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#2

「……うぅ………ん」 「………キナリ様。………大丈夫ですか?」 「……だ、い……じょうぶ……じゃ………ない」 目の前にいるツィーは、僕をとても心配そうに覗き込んで言った。 そんなツィーに、僕は案外素直に自分の状態を訴える。 だって………本当に、大丈夫じゃない。 体に火がついてるんじゃないか、ってくらい熱い。 息も絶え絶えって、こういうことを言うんじゃないかってくらい呼吸が荒くなる。 僕の敏感になった感覚は、シーツが肌に触れるのでさえ過剰に拾って、必要以上にビクつく。 そして、何より………。 前がビックリするくらい勃ちあがって、先走りが止まることなく溢れ出て。 さらに、アルナイルにガンガンに突っ込まれる、僕の大事な後がヒクついている………。 ずっと、ずっと、こんな感じ。 昨夜、アルナイルが僕に「ヒートがきた」って言ってから、ずっと。 シーツ如きでゾクゾクに感じている僕は、ベッドから起き上がることができずに。 ただ、〝ヤリたい!セックスがシたい!〟っていう煩悩に苛まれて、一人身を捩らせながら、燻る欲望を必死に抑えていた。 ………どうしちゃったんだ、僕。 なんなんだよ……これ………。 誰か、誰か………止めて欲しい………誰か。 「………苦し…苦しぃ……」 襲いくる快感に耐えきれず、僕は震える手を伸ばしてツィーの細い腕を掴んだ。 「すみません……キナリ様。私にはどうすることもできないんです………」 「助け……てぇ………。ツィー……助けて……」 「止められて、いるんです……。アルナイル様に………」 「……止…められ……て……る、って……?ど…ういう……こと……?」 「すみません……キナリ様。アルナイル様に止められているので………。それ以外のことなら、全部して差し上げます。全部話して差し上げます。………だから、耐えて……耐えてください。キナリ様………」 なんで……?! どういうこと……?! アルナイルが、なんでそんなことをするの……?! ツィーのその言葉が、あまりにもショックで………。 僕の体の熱はこれ以上ないんじゃないか、ってくらい天井を突き破る勢いで上昇した。 ………体が、燃える。 身が焦がれ………る。 そんな限界な僕の肩に、ツィーがそっと手を置いた。 その手でさえも、僕の体はあり得ないくらい敏感に反応して。 体が仰け反って、必要以上にビクつく。 ………触らない、で。 僕に………。 「……触らないで!!」 思いの外、強く大きな声で。 僕はツィーを拒絶してしまった。 ほっといて欲しい。 通常の僕からはとても想像できないくらい、こんなエロエロな僕を見ないで欲しい。 ツィーの手が僕から離れて、全てをシャットアウトするように、僕は頭からシーツをかぶった。 「………あっち………行って」 「キナリ様!」 「お願………い……。あっち行って……ツィー、さ」 「………かしこまり、ました。キナリ様……。私は、隣の部屋に控えております。何かありましたら、すぐお呼びくださいませ。………本当に、申し訳ございません………キナリ様」 ………すごく、苦しそうなツィーの声を初めて聞いた。 いつも明るくて、しっかり者で、僕を一生懸命支えてくれているのに………。 ツィーの軽い足音が僕から遠ざかり、ドアが寂しそうな音を立てて閉まる。 ………ごめん……ごめんね、ツィー。 傷つけるつもりはなかったんだよ、ツィー。 今、僕は………本当にどうかしちゃってる。 脳が沸騰して溶けてしまうくらい、切羽詰まってて。 ………自分のことも制御できないくらい、身も心も精一杯なんだよ。 だって、ほら……。 シーツを頭からかぶっただけなのに、ベッドに微かに残るアルナイルの香りを敏感に感じとるんだ。 「……っ、ぁはぁっ」 無意識に、指がお尻をなぞって後の孔を押さえる。 ………入れ、たい。 入れて………体の中の、熱を出したい。 