいことがあるに違いない。 でもさぁ、僕はそんな器じゃないんだよ。 太陽から遠く離れた、冥王星のような。 目立たず、ひっそりと。 異世界に来ても、それは変わらない。 僕は……僕なんだ。 着る服がない僕は、シーツを体にぐるぐると巻き付けて、海の見える窓辺に座った。 「キナリ」 すぐ近くで。 忘れることもできない声が耳を掠めて。 同時に、僕はたくましい腕に抱きしめられた。 ダイレクトに包まれるジャスミンの香りは、僕から湧き立つ香りと全く一緒で。 ………途端に体が。 風邪をひいたみたいに、熱くなる………。 「なんてエッチな格好しているの?キナリ」 「服が…ない………から」 アルナイルの淡い青色の瞳が間近に迫って、ゆっくり、シーツをかき分けて僕の秘部に指を入れた。 「………ぁあっ……や、やだぁ………」 「やっぱり………キナリは、ボクの特別だ」 アルナイルは、シーツの端を思いっきり引っ張る。 そのはずみで僕の体は窓辺から転げ落ち、くるくる回りながら、真っ裸の僕はベッドに着地した。 さながら、「お殿様、おやめください!あ〜れ〜」と白塗りのぶっ飛んだお殿様と腰元のコントみたいな状況に。 ………呆気にとられて、頭が真っ白になってしまった。 魚拓後の魚みたいにうつ伏せに打ちあげられた僕の背後に、アルナイルがその体を密着させるように僕の体に腕を回す。 「………あぁ、今すぐ………噛みたい気分だ。……キナリ」 ………噛む??? 噛むって、どこを??? 背中?お腹?それとも、おしり??? 何?なんなんだ?!?! アルナイルは、うつ伏せになった僕の腰をグッと持ち上げ、僕の疼いて仕方のない孔に、その太っいモノをゆっくり挿入れた。 「………あぁぁっ」 極熱極太の感覚は変わらず、僕を一瞬で淫乱に仕上げるから。 僕は女の子みたいな声を上げて、体を大きく反り返らせる。 「キナリ………発情……まだ、きてないんだね。キナリの〝初めて〟、ボクが全部もらっちゃうから」 「……はぁ………ぁあっ」 突かれる度に、体温が上昇して息が乱れる……。 何故だか、アルナイルの全てが欲しくなった。 「キナリ……キナリ………」 もう………そんなに貫かないで………。 ヤバく、なる。 おかしく、なる。 ………そして、僕が僕じゃなくなる………狂って、しまう。 そう思いながら。 僕は初めて経験する、嵐のような激しい快楽の波に体をグッと沈めさせられてしまった。 こっちの世界にきて、僕は初めて服という服に袖を通した。 ゆったりとした、オフホワイトのシルクでできた貫頭衣みたいな。 鮮やかな細い帯で上着を腰の辺りをキュッとしばると、いたってシンプルな服は、たったそれだけで途端に華やかな装いになる。 ツィーはさらに、華奢なデザインのアルナイルと瞳と同じ色をした一粒石のネックレスを、僕に着けてくれた。 「素敵です、キナリ様!!どの運命のΩ様たちより、美しく輝いておいでです!」 僕を着飾ったツィーは、満面の笑みで言う。 それがツィーの本心なのか、思惑を含んだ下心アリな美辞麗句なのか。 滅多に褒められることのない僕は、たったそれだけのことに心底、居心地が悪かった。 「今日は、〝SOWの日〟ですから!!自信を持ってください!!キナリ様は、一番お美しいですから!!」 「…………ありがとう、ツィーさん」 「あっ!!これを!!これをお持ちくださいませ!!」 「何ですか?これ?」 「マダム・デネボラのカップケーキです!!皆さん、大好きなんですよ!!」 「僕はどっちかっていうと、チー鱈とかタコワサの方が、好……」 「キナリ様?」 僕がついウッカリ、自分の嗜好を口にした瞬間。 笑顔のままのツィーの気配が、一気に鋭くなる。 ツィーの綺麗な髪の毛が逆立っているような、そんな殺気立ったツィーの気配に、僕は何も言えずに固まってしまった。 「それでは、いってらっしゃいませ!!キナリ様」 「………は、はいーっ!!行ってまいりまーす!!」 半ばツィーの勢いに押されて、僕はカップケーキ満載のカゴを抱えて部屋の扉を開けた。 〝SOWの日〟 Super Omega Wivesーめちゃめちゃイケてる、オメガの妾たちの日。 