体を捩らせて、僕は自分の中に指を一本、また一本と入れて中を弄った。 「………っんぁ…。ち…がぅ………こんな……んじゃ……」 アルナイルのは、もっと熱くて、もっと太くて、僕の気持ちいいところを擦ったり、当てたりして。 僕の指を何本って入れても、アルナイルのソレとは比べ物にならないくらい貧弱で。 辛くて、苦しくて………涙が出てきた。 ………どう、して? どうしてアルナイルは、僕をこんな目に合わせるの……? ………どうして、なんだよ……。 「……っ……!!」 体の中の溜まっていた熱が、一気に放出される感覚で目が覚めた。 それで、体や頭がスッキリしているわけではなく。 ………この、感じ。 気持ちいぃ………アルナイルの香りと熱が直に伝わる………この、感じ。 「気がついた?キナリ」 僕の足を肩にかけて、僕の孔の中にその極太極熱のモノを奥まで突っ込んで。 あり得ない格好をしつつも、アルナイルは穏やかな笑みを浮かべて僕に言った。 「何……して………」 「………何って、セックス」 「………っぁあ、や……やぁ」 「意識飛ぶくらい、ヒートにヤラれた後のセックスはどう?」 ……どう、って………。 気持ちいい、に決まってる。 あんなにも、僕はアルナイルに抱かれたかったんだ。 再びトんじゃうくらい、膝がガクガクして、背中がゾクゾクして………やばい。 ………初めて、実感した。 僕………みんなが言う、オメガなんだって。 「ボクがキナリのココを噛んだら、このヒートは止まる」 アルナイルは、僕の首の後ろに唇を近づけて囁く。 ………噛むって、ソコだったのか。 噛んだら、この苦しさから解放されるの? なら……なら………今すぐ、噛んで!! アルナイル!!噛んで!! 「でも今は、噛まないよ。キナリ」 「………な、なん………でぇ?!」 アルナイルの極悪非道なその一言に、僕は地獄に突き落とされたんじゃないか、ってくらい………ショックだった。 「キナリは、まだボクに相応しくない」 「………え…?」 「ちゃんと見て、ボクをちゃんと見て。そしてちゃんと思い出して。そして、ボクを心から愛して」 「………そ、んな………僕、好き……なのに」 「上辺の好きはいらない。キナリがちゃんと、ボクを愛してくれなきゃ………。ボクは……」 何かを言い掛けて、アルナイルは僕から目を逸らした。 「あぁっ!!…や、やめっ!!………あぁっ!!」 僕の孔が未だかつてないくらい最大限に、膨張して、アルナイルの根元までグッと咥え込んだ。 沸騰したゆるい脳にトドメを刺すかのように、アルナイルが僕の体を貫くと、全身が痺れる。 ………蒼天の霹靂を、全身で受けたみたいな。 僕はまた………自我を失うくらい、アルナイルに溺れてしまったんだ。 あれから、2週間。 昼間は、ヒートの熱に冒されて。 夜は、アルナイルにドロドロになるまで犯されて。 11日目の朝に、ヒートがスパッと終わった。 アルナイルに首の後ろを噛まれたわけじゃない。 そもそもヒートというのは、だいたい10日前後ということみたいで。 アルナイルは少し、いや大分、寂しそうだったけど、僕は正直ホッとしたんだ。 あんなのがもう1週間続いたら、僕はきっと、ぶっ壊れていたに違いない。 それくらい、オメガのヒート………発情期は、凄まじかった。 ヒートが終わった後でさえ、頭はボーっとしてるし、腰が立たなくて暫く動けなかったし。 とにかく! あんなの………暫く経験しなくていいよ、本当。 ホッとしたのは、ツィーも一緒だったらしく。 僕が正気に戻ったことを知るや否や、僕に飛びついて抱きついて、泣き出してしまった。 「毎夜毎夜、キナリ様のよがり狂う喘ぎ声を聞いて、私は気が気じゃなかったんです!……この際、言葉は選びませんが………ヤリすぎて、イキまくって、私のことも忘れちゃうんじゃないかって………。でも!でも!本当によかった!!安心しました、キナリ様〜!!」 ………ツィー。 君は僕を、本当に心配しているのか? それとも、あからさまにディスってるのか? 