アルナイルの選ばれし運命のオメガが、だいたい月一で集まって、お喋りをしたり、近況を報告したり………牽制しあったりする日……らしい。 要は、運命のオメガ同士仲良くして、抜け駆けしないように互いが互いに釘を刺す。 表面上の、付き合い………みたいな? そういうのも異世界にあるなんて、さぁ。 どこの世界も、大して変わらないじゃないか。 それでも僕は。 13番目の僕は、13番目らしく。 目立たず、でしゃばらず、粗相の無いように。 〝いつもの僕〟でいれば、いいんだ。 でも、一気に12人………覚えられるか? そんなぼんやりしている僕を察してか。 ツィーは、似顔絵付きカンニングペーパーを僕に持たせてくれていた。 名前と特徴のある似顔絵と、だいたいのヒトトナリと。 ツィーお手製のそれは、本当に上手で、それでいて的を得ていて。 僕は吹き出しそうになるのを、必死でこらえる。 ………ツィーは、すごい才能を持ってるなぁ。 「本日皆様にお集まりいただきましたのは、言うまでもなく。アルナイル様の13番目の運命のオメガとして、ワタクシたちの仲間となった方のご紹介をいたしたくて」 ズラーっと勢揃いしたオメガワイブズの、上座の一番奥に座っている、物凄いオーラを纏った美人が口火を切った。 ………あぁ、この人は……1番目の運命さんだ。 薄い桜色の艶々した髪を靡かせて、同じ色の大きな瞳で周りを見渡すその人は、ツィーのカンニングペーパーによると、ミモザさんという人らしい。 「あなた、自己紹介をしてくださる?」 不意に話を振られて、起立の体勢を取った僕は、危うくカンニングペーパーを落としそうになってしまうくらい、動揺した。 「あ………あの。僕は、ユ………キナリと言います。よ、よろしくお願いします」 ………一瞬の、沈黙の後。 「どちらからいらしたの?」 「漆黒の目と髪だ……。初めて見た」 「ヒートも未だなんじゃないか?」 僕の自己紹介が悪かったのか、珍しい形の割には地味なのが災いしたのか。 僕が一言発したと同時に、先輩ワイブズたちが一斉にヒソヒソ喋りだす。 〝どちらから?〟と言われましても、うまく説明できないんです、ごめんなさい。 日本人特有の髪色と彩光の色に、ここまで食いつかれるとも思わなかったし。 だいたい、あなたたちがパステルカラー過ぎるんですよ。 僕だってここに来て初めて、地毛がピンクやら水色やらの人間を見たんだってば。 ………身の置き所が、見当たらない。 「みなさん、お静かに」 凛としたミモザの澄んだ声が、ヒソヒソ話す声を制し、一瞬で室内が静かになった。 「みなさん、もうキナリ様のことは覚えられましたね?キナリ様が、みなさんの大好きなカップケーキを持ってきていただいたことですし、ご歓談しながらキナリ様と仲良くなりましょうね」 ………救われた、というか………完全に眼中に無い、というか。 ここにいる全員は、僕がどんなヤツか色んな想像を巡らせて、戦々恐々としていたに違いない。 そんな中に現れたのが、容姿こそは珍しいけど、いたって平凡なパッとしない喪男の僕で。 きっと、この時点で。 僕はツィーの思惑から、ずーっと遠くにいる存在なんだなぁと実感したんだ。 「いかがでしたか?!みなさん、カップケーキ喜ばれたでしょう?!」 「うん、本当助かったよ。ありがとう、ツィーさん」 「それで、ちゃんとアピールされましたか?ガツンとかましてこられましたか?」 「まぁ……うん。それなりに自己紹介はしてきたかな?」 「みなさん、キナリ様の美しさに驚かれたことでしょう!」 そう満足げに笑うツィーに、僕は若干、胸が痛くなった。 違うんだよ、ツィー。 僕は目立たず、出しゃばらず、粗相の無いように。 ただひたすら、カップケーキにかぶりつき、それをトウモロコシみたいな味がするお茶で流し込むという作業をひたすら繰り返して。 そんな僕にワイブズの諸先輩方は腫れ物でも扱うような態度でさ。 ………気疲れすること、この上なくて。 このままシレーっと、戦線離脱したい。 元々僕なんかいなかったんじゃないかって感じで、フェードアウトして元の世界に帰りたいんだよ。 「アルナイル様!」 身の置き所がなかった〝SOW〟の疲れがドッとでて、ベッドに横たわったっていた僕は、ツィーのうわずった声で体を起こした。 いつも不意に現れては、いつも上機嫌なこの人が、僕は心底羨ましい。 この人は悩みなんて、これっぽっちもないんだろうな、きっと。 「どうしたの?キナリ」 「初めて他の奥方様と、ご対面されたので」 僕のかわりにツィーが答えた。 「そうか。じゃあ今日はゆっくり話でもしようかな。ツィー、下がっててもらえる?」 「かしこまりました」 アルナイルは僕に近づくと、ベッドに腰をかける。 僕は正直、この人の香りが苦手だ。 アルナイルが見に纏うジャスミンの強い香りは、嗅いだだけで………体がファーッと熱くなってしまうから。 「疲れた?」 「……はい。………あの、アルナイルさん」 「何?」 「僕は、あなたに必要ですか?」 「どうして?」 「あんなに素敵な方々ばかりいらっしゃるのに。みなさん、あなたの事を心から思っています」 「………キナリ、は?」 アルナイルの顔が目の前に瞬間移動したと思ったら、肩を押されて、僕はベッドに押し倒された。 いつもの柔和な表情を浮かべているアルナイルなのに、その眼差しはいつになく真剣で。 その澄み切った瞳の青さに、僕は息をする事を忘れるくらいドキッとした。 ………そう、言われても…なぁ。 「分かりません。………オメガとか言われても、はっきり言ってピンとこないし。それに………あなたといると、僕は………僕じゃないみたいなるから。人を好きになるとか、僕はそういう経験に乏しくて。だから………」 「だから?」 僕の肩を押さえるアルナイルの手の力が、グッと強くなる。 「あなたが僕を、ここに連れてきた理由が………分からない。………あなたが、僕に執着する理由が分からない、んです」 「違う」 アルナイルは、低く耳に残る響く声で言った。 あの時の、鏡の中から聞こえた、あの……声。 ………その声に反応して、体が一気に熱くなる。 今まで経験がないくらい、顔まで熱くなって頭がグワングワンして………。 息も荒くなる上に。 変に感じてしまって前は勃っちゃうし、後の孔がヒクついてジワっと濡れてくるし。 あまりの、体の急激な変化に涙目になった。 ………な、なにぃ?……これぇ……? 「………ぅ………ぁ」 「キナリは、どうなの?」 「………え……?」 「キナリは、ボクのこと………どう思ってるの?」 「………僕………は」 「ねぇ、どう思ってるの?」 「……っはぁ……はぁ」 「ねぇ、キナリ………どう、思ってるの?」 有無を言わさない、アルナイルの気迫。 それが今、全部僕に注がれている。 オメガバースとか、アルファとか。 ネットでググッたくらいで、深くはよく分からないけど。 ………感覚で知った。 本能みたいなのが、僕の全てを支配するみたいに。 その本能がアルナイルに向かって、一筋の道標を示す。 「好き……」 「何?キナリ」 「好き………だ。………アルナイルが……好きだ」 体がマグマを宿したみたいに熱くなった僕は、待ちきれない衝動に駆られて、アルナイルの唇に僕のそれを重ねた。 キスをしただけで、脳が溶けそう…….…。 ………もう、どうにかなりそう。 それくらい、アルナイルに今すぐ抱かれたい………。 「ヒートがきたんだね、キナリ」 「………ヒート?」 「ボクの子どもを、宿す準備ができた証。………ボクと番になる体ができた合図だよ、キナリ」 指を入れて解さなくても、僕の中はアルナイルのソレをすんなり呑みこんで、揺さぶるように奥まで突き上げる。 ………ぁあ、気持ちいぃ。 セックスって………僕が妄想していたソレとは随分様相が違うけど………ゾクゾクするクセに、クラクラして。 ………アルナイルと、離れたくない……離したくないと思った。 「………っふぁ………あぁ……あん」 「………キナリ………噛みたい」 涙でボヤける視界を凝らして、飛びそうな意識の中、僕はチラッと確認したアルナイルの表情。 いつもの穏やかで、優しい表情とは違う。 本能丸出しの、野性味あふれる、その表情が。 僕をさらに淫らにさせて………。 ………なんだかもう。 アルナイルになら、何をされてもいいと思ってしまった。

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