次のヒートを心配してか、ツィーは前より僕のことを気遣うようになって。 それでも、変わらないことは一つだけあった。 相変わらず、アルナイルだけは。 毎晩、アルナイルが僕を抱きにくるということだけは、ヒートが終わってからもずっと続いている。 そしてあの日、ヒートの真っ最中にアルナイルが、僕に問うた謎かけを毎夜毎夜してくるんだ。 それは、まだいい。 ちゃんと、答えが見つかるはずだから、未来は遠からず近からずこの手に入れることができるから。 それよりも何よりも。 毎日毎日………絶倫か、こいつは。 最近じゃ〝抜かずの3連発なんてのをキメてくるし。 僕の体がアルナイルの気持ちよさに、共鳴を大きくしているのがわかる。 ………ど淫乱だよ、僕。 「初めてヒートを迎えたんですね、キナリ様」 久しぶりに部屋の外に出て。 テーマパークみたいな広い庭を眺めてボーっと座っていた僕は、不意に話しかけられて死ぬほど驚いた。 ツィーくらいの小さな男の子。 ミルクティーみたいな髪色をした、か弱そうで守ってあげたくなるような、そんな男の子が僕ににっこり微笑んで僕の隣に腰をかけた。 「………え、っと」 「エニフです。アルナイル様の運命の一人です」 「あ、あぁ……。すみません、まだ顔と名前が一致しなくて」 「いいえ、僕の影が薄いから」 そう言ったエニフに、僕は胸がズキッと痛んだ。 僕より大分綺麗でかわいいのに、そんな辛くなるようなこと言わないでよ。 「奥様方の間でも、持ちきりです。毎夜毎夜アルナイル様はどちらの奥様のとこに行かれているのか」 ………う、わぁ。そんなことになっていたなんて。 毎晩来てるよ、僕のところにアルナイル。 なんか、ヤバい気がする。 エニフを含めた個性豊かなSOWの面々を敵に回したら、なんとなくヤバい気がした。 「アルナイル様は、ヒートを迎えられたキナリ様のところに入り浸っていらっしゃるのではないですか?」 「……い、いや!そんなこと…ないです」 この期に及んで、僕はバレバレな嘘をついてしまった……。 〝目立たず、出しゃばらず、粗相の無いように〟 一番最初に立てた万能なモットーが、脆くも崩れ去った瞬間だったんだ。 「では!キナリ様が他の奥様達より、一歩リードしているということですね?!」 嬉々として声を上擦らせるツィーに、僕は相談する相手を間違えたと後悔した。 そうだった………。 元々ツィーは、僕にアルナイルの〝一番〟になって欲しいと、切に願っていたんだった。 ヒートのせいで、一番重要なことを忘れていたよ………。 そういうのに、なりたくないんだってば。 元の居場所も………僕は喪男だし、まぁ、そんなに際立って幸せではなかったけど。 元の居場所に帰れないのなら。 緩やかに、波風立てず、穏やかに過ごしたいと思うのは僕のワガママでは無いはずだ。 注目されるとか、妬みとか、恨みとか、そういうのに慣れてないし。 何より、それは僕の性分に合わないよ………。 ………パステルカラーの人たちだらけのココじゃ、モノトーンの僕は、目立って仕方がないんだけど。 「じゃあ、明日のSOWでは、奥様達に一発ガツンとかましてくださいね!」 「かます、って何をかますの?」 「『アルナイル様は、キナリ様のものです!』って言ってください!」 「ツィーさん、大事なこと忘れてない?」 「はい?」 「僕、アルナイルと〝番〟というものに、まだなってないんだよ?」 「関係ありません!今からです!」 「今から、って言ってもなぁ」 「言っても、なんなんです?」 「僕がいくらアルナイルに〝愛してる〟と言っても、〝好き〟と言っても。 アルナイルは全く納得してくれないんだ。 いつも……いつも言うんだよ。 『ちゃんと愛して。ちゃんと思い出して』ってさ。 僕はその答えを見つけるまで、アルナイルと番にはなれない」 僕は、ツィーと目を合わせられなかった。 ツィーの期待に応えられる自信がない。 アルナイルの答えに近づく自信もない。 ココで一番好きな海が見える窓に目を向けて、なるべくツィーを見ないように、僕は続けた。 「……僕が答えを見つけられずに、グズグズしている間にも、アルナイルは気が変わってしまうかもしれない。 ミモザさんやエニフさんが、アルナイルの1番になってしまうかもしれない。 ………そうしたら、僕は。 僕はどうなっちゃうのかな……? 元々いた世界に帰る方法もわからない。 ココでどうやって生きていけばいい? 僕はココを追い出される? …………ツィーさん、僕は………いつ割れるのか分からない、薄氷の上にいるのかもしれないね」 暗いよ、寒いよぅ………。 ここから出して、お母さん! もう悪いことしないから、お父さん! 泣きすぎて、喉が痛くて。 目の周りが熱くて、腫れぼったくて。 暗い上に、蔵の中に置いてある古道具から、カタカタ変な音がするから怖くて仕方がない。 肌寒くて、眠たいのに眠れない。 蔵の隅っこで身を小さくして、両手で体を抱きしめた。 とにかく、誰かにこうして欲しかった。 それが無理なら、自分でするしかなかった。 ………一人はイヤだ。 こんなの……イヤだ。 誰か……誰か………僕の側にいて!! 誰かっ!! 「どうしたの?」 暗闇の中、僕と同じくらいの子どもの声が蔵の中に響いた。 「……だれ?」 オバケ……? ユウレイ……? あんまり僕が、誰かを望んだから……? 僕は怖くて震える体から、ようやく声を絞り出して言った。 暗くて姿が見えなくて。 僕は本当に……本当に、怖かった。 ふっ…と。 僕の肩に、温かくて柔らかな何かが触れる。 瞬間ふぁーっと、花の香りが僕にまとわりついた。 そして、暗闇の中から、嬉々とした声が響いたんだ。 「……見つけた。やっと、見つけた」 「………久々に、見たなぁ」 懐かしいんだか、トラウマなんだか分からない夢からの目覚めに、僕は思わず本音を口にした。 こっちの世界に来てから、初めてかもしれない。 元々の世界にいた頃の夢なんか………。 しかも、幼い頃の恐怖でしかなかった蔵の夢だなんて。 僕はいつの間にか、窓辺の長椅子で寝ていたらしく、僕の体にはツィーがかけてくれたのか、小さなブランケットがかけられていた。 夜に……なっちゃってたんだなぁ。 ゆっくり体を起こして。 窓の外を見ると、月明かりが漆黒の海を照らして、そこだけがキラキラして。 ここには、月が2つあるから。 余計に明るくて………全然、怖くない。 蔵の中は小さな窓があるものの、とても高いところにあったから、小さな僕はそこに手が届かなくて、月明かりさえ入らなくて………だから、怖くて怖くて、仕方がなくて。 ………なんで、こんな夢見たのかな…? 僕は膝を立てて、その上に頭を置いた。 毎夜毎夜、アルナイルにめちゃめちゃに溶かされるくらい抱かれて、夢なんか見る暇すらなかったからかな……。 日中、ツィーが僕にひっついて、鬱陶しいくらい話しかけてくるし。 ………元々の僕がどんなんだったか、なんて。 思い出す暇もなかったし、考える余裕すらなかったし。 昼間に漠然と渦巻いていた胸の内を、ツィーに話したからかもしれない。 僕がアルナイルの問いかけに、「作麼生!」「説破!」くらいの勢いで答えることが、無事できたとして。 無事、かどうかは未だ分からないけど、アルナイルの番になったら、本当にそれでいいのか……。 問いかけに答えることができずに、番になれなかったら、どうなるのか……。 僕のことを「いなくなった!」って心配してくれる誰かが、元々の世界にいるのかどうかとか……。 色んな不安や柵が、束になって輪になって。 一気に僕に襲いかかるから、頭も心もキャパをオーバーしている気がする。 「キナリ」 突然、僕の体の体温を条件反射的に上昇させる〝あの声〟が、室内に響いた。 「アルナイル」 「どうしたの?眠れない?」 いつもの穏やかな笑顔で、アルナイルは長椅子に座っている僕の背後に回りこんで座ると、そのたくましい腕を、僕の体を後ろから包み込むようにして抱きしめる。 「………うん。昔の、夢を見てしまって」 「昔の?」 「小さい頃の記憶……かな? ……僕、小さい頃悪い子だったから、よく蔵の中に閉じ込められてて」 「……そう。それで?」 「蔵の中は、暗くて寒くて寂しくて。 ……ある日、子どもの声で僕に優しい言葉をかけてくれた時があって。 ………あったかくて、優しい香りがして僕は一瞬だけ不安じゃなくなったんだ」 「キナリ」 「座敷童子だったのかな……?父も母も、兄弟ですら信じてくれなかったから、あれは夢だったのかなって」 「……32点」 「は?」 夢の中の話を月夜にかまけて、ノスタルジックに話していた僕に対して、その内容に評価をつけるように、点数を言い放ったアルナイルに僕は言葉を失った。 作り話的に32点なんだろうか、はたまた、僕の喋り方が32点なんだろうか。 「惜しいけど、惜しくない。もうちょっと、ちゃんとボクを愛して、キナリ」 「え?」 「ちゃんと………思い出してよ。キナリ」 「アルナ……っぅあっ!!」 どうして?!アルナイル、なんで?! と、僕が聞こうとした瞬間、アルナイルは僕の足を大きく広げた。 僕を優しく抱きしめていた両腕は、片方は僕の乳首をキツく弄り出して、片方は僕の前を尋常じゃないくらいの速さでしごき出す。 驚いて腰が浮いた僕の後ろの孔に、アルナイルが間髪入れずその〝極〟のついたものを勢いよく突き上げた。 「ひぁ………ぁあっ………深……深……いぃ」 「ボクはこんなにも、キナリを愛してるのに。 キナリのことを1日足りとも忘れたことはなかったのに。 早く………早くボクに追いついて……キナリ」 「んんっはぁ、………こ、れ……や、……いやぁ」 あっという間に、後ろが溢れんばかりに濡れてきて。 前が我慢できずに、勢いよく飛沫をあげる。 乳首が痛いくらいにコリコリしだして、僕の体が勝手に反り返った。 「やらぁ………おかし…く、な……る」 「おかしくなって……キナリ。 おかしくなって、全てをリセットして。 そして、ボクを愛して……愛して!!」 そうアルナイルが言った瞬間、僕の体はアルナイルから一斉に攻撃されて、意識が真っ白になってしまった。 ………夢か、現か。 あの時、蔵の中で聞いた小さい子どもの声が、鮮明に頭に響いたんだ。 「大好きだよ!ボクがそばにいてあげる。 そのかわり、ボクのことも大好きになってくれる?」 「………どうしても、行かなきゃダメ?」 僕の非常に消極的な問いに、ツィーは憐みを含んだ非常に強い目つきで僕を一瞥した。 だって、さ。 昨日も昨日で、アルナイルに訳のわからぬまま32点と酷評され、ガンガンに抱き潰されたんだよ。 正直、僕の腰と後ろの孔は、限界を突破してるんじゃないかと思う。 だから、動きたくない。 SOWに行きたくない。 そんな沸切らない僕に対して、ツィーのその表情は『何を馬鹿げたことを言っているんだ、お前は』という、心の声が聞こえてきそうなくらい、ダイレクトに僕に伝わった。 「こんなこと言うの、おじさんみたいでイヤなんだけど………腰の違和感が半端ないんだよ。……本当なんだって、嘘じゃない。腰がカクンカクンして歩くのすら………」 「それなら、私が背負ってお連れしましょう。キナリ様、どうぞ。私の背中にお乗りください」 「そんなことしたら、ツィーさんが潰れちゃうよ」 「大丈夫です。こうみえても力だけはありますから!」 「………欠席とか、ダメなの?」 「論外です。キナリ様にそのような選択肢はありません。出席、一択のみです」 「…………」 ツィーは小さくため息をついた。 そして、僕に小さなバスケットを渡す。 「お茶うけに合うかは分かりませんが、これをお持ちください」 「これ、何?」 「私がアルナイル様から伺って、見よう見まねで作ったものですから。キナリ様のお口に合うかどうかわかりませんけど!」 照れ臭そうに、それでいて少し怒った感じでツィーは言った。 僕がバスケット中を覗きこむと、中には小さな瓶が二つと薄いビスケットが入っている。 ………これ、まさか…!! 「………これ、タコワサ?」 「それであってるか、本当に分かりませんからね!!」 「僕の好きなヤツ、覚えててくれたんだ………」 「何度も言いますが、本物じゃ………キナリ様?いかがなさいました?」 ツィーが心配そうな面持ちで、僕の顔を見つめた。 ………あれ…? ツィーの顔が……ボヤけてる。 視界が、滲んでる……? 目頭がぎゅーっと熱くなって、頬を何かが伝って流れ落ちる。 ………泣いて…る? 僕……泣いてんだぁ。 「申し訳ありません!キナリ様!!私、キツい言い方をしてしまいました!!ご体調が優れないのなら、今日は本当に……」 「……嬉しい」 「え?」 「嬉しいんだよ……ツィーさん」 「キナリ様……」 「ツィーさんは、こんなにも僕のことを考えてくれてるのに。 僕はワガママばっかり言って、困らせて。 ………分かってるんだよ、本当は。 僕がアルナイルの番になれば、僕はココで困ることなく生きていける……。 それくらい分かってるのに……。 分かってるのに………ごめんね、ツィーさん」 昨日、僕があんな事を言ったから………。 ツィーはきっと、僕に自信を持ってもらいたかったに違いない。 元気をつけて欲しかったに違いない。 そんなツィーの申し出に、アルナイルは必死に〝タコワサ〟とは何たる物かを調べたに違いない。 ………ツィーも、アルナイルも。 幸せになるために、その目はちゃんと前を向いていると言うのに。 僕だけが、皆をさらには自分すら信じきれずにいて、目の前の全てのことから逃げる……。 アルナイルの言葉を聞いて、努力をしたか? 「思い出す」努力をしていたか? ツィーの後押しに、キチンと答えたか? ちゃんと耳を傾けていたか? ………元の世界に帰るために、何か実行をしたか? 元の世界にいた時と、ココにいる今と。 嫌な事から逃げ回る僕は、なんら変わらないじゃないか……!! 「ツィーさん、お願いがあるんですけど」 「なんでしょう!なんでもお申し付けくださいませ!キナリ様!」 「………これ、一口味見したいんですけど。ダメですか?」 久しぶりにタコワサを食べて、かなり身も心も満たされた。 ………フル充電、完了! 僕の意外な言葉に、ツィーは目を大きく見開いて白黒させながらも、ツィーお手製のタコワサを一口味見させてくれた。 ………この歯応えと、この辛味!! タコワサ……だっ!! 僕は案外単純な生き物だったらしく。 そのたった一口のタコワサで、僕はなんだか吹っ切れた気がした。 よっぽどおいそうに食べていたんだろうな、僕は。 そんな僕を非常に複雑な顔をして見ていたツィーは、僕につられてタコワサをひとつまみ、口に運んで、そして、涙目になって咳き込みながら言ったんだ。 「………悪魔の、食べ物……だ。なんでこんなモノ……好きなんですか……???」 「………これは?………なんでしょうか?キナリ様?」 「僕の故郷の代表的な食べ物です。タコワサって言うんですよ!」 若干の嘘と見栄を織り交ぜて。 僕はSOWの12人にツィーお手製のタコワサをビスケットにのせて小皿に取り分けた。 生っぽいし、鼻をツンと刺激する匂いはするし。 上品な面々は、一様に顔をしかめて小皿に盛られた異様な食べ物をじっと眺めている。 「そう……珍しいものを、わざわざありがとう」 上座のミモザが動揺を押さえつつも、皿の上のタコワサには手をつけず僕に言った。 「さて今日は、アルナイル様が毎夜どちらの奥様の所に行かれているのか、明確にするためにこの会を催しました。どなたか心当たりがございますか?」 その有無を言わさぬミモザの声音に、一瞬、場の空気が凍ったかのように静まりかえる。 「心当たりがございます。ミモザ様」 静寂を打ち消すように、鈴を転がすような綺麗な声が響いて、白い小さな手があがった。 その手の主が分かるや否や。 ………イヤな、予感しかしない。 エニフが………手ェ、あげちゃってるよ………。 エニフは僕を一瞥すると、深く呼吸をした。 「キナリ様です!アルナイル様は、毎夜、キナリ様の所に行かれています!」 24個の目ん玉が一斉に僕に向けられて、僕はその迫力に体が石になったみたいに固まってしまった。 ………いや、バラす? ここで、バラしちゃう? ………こういうの、さぁ。 足の引っ張り合いみたいなこんなこと、やだよ………。 「キナリ様、本当ですか?」 優しい口調なのに、その面持ちは地味に鬼神のようなミモザが………さながらメデューサに睨まれたみたいに、僕の石化はさらに加速する。 「私たちは、皆仲良く同じ立場でなくてはなりません。 アルナイル様に愛をいただくのも、番になるのも、子を宿すのも、全て……全て平等なんですよ? その状態は守らなければなりません。 毎夜毎夜、アルナイル様がキナリ様の所にいらっしゃるのであれば、一言アルナイル様に助言をしなければならないのです。 『他の奥様の所にも行って差し上げて』と」 …….…僕はミモザのこの言葉に、凄く違和感を感じた。 皆、一緒………? それは違うよ。 アルナイルの一番になりたいって、皆思ってるじゃないか。 その証拠に、皆から湧き出る嫉妬や怒りの感情が、僕を凝視する瞳に強く宿っているのに……。 そんな、変な決まり事のせいで、皆とても苦しんでるんじゃないのか……? 僕は、頭がスッと冷たくなるのを感じた。 「ああ………あ、ア、る……アルナイル様はっ!! おっしゃるとおり、最近僕の所に毎晩いらっしゃいます。 ……そ、それは何故かというと……。 ぼ、僕が………僕が〝肉食系激辛オメガ〟だからです!!」 「肉食……系?」 「激……辛………??え?何???」 肉食系激辛オメガって、なんだよそれ。 自分の口からついでた言葉に驚きつつも、ポカーンとしているSOWの面々に畳み掛けるように言葉を発する。 今……今しかない! 言うなら、今しかない!! 「皆さんは、可愛い!! そして、優しいし甘い!! さながら〝草食系激甘オメガ〟なんです!! アルナイル様も、日頃甘いのばかり召し上がっていらっしゃると、たまには刺激のあるものを召し上がりたくなるのです。 ………それが、僕なんです! 僕だって本気なんです。 皆さんがアルナイル様の一番になりたいように、僕だってアルナイル様の一番になりたいんです!! アルナイル様が大好きなんです!! この気持ちは、絶対に負けません!」 13番目だかとか、関係よな? 皆、アルナイルの運命なんだよ。 番になるべくして、ここに集められたんだ。 遠慮なんかしてる場合じゃない。 仲良しのフリして、相手の足をひっぱりあって。 そんなの………イヤだよ。 だから、ちゃんと言わなきゃ。 抜けがけとかそんなこと気にしてちゃ、ダメなんだって。 支離滅裂で、正直、何言ってるかわからないけど、取り敢えず気迫で押し切った。 結果として。 タコワサという食品凶器を携えて、ツィーの思惑どおり、奥様方にガツンとかます形になってしまったんだ、僕は。 「………っくくく」 「…………アルナイル?」 「……ふふっ……ふはははは」 「さっきから笑いすぎだよ!アルナイル!!」 「しかし…!!よく言ったよな、あのミモザに!!〝肉食系激辛オメガ〟ってさ」 ………分かってるよ。 分かってるから、それ以上からかうなよ!! それにしても、なんでそれを知ってんだよ! おまえの視覚と聴覚は〝壁に耳あり、障子に目あり〟状態なのか?! 「しょうがないだろ!………咄嗟に出たのが、それだったんだからさ」 「……かわいい、なぁ。キナリは」 「かわいいってなんだよ、こんな若くもないヤツに向かって」 「かわいいから、かわいいんだよ」 今日もまた、アルナイルはボクの部屋にやってきては、ベッドの上で胡座をかく僕の後ろから腕を回して抱きしめる。 アルナイルはこの体勢、好きだよなぁ。 かくいう僕も、この抱きしめられ方は嫌いじゃない。 むしろ、好きだ。 ………安心する、というか。 落ち着く………というか。 …………あ? ………あ、れ? ……この、感じ。 「っ!?」 急に目の前がグニャっと歪んで、僕の体は暗い蔵の中にあった。 暗くて、寒くて。 目に見えない恐怖が、幼い僕に次々と襲い掛かってくる。 その時……。 膝を抱えて縮こまっている僕を、後ろからあたたかな小さな腕が僕の体を抱きしめてきた。 「キナリ、泣かないで。ボクの大事なキナリ」 「……アル…」 僕は顔も見えない相手の名前を呟いて、その回された腕をギュッと掴んだ。 ん? ………アル…? アル………? ……アル……!! 「……アル?」 その言葉を元の世界の小さな姿で呟いたはずなのに、いつの間にかリアルな世界で口にしていて。 目の前には、驚いたように目を見開いたアルナイルの顔があった。 「……キナリ………?」 「アル………アルナイルは、アルなの……?」 ボヤけていた輪郭が、徐々にはっきりと形を為していく。 蔵の中で僕に寄り添ってくれていた座敷童子の実態が、明らかになった。 この花の香りも。 この腕のあたたかさも。 あの時と全く変わらないのに。 思い出した………。 でも……何故僕は………その香りもあたたかさも忘れてしまっていたんだろうか………。 アルは……アルナイルは、ずっと僕を覚えていたのに………。 そう思うと、途端にアルナイルに対して申し訳なく思ってしまった。 「ごめん……アルナイル………なんで、僕。アルナイルのことを忘れていたんだろう………。ごめん……ごめん、アル」 僕は飛びつくように、アルナイルの体にしがみつく。 僕はアルナイルに、蔵の中で助けてもらったのに。 ずっと、寄り添ってくれていたのに………。 胸が痛くて、苦しくて。 いてもたってもいられず、しがみついた体を引き寄せると、僕はアルナイルにキスをした。 キスをしたまま、互いの服を脱がしあって、体温が上昇した肌を重ねる。 運命って……あるんだ。 アルナイルの運命の赤い糸は13本あるかもしれないけど、いやいや………それ以上にあるかもしれないけど。 僕のたった一本の運命の糸は、アルナイルにむかって真っ直ぐのびていて。 アルナイルは僕に繋がるその糸を、一生懸命に手繰り寄せて僕にたどり着いた。 ………なら、僕は。 僕も、アルナイルを引き寄せなきゃ….……離さないように、離れないように………。 だって、僕は………。 「アル………愛してる」 ようやく、僕は心から言えた気がした………その言葉を。 「……100点。………最高だよキナリ。ボクも、愛してるよ」 僕がアルナイルの乳首に噛みつくと、アルナイルは僕の孔に指を入れて、ほぐすように広げる。 ただ、それだけで。 お腹の下の方が、ギュッと締め付けられて、血液が循環するリズムにあわせて体中が熱を帯びる。 ………あ、やば…い。 これ……。 ヒートになりかけてる………。 「……はぁ……あぁ…ん………」 「ボクのフェロモンに当てられた?……キナリ、すごくエロい……」 「……い、入れ………て。入れ………て……」 「何を?ちゃんと言って。ちゃんと言ったら、噛んであげる………キナリ」 この期に及んで、意地悪なことをいうなんて。 アルナイルは………イジワルなのに、僕はそれにすらクラクラしちゃって………アルナイルに溺れる。 「っあ………イジワル、しな……いで」 「………そんなに煽らないでよ、キナリ」 その言葉は、鮮明に耳に響いた。 その瞬間、僕は下からガンガンに貫かれて、そこから先の記憶がすごく曖昧だ。 気持ちがよすぎて、喘ぐことしかできない。 もっと、もっと、アルナイルに貫かれたい。 舌を深く絡めませるキスが、脳を溶かすくらい官能的で………。 クラクラ……。 フラフラ……。 足元も覚束ない、宙に浮いたような。 浮ついた感覚の僕は、アルナイルの指の間に僕の指を滑り込ませて。 ギュッと握って………。 離さないように、離れないように。 そうすることが、唯一残っていた僕の理性からなる行為そのものだったんだ